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(小説)八月の少年(十七)

(十七)サンタクロース
 ドスン。
 突然列車が止まった。車掌が現われ急いで外へ出た。
「どうしたのかね?」
 わたしも後に続いた。外は豪雪。吹雪の中を列車の先頭まで辿り着いた。まっ白な車掌の背中が立ち尽くしている。
「どうした?」
 問いかけながら前を見ると線路に雪が!なんと列車の高さまで降り積もっていた。列車はその雪に衝突して止まったのだ。
「すごい雪だね、どうするのだ?」
 尋ねてはみたが車掌とてどうもできまい。寒さに震えながらわたしたちはしばらく黙って雪を見ていた。雪の白さを。
「ここにいても仕方がない。なあ、融けるまで中で待つとしないか?」
 車掌の肩をポンと叩きわたしは歩き出した。けれど車掌は黙ったまま動かない。凍って動けないのか?それとも、何か、何かを待っているのか?わたしは足を止め振り返った。
「おい、きみ」
 その時突然車掌が空を見上げた。つられてわたしも天を仰いだ。何かが見える。あれは何だ?絶え間なく降り続く雪の彼方、曇った灰色の空の中に確かに何か黒い影が見えた。それは物凄いスピードで移動して。
 戦闘機だ!
「何だね?あれは」
 車掌へと問いかけたが車掌の姿はなかった。え、何処へ行ったのだ?
 その時。


『しかし驚きましたね』
 突然声が聴こえた。車掌の声ではない誰か別の男の。
 誰だ?誰かいるのか?
 わたしは大声で叫ぼうとした。けれどその時わたしの口をついて出た言葉は違う言葉だった。
「たしかに」
 わたしはそうつぶやいていた。無意識に。
 何が確かに、なのだ?けれど確かにまるで誰かに答えるように、わたしは。そう、さっきのあの声に答えていたのだ。空を見上げわたしはあの戦闘機を見つめた。するとまたしてもあの声が。
『それでは中佐殿。ドイツの』
 中佐?そうか、わたしは今中佐なのか。その声は続けた。
『新型爆弾の開発は、進んでいなかったということですか?』
 なに?
「そのようだね。もはや新型爆弾の開発などしている余裕はなかったのだろう」
 中佐と呼ばれたわたしは答えた。
『彼らがこのニュースを聴いたら、びっくりするでしょうね』
「彼ら?」
 わたしは尋ねた。
『あの極秘計画に従事する科学者たちですよ』
「ああ?」
 わたしは一瞬息を飲んだ。
「ああ、そうだね。ドイツへの危機感が彼らをあの開発へと向かわせているのだから」
『早く彼らに、このことを知らせたいですね』
「ん?」
 中佐と呼ばれたわたしは言葉を詰まらせた。
「いや」
 そして中佐と呼ばれたわたしは静かに語った。
「彼らには知らせないのだ」
 そうなのか?
 なぜ。
 そうだったのかーーー!
『え?なぜですか?中佐殿。こんな素敵なクリスマスプレゼント、他にありま』
 けれど男の声は猛吹雪のうなり声にかき消された。ずっと空を見上げていたわたしの視界からそしてあの戦闘機は消えていった。

 クリスマスプレゼント。
 メリークリスマス。
 サンタクロースの衣装を着たわたしの肩に雪が積もっていた。その雪を払うように誰かがわたしの肩を叩いた。車掌だった。
「そろそろ発車の時刻でございます」
 列車の汽笛が鳴った。
「発車?しかし雪は?」
 わたしは叫んだ。ところが突然空が晴れ渡り眩しい太陽が顔を出した。暑い。太陽の日差しを浴び線路に積もった雪たちが融け始める。雪たちはあっという間に融けて水になった。
 何ということだ!
 わたしは額の汗を拭った。何という暑さだ。これではまるで夏ではないか。わたしはサンタクロースの衣装を脱ぎ捨てた。
「ええ、もう夏でございますから」
 車掌が答えた。
「何?」
 驚いたわたしを置いて車掌は一足先に列車に乗った。
「急いで下さい。もう発車しますよ」
 慌ててわたしも列車に飛び乗った。すぐに列車のドアは閉まり列車は動き出した。
「あ」
 わたしは大きな声で叫んだ。
「しまった」
 サンタクロースの服を外に忘れて来てしまったのだ。
「どうかなさいましたか?」
「どうしよう、あのサンタクロースの服」
「ああ、あれですか」
 けれど車掌は微笑んだ。いや微笑んでいるように思えた。
「心配いりませんよ。あれはもう必要ありませんから」
「必要ない?」
「ええ。もうサンタクロースは、いなくなりましたから」
「え?」
 どういう意味だ。問い返してみたかったがわたしはもう尋ねなかった。最後尾の車輌へと戻りながらわたしは静かに車掌の言葉を繰り返しつぶやいた。

 もうサンタクロースは、いなくなりました。もうサンタクロースは。

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