有安杏果PSZの感想とダブアン論争など

有安のソロコンPSZに行ってきた

有安のソロコンPSZに行ってきた。映像で見たサクライブの感じからすると、極端につまらないこともない(逆に言えば盛り上がることもない)と思っていたが、概ね参加前に想定していたものと同じくらいの感想を持った。おそらく、今後の有安のソロ活動は当面つかず離れずくらいの感覚で見続ける感じだろうか。個人的に感じたいくつかの点について感想を述べて行きたい。

まずは、客層である。筆者が参戦したライブはこじんまりとしており、まぁ平たく言うとライブ会場の1/3程度~半分くらいは空席だったのだが、のんびりライブを見ることができたのは逆に良かった。一方ファンの年齢層はグループ時代のソロプロジェクト「ココロノセンリツ」よりも更に高いように感じた。平均年齢はひょっとすると50overくらいではなかろうか。とにかく客層の年齢層が高い!と言う感想を最初に持った。

次に有安のビジュアルである。有安がソロ活動(2018.3~)で一番心配してたのは実はここで、写真にしても映像にしても個人的には「不自然さ」や「不健康さ」を妙に感じており、疎外感や感情移入ができないのではないかと思ってたが、結論から言うと、ステージ上には小さく可愛らしい有安がいた。巷で言われているように、腕とかが細すぎてもうちょっと肉付きをよくした方がいいのかなと思いつつ、あくまで現場で見た限りでは筆者が知っているキュートな有安を見ることができた。

ライブパフォーマンスに関しては、バックバンドの生演奏とアレンジはとても良かった。本人のパフォーマンスに関しては、楽器がなければ問題ないものの、やはり楽器が入ると相当に歌がおそろかになってしまってるように聞こえる。

また、楽器のレベルも「ココロノセンリツ」より上達しているのは確かだが、中高生の文化祭レベルであることは否めない。全ての楽器が弾けるマルチプレーヤーを目指しているのかもしれないが、ミュージシャン/アーティストとしては現時点では合格点は出せないと言うのが正直な感想だ。ミュージックで勝負しているゼップクラスでライブができる同年代のアーティストと比較してしまうと、どうしても物足りなさを感じてしまう。

一番気になったのは演出である。「ココロノセンリツ」の二番煎じ的なイメージは拭えなかった。もちろん「ココロノセンリツ」自体がある程度完成されたプロジェクトであったから致し方ない面もあるが、もっと盛り上がるような演出を自由に企画しても良かったのではないか、せっかくソロになって演出的な制約がなくなったのだから。

もちろん、裏を返せばそこまである程度自由に演出をやらせていた前事務所の太っ腹な部分があったがゆえに、ソロになっても演出の変わりばえがしていないと言う側面も大きいと感じている。

かつての有安推しであればトータルで考えれば楽しめる可能性がある

パフォーマンスや演出については辛口の感想である一方、ソロコンはかつての見知った有安推し、要は「かつての同士達」が多数来ており、感想戦などで旧交を温めることができ、ココロノセンリツ後に盛り上がり楽しかった感想戦を思い起こさせてくれた。PSZは良くも悪くもココロノセンリツの延長線上にあるので、かつての同士達の交流も込みで考えれば、かつての緑推しで、そこそこココロノセンリツを楽しんだ者であれば、それなりにライブを楽しむことができるのではないか。

もちろん、これが「毎月」開催された場合は飽きる可能性があるが、「気が向いたらかつての推しと仲間にでも会いに行く」くらいの軽い感じであれば、それなりに満足できるライブ空間なのではないかとは感じている。

とはいえ新規ファンの獲得は相当厳しい

ただ筆者は、現在のライブ内容などを見るに、新規のファンを獲得するのは色々と難しいのでは、という考察に変化はなかった。これは最も来場可能性が高いももクロのファンもそうであると感じるし、ましてやももクロのファンですらない新規を獲得していくのは容易ではない。

