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新緑も鬱蒼とした闇世界

「新緑」も鬱蒼とした闇だな。実際は初夏の陽気でもっと明るかったのだが。夕方近くだったからかもしれない。

天気予報で雨は降らないとのことなので図書館に予約本を取りに行く(実際には図書館を出ると雨が降った後だった)。『源氏物語』関係を二冊借りて、図書館で『ウェイリー版源氏物語 3』を読んだ。まだ二章残しているのだが、読メでは感想を書いてしまった。

「宇治十帖」になると孫世代の話なので関係性が複雑になっていく。誰が父とか母なのか理解が遠くなる。さらにその乳母とかも登場してくるのだ。

実際に宮廷の女官(女房と呼ばれていたり)は、姫の侍女なのだが男性は姫と関係を持とうする前に侍女と関係を持っていたりするのだ。それで橋渡し役をしてもらうのだが、この辺の感情も複雑で侍女も明らかに愛があるのに、それを男のために自身の愛は犠牲にして主人を裏切るのである。これは考えてみれば凄い世界だった。

紫式部がそういう女官であり、またお局様というようなベテラン女官であれば若い姫や女房たちの乱れた関係は許しがたいと感じているのかもしれない。オチバなんて垣間見られて男が強引に権力をかさに入ってきたのを夕霧よりもオチバの落ち度と見るのだった。紫の上はそこは垣間見られても隙を与えなかった。

ただ紫の上が幸福だったと言われればそうじゃなかったかもと光源氏は回想するのだった。それは若い女三の宮を妻として迎えるのだから気持ちがそっちに行かないはずはないのだが、それ以上に女三の宮は妻であるにも関わらず紫の上という第一夫人がいるところに嫁に出されるのだった。

その寂しさから柏木と不倫関係になるのも仕方がないと思うのだが、光源氏の時は当然として、柏木と女三の宮の場合はあってはならないことになるのである(権力者の妻に手を出すのだから)。その悪徳から生まれたのが薫なのだ。

この展開が見事過ぎるというか、薫が光源氏は父ではないという秘密を柏木の乳母から手渡された手紙を弁の君(その娘だった)が薫に手渡すのだ(三世代に渡って秘密が隠匿されていた)。凄い秘密の伝達だ。その秘密が語られるシーンはシェイクスピアのマクベスに運命を語る魔女(弁の君は怪しい老婆になっていた)のような描写なのだ。ここは面白い。

ただ物語としては複雑になっていくのでなかなか理解するのは難しと感じてしまう。『源氏物語』は女たちの無常観にあると思うのだが。大抵のひとはその綺羅びやかな世界に憧れる。実際に六条院の桜の和歌を和するところなんて優雅な世界なんだよな。確か春の庭で手折られた桜を秋好宮のところに手紙(和歌を付けて手渡す女官たちがそれぞれ桜の和歌を詠み込む)。そういう和歌の雅さの裏にはどろどろした物語があるのだった。

新古今集の歌風を完成させたという藤原俊成が「源氏物語」を読まないものは歌詠み(歌人)ではあらず、と言ったのはそうした物語を共通認識の文化として和歌の伝統があるということを言ったのだった。それは新古今集風の歌風なのだが、それが和歌の伝統となったのである。

だから三十一文字の中の一言が物語を共通するものとしての言葉の象徴性があるのだ。それが文化というものなのだろうか?例えば今ではそんな源氏物語の和歌は通用しないが、ネットゲームの文化が共通言語として象徴的な意味を持ち得てくる。内輪文化はそういうことなのかもしれない。ただその不条理性はいつの時代にも不変としてある問題だと思うのだ。だから他の国の戦争を悲しんだり出来ると思うのだが、その悲観主義もどうなんだかという世代、未来がないじゃないかとあえて明るい世界を描く。そこに権力側の明るい未来というシナリオがあるのだと思う。それはある者にとっては地獄のシナリオだった。

そんなことを『人間の境界』という悲惨な映画を観て考えてしまった。これが世界の現実なのか、あまりにも先日観た『青春18×2 君へと続く道』と違い過ぎる世界なのだ。『人間の境界』の中でポーランドの兵士の妻が難民の映像を見せられてもそれを知らない方がいいのではないかというのだ。

その妻は妊娠していて子どもの未来がある。夫は境界線で難民をベラルーシ側に追い返す役割なのだ。ただその仕事のあまりにも悲惨な現状にノイローゼのようになってしまうのだ。軍隊もあらかじめ兵士がノイローゼになることを見越して精神科医がいるのだけれども、精神科医の役割は兵士を前線に押し出すことだった。

難民家族の中にも妊婦がいるのだが、彼女たちが国境への越境する旅に絶えられるわけがなく亡くなったりするのだ。そういう境界線を超えた一つ先で起きている戦争という不条理なのだ。日本はその境界線がないので、その悲惨さを知るにはこうした映画しかないのである。

ただこの不条理に持ちこたえるだけの精神力が今の我々にはあるのかと思う。それは結局観ない方が良かったという妊婦の言葉と同じなのだ。でも観てしまう人はどういう神経をしているのだろうと思ってしまう。不条理な世界だと思うしかないような。今日の一句。

新緑も鬱蒼とした闇世界

こういうのは短歌だな

若葉もえ
鬱蒼とした
闇世界
生まれる君も
死にゆく君も

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