見出し画像

論文まとめ329回目 Nature 海洋の窒素不足を補う珪藻と根粒菌の共生関係の発見!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Fusion of deterministically generated photonic graph states
決定論的に生成されたフォトニックグラフ状態の融合
「量子コンピュータや量子ネットワークに有用な多体もつれ状態「グラフ状態」を、原子から単一光子を決定論的に発生させ生成する手法を開発。2個の原子を光共振器に閉じ込め、原子間の量子もつれ操作により、リング型やツリー型など様々なトポロジーのグラフ状態を自在に構築可能に。スケーラブルな量子情報処理の基盤技術への道を拓く成果。」

Chemical short-range disorder in lithium oxide cathodes
リチウム酸化物正極における化学的短距離無秩序
「この研究は、リチウムイオン電池の酸化物正極に化学的短距離無秩序(CSRD)を導入することで、充電時の格子ひずみや構造劣化を抑制し、サイクル特性や出力特性を大幅に向上させる新しいアプローチを報告しています。
電池正極に使われる層状酸化物は、充電に伴うリチウム脱離により脆弱な構造になりがちです。そこで本研究では、結晶格子中の元素分布を局所的に乱す「化学的短距離無秩序(CSRD)」という概念を導入。具体的には、層状LiCoO2正極に適用し、CSRDによって遷移金属と酸素の配位環境や相互作用が変化し、充電時の構造劣化が抑制されることを見出しました。また、CSRDにより電子伝導性も向上。その結果、サイクル特性と出力特性が大幅に改善されました。さらに、他の層状酸化物でもCSRDの導入が可能なことを示し、酸化物正極設計の新たな指針を提示しています。構造化学の基本原理に基づく、酸化物正極の革新的な高性能化手法と言えます。」

Discovery of potent small-molecule inhibitors of lipoprotein(a) formation
リポプロテイン(a) 形成を強力に阻害する低分子化合物の発見
「リポプロテイン(a) (Lp(a))は動脈硬化性心血管疾患の独立した原因因子だが、特異的な治療法は確立されていない。Lp(a)はapoB含有低密度リポタンパク(LDL)とアポリポプロテイン(a) (apo(a))が結合して形成される。本研究では、apo(a)のKringle領域に結合しLp(a)形成を阻害する強力な低分子化合物を発見。多価結合により阻害活性はサブナノモルレベルに到達。経口投与でマウスとサルのLp(a)を減少させた。シーケンスの種差により、ヒトでは選択的にLp(a)を阻害できる。臨床開発中の経口Lp(a)阻害剤の実現に期待。」

Directly imaging spin polarons in a kinetically frustrated Hubbard system
運動論的にフラストレートしたHubbard系におけるスピンポーラロンの直接撮像
「量子シミュレーターで三角格子上の電子の振る舞いを再現し、ホールドープ時に現れるスピンポーラロンを顕微鏡で直接観測しました。ポーラロンとは、電子やホールが周りのスピンを歪ませて作る粒子です。ホールの周りには反強磁性的な、二重占有では強磁性的な相関が見られ、運動エネルギーとスピン相互作用の競合から生まれることがわかりました。高温超伝導の鍵を握る可能性のある現象を、原子スケールで捉えることに成功した画期的な研究です。」

Rhizobia–diatom symbiosis fixes missing nitrogen in the ocean
海洋における不足窒素を固定する根粒菌-珪藻共生
「海洋の窒素不足は生物生産を制限する大きな問題です。その窒素源として重要なのが、空気中の窒素を固定するシアノバクテリアでした。ところが今回、珪藻と根粒菌の新しい共生関係が発見されました。根粒菌は珪藻に固定した窒素を提供し、珪藻は光合成産物を根粒菌に与えていたのです。この共生関係による窒素固定量は、シアノバクテリアと同等かそれ以上であることも判明。海の窒素不足問題の新たな解決策となるかもしれません。」

Venus water loss is dominated by HCO+ dissociative recombination
金星の水損失は主にHCO+の解離性再結合によって引き起こされる
「金星は地球と似た大きさと材料からできているのに、極端に乾燥しています。この研究で、HCO+という分子イオンが電子と再結合して水素原子を作り出し、宇宙空間に逃げていく過程が、従来考えられていた以上に重要だと分かりました。この過程により水素の散逸量が2倍になるため、金星の大気中の水蒸気量を維持するには、火山活動や彗星の衝突による大量の水の供給が必要だったことが示唆されます。この発見は、金星から水がどのようになくなったのか、そのメカニズム解明に大きく貢献します。」


