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蝶々と妖怪

脳梗塞を起こした母は、少し左側が不自由です。頭をうまく洗えないので、ヘルパーさんに月2回お願いしていました。

2ヶ月続けてみたのですが、やめてしまいました。理由を聞くと「ヘルパーさんが大変だから」としか言いません。


先日は母を散歩に誘いました。10分くらいで行って帰ってこれる道を40分かけて歩きました。山の中なので、いろいろな蝶々を見かけます。ひらひらすると白黒の半円が見えるもの、小さくて黄色いもの。紋白蝶モンシロチョウは畑にひらひらしています。

母が、少し左側を引きずって歩きながら言いました。

「おばあさんがお風呂で亡くなったでしょう。あそこで髪を洗ってもらうのはなんかいやなのよ」

その祖母を見つけたのは私でした。四半世紀ほど前のことです。金曜日の夜、音楽番組が終わったのでお風呂を用意するためにリビングを出ました。祖母は風呂場の入り口に座っていました。お湯がドバドバあふれていたので、寝てしまったのだとおもいました。浴室に入って蛇口をしめてから振り返って「お風呂できてるよ」と祖母に触れたら、少し首が傾いて涙が一筋流れました。

祖母は母を虐めたので、母は体調を崩していました。私はそんな母と距離をおいていました。同じ家に3人も居たのにそれぞれ別の部屋で過ごしていて、祖母は独りで亡くなりました。

なるほどね。そういえばそんなこともありました。いやなら仕方ありません。


道の途中、花を植えるのが趣味という人の敷地が花畑になっていました。母は足を止めて「花はいいね。心がなごむよ」とつぶやきました。私は「そうだね」と蝶々を目で追っていました。蝶々はひらひらして見えるけれど羽ばたきはとても速くて、うまく撮れる気がしませんでした。

母が祖母をずっと生かしている。
母が死ぬまで祖母も死なない。

祖母のことは、こどものころから妖怪みたいとおもっていましたが、死を経て真に、母の心に棲む妖怪となりました。


散歩して花を見て蝶を見て胸が悪くなるなんて、あるんだなあ。


心から嫌いな人の逝くときの頬に流れた涙一粒

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