PSZの間にも各種グッズ販売の対応だったりファンの指摘への無断借用だったり、あえて言うが運営の「非常識極まりない」対応が物議を醸している。有安の「クリエイター・プロデューサー・パフォーマー能力」以前にマネジメントがこのような法人としては最低レベルのお粗末さでは、有安の前途は本当に暗い。
優秀なクリエイター(ミュージシャン)の裏には優秀なマネジメントがついている、あるいはクリエイター自身がマネジメントに優れているのは業界の常識だ。「有安の表現者としての能力」のみで評価し、楽観的に考えているアプリコッターは少しは有安陣営のマネジメントの深刻さについて考えた方がいいのではないか。

ダブアン論争:有終の美で終わらなかったPSZ

今回のPSZは最後に後味が悪い終わり方をしており、有終の美で終わらなかった。この辺りのファンの意識も今後新規が難しいと筆者が考える理由の1つである。

初めに断っておくが、筆者は最終日のPSZ千穐楽には参戦していない。非参戦者はライブについて語る資格はないという者もいるが、ここではライブ内容自体を論じる訳ではなく、ライブの後味の悪さとその悪影響について論じていくと言う点、非参戦者からの1つの視点を提示する意図があると考えて頂けるとありがたい。

PSZの千穐楽でダブルアンコールが起こったのだが、ダブルアンコールをしているファンがどうやらしつこかったようで、物議を醸している。通常はダブルアンコール、特に円満に終わる千穐楽において物議を醸すことなどないはずなのだが、どうやら下記のような背景があるらしいのだ。

背景:会場から複数回(少なくとも5、6回と言う証言あり)退場を促されるアナウンスがあり、会場スタッフの撤収も始まっていた。アナウンスの口調が厳しくなって来たこともあり、アナウンスに従って退場するファンもそれなりにいたが、その中でもダブルアンコールをし続けるファンもおり、最終的に有安が出て来て一曲アコースティックで歌って終了した。

もし筆者が会場にいたら、アナウンスに従って退場する可能性とそのままダブルアンコールを打ち続ける可能性の半々くらいかと思い、ダブルアンコールをしたがる心情は理解できるし、現場にいれば「筆者自身もダブルアンコールに参加した可能性はある」と言う点はまずは述べておきたい。

上記背景に関しての異論は見つからなかったので、恐らく概ね事実なのだろう。そして上記背景に従って、主に「アンチ」方面から批判が展開されている。

一方、私がSNSで見た限りではダブルアンコールをしたことに対して居直る者がほとんどであるように見える。論法は大体同じで「好きでやってるんだから好きにさせろ、やりたくない者はやらなきゃいいじゃないか」というロジックである。しかし、筆者はそのようなロジックには賛同できない。

賛同できない理由としては、まずは会場のルールに反している可能性が高い点だ。背景で述べたように会場アナウンスでは退場を相当に促されたとのことである。それを押し切ってダブルアンコールを打ち続け、それを正当化するのは「居直り」に等しいのではないか。

第二に有安自身に迷惑をかけている可能性がある点である。退場や撤収を押し切って有安が出演したことは美談ではあるのだが、逆に有安自身が多少なりとも何らかの無理をおして出てきたこととなるので、それに対するリスペクトが欠けているように見える。

もちろん、有安運営自体が会場の空気感を読めなかったり、手間取ったミスマネジメントもあるとは思うが、会場が退場の合図をしつこく出している以上、筆者は本件の原因を有安運営に帰するのは酷だと考える。

第三にこの論争は声なき声のももクロファンや有安ファンが論争を見ている点だ。ももクロファンは程度の差があるとはいえ、全体的には運営やメンバー自体からも「マナーが良い」と言われるくらい、ルール遵守にはかなり厳しい。そのようなマナーに厳しいファンがダブルアンコールの居直りを見てどう思うか考えたことがあるのだろうか。

PSZが有終の美で終われず、ダブルアンコールによりPSZは険しい話で幕を閉じてしまったことは、筆者としてはただただ残念だ。こんな険しい終わり方に対してファンが居直るなど正直筆者のスタンスとは相入れないし、いたずらに批判を巻き起こすだけだし、今後来場可能性のあるファンの足を遠ざけるだけだと考える。

新規獲得にはマネジメント、ファンの意識改革も重要

アーティスト活動はアーティスト単独でできる範囲は限られており、マネージメント、ファンと三位一体の融合で行うものである。そういった流れの中では、本当に新規が重要と考えるのならば、ファンもそれに見合った責任ある行動をとっていくべきだと考える。

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