要約

フォトニックグラフ状態を決定論的に生成し、融合する手法を開発

量子もつれは量子物理学の不思議な概念から、量子技術の重要な構成要素へと進化してきた。小規模な量子ビットの集合体で広く探求されてきたが、ゲートベースの量子コンピューティングプロトコルでは多体もつれ状態が形成され、より広い視点からは測定ベースの量子情報処理の主要リソースとして提案されてきた。後者にはグラフで記述される多量子ビットもつれ状態の事前生成が必要とされる。ベル状態や線形クラスター状態などの小規模なグラフ状態は光子で生成されてきたが、提案されている量子コンピューティングや量子ネットワーキングへの応用にはそれらをより大規模で強力な状態へとプログラム可能な方法で融合することが求められる。本研究ではこの目標を、2個の独立にアドレス可能な原子を含む光共振器を用いることで達成した。個々の原子から放出された光子状態から、リング型やツリー型のグラフ状態を最大8量子ビットまで効率的に融合した。融合プロセス自体は、2原子間の共振器支援ゲートを利用している。本手法は原理的にさらに多数の量子ビットへとスケーラブルであり、将来の量子インターネットにおけるメモリレス量子中継器などに向けた決定的なステップとなる。

事前情報

  • もつれは量子力学の重要な概念で、量子技術の鍵となる

  • 小規模な量子ビット系で広く研究されてきたが、多体もつれ状態は量子情報処理に有用

  • グラフで表現される多量子ビットもつれ状態の事前生成が求められる

行ったこと

  • 2個の独立にアドレス可能な原子を光共振器内に閉じ込めた

  • 原子から単一光子を生成し、様々なグラフトポロジーのもつれ光子状態を生成

  • 2原子間の共振器支援量子ゲートを用いて、生成したグラフ状態を融合した

検証方法

  • 生成した多体グラフ状態に対し、安定化演算子の期待値を測定

  • 多体もつれの存在を示す証人演算子を測定

  • 理想状態に対する忠実度の上限・下限を評価

分かったこと

  • 最大8量子ビットのリング型およびツリー型グラフ状態を生成

  • 原子間の量子ゲートにより、異なるグラフ状態の融合が可能

  • 生成したグラフ状態は真の多体もつれを示す

  • 理想状態への高い忠実度を実証

この研究の面白く独創的なところ

  • 原子からの決定論的単一光子生成と原子間量子ゲートを組み合わせ、スケーラブルにグラフ状態を生成した点

  • リング型やツリー型など、様々なトポロジーのグラフ状態を自在に構築できる点

  • 異なるグラフ状態を融合し、より大規模で複雑な多体もつれ状態の生成が可能な点

この研究のアプリケーション

  • 測定ベースの量子コンピューティングへの応用

  • 量子エラー訂正への応用

  • 光子ロスに強い量子中継器など量子ネットワーキングへの応用

  • 分散型量子メモリとの組み合わせによる多者間量子ネットワークへの発展

著者と所属
Philip Thomas, Leonardo Ruscio, Olivier Morin & Gerhard Rempe
(Max-Planck-Institut für Quantenoptik, Garching, Germany)

詳しい解説
本研究は、単一原子から決定論的に単一光子を生成し、原子間の量子操作によって様々なトポロジーの多体もつれ光子状態「グラフ状態」を生成・融合する手法を開発した画期的な成果です。
量子もつれは量子力学の重要な概念であり、量子コンピュータや量子通信などの量子技術において必要不可欠な役割を果たします。特に、多数の量子ビットからなる多体もつれ状態は、測定のみに基づく量子情報処理の有力なリソースとして注目を集めており、そのようなグラフ構造を持つもつれ状態の効率的な生成が求められてきました。
本研究では、2個の独立にアドレス可能な単一原子を高いフィネスの光共振器内に閉じ込めるという独自のシステムを用いることで、この難題に挑戦しました。個々の原子から真空誘起ラマン断熱通過法によって単一光子を高効率に生成し、光子の偏光と原子のスピン状態の間にもつれを生み出します。この過程を各原子で独立に繰り返し行うことで、多数の光子から成る線形なクラスター状態を生成できます。
さらに、2つの原子間の光子干渉に基づく量子ゲート操作を活用することで、別々に生成したグラフ状態を融合し、より大規模で複雑なトポロジーを持つグラフ状態へと構築していく手法を編み出しました。この融合ゲートでは、2個の原子から同時に光子を生成し、それらが共振器モードで干渉することでどの原子から光子が放出されたかの情報が失われ、原子間のもつれが生成されるという仕組みです。
このようにして、本研究ではリング型のグラフ状態を最大6個の論理量子ビット(8個の物理量子ビット)、ツリー型のグラフ状態を7個の論理量子ビット(8個の物理量子ビット)構築することに成功しました。生成された状態に対して安定化演算子の期待値や証人演算子を測定することで、真の多体もつれの存在と理想状態への高い忠実度を実証しています。
この成果は、決定論的な単一光子源である単一原子を量子もつれで結合し、多様なグラフトポロジーの多体もつれ状態を自在に生み出せることを如実に示すものです。手法自体は、より多数の原子を用いることで原理的により大規模な状態へとスケーリング可能であり、測定ベースの量子コンピューティングや、量子エラー訂正、光子ロスに強い量子中継器などへの応用が大いに期待されます。
さらに、生成した多体グラフ状態の光子を量子メモリに保存し、複数のシステムをネットワーク化することで、より広範な量子情報処理が可能になるでしょう。2者間の量子通信リンクを超えた多者間量子ネットワークの実現へ向けて、大きく道を拓く成果だと言えます。
光子・原子の量子制御技術とスケーラブルなシステム設計を高度に組み合わせた本研究は、量子情報処理の新たな地平を切り拓く重要なマイルストーンになったと評価できるでしょう。今後のさらなる発展から目が離せません。


リチウム酸化物正極における化学的短距離秩序

本研究は、リチウムイオン電池の酸化物正極材料に「化学的短距離無秩序(CSRD)」を導入することで、充電時の構造劣化を抑制し、サイクル特性と出力特性を大幅に向上させる新しいアプローチを報告しています。
層状構造を持つリチウム酸化物は、リチウムイオン電池の重要な正極材料ですが、充電に伴うリチウム脱離により構造が不安定化し、格子ひずみや構造劣化を起こしやすいという課題がありました。本研究では、結晶格子中の元素分布を最近接原子のスケールで局所的に乱す「CSRD」という概念を、構造化学の基本原理に基づいて導入。セラミック合成プロセスの改良により実現しました。
層状LiCoO2正極にCSRDを適用したところ、遷移金属の配位環境と酸素との相互作用が変化し、充電時の構造劣化が効果的に抑制されました。また、電子構造にも影響を与え、電子伝導性が向上。その結果、サイクル特性と出力特性が大幅に改善されました。さらに、他の層状酸化物にもCSRDを導入できることを示し、その構造安定化効果を確認しました。
本研究は、CSRDという新しい材料設計指針を提示するとともに、酸化物正極の結晶構造と電子構造に及ぼす影響を明らかにした点で意義深いと言えます。リチウムイオン電池用酸化物正極の高性能化に向けた革新的なアプローチとして注目されます。

事前情報

  • リチウムイオン電池の正極材料として、層状リチウム酸化物が広く使われている

  • 充電時のリチウム脱離に伴い、層状構造が不安定化し、構造劣化を起こしやすい

  • 構造劣化はサイクル特性や出力特性の低下につながる

行ったこと

  • 「化学的短距離無秩序(CSRD)」という概念を、構造化学の原理に基づいて考案

  • セラミック合成プロセスの改良により、層状LiCoO2正極にCSRDを導入

  • CSRD-LiCoO2の結晶構造、電子構造、電気化学特性を多角的に評価

  • 他の層状酸化物(LiNixCoyMnzO2など)へのCSRD導入も検討

検証方法

  • X線・中性子回折:結晶構造解析

  • STEM-EELS:局所構造・電子状態解析

  • 固体NMR:局所構造解析

  • 密度汎関数理論(DFT)計算:構造安定性と電子構造の理論的解析

  • 充放電試験:サイクル特性、出力特性評価

分かったこと

  • CSRDにより、Co周りの局所構造が変化し、CoとOの相互作用が最適化された

  • CSRDはLiCoO2の電子構造にも影響を与え、電子伝導性を向上させた

  • 充電時の層状構造の崩壊が抑制され、Li脱離・挿入の可逆性が大幅に改善された

  • その結果、サイクル特性と出力特性が飛躍的に向上した

  • LiNixCoyMnzO2などの他の層状酸化物でも、CSRDによる構造安定化効果が確認された

この研究の面白く独創的なところ

  • 材料科学の基本原理に立ち返り、「化学的短距離無秩序」という新概念を提案した点

  • CSRDを導入するためのセラミック合成プロセスを独自に開発した点

  • CSRDが結晶構造と電子構造の両面に好影響を与えることを多角的に実証した点

  • 層状酸化物正極の課題を根本的に解決する新しい材料設計指針を示した点

この研究のアプリケーション

  • 高エネルギー密度・長寿命リチウムイオン電池の実現

  • 電気自動車や定置型蓄電システムなど、大型二次電池への応用

  • CSRDの概念を他の機能性酸化物に展開し、材料特性の向上に活用

  • セラミック合成プロセスの改良による、新規機能性材料の開発

著者と所属
Qidi Wang, Zhenpeng Yao, Marnix Wagemaker, Chenglong Zhao (Department of Radiation Science and Technology, Delft University of Technology, The Netherlands)

詳しい解説
本研究は、リチウムイオン電池用酸化物正極材料の性能を飛躍的に向上させる新しい材料設計指針を提示した画期的な成果と言えます。
リチウムイオン電池の正極材料として広く使われている層状リチウム酸化物は、充電に伴うリチウム脱離により構造が不安定化し、格子ひずみや構造劣化を起こしやすいという本質的な課題を抱えています。これまでも、元素置換やコーティングなどの手法で構造安定化を図る研究が行われてきましたが、根本的な解決には至っていませんでした。
本研究では、「化学的短距離無秩序(CSRD)」という全く新しい概念を提案しました。CSRDは、構造化学の基本原理に基づいており、結晶格子中の元素分布を最近接原子のスケールで局所的に乱すことを意味します。つまり、結晶の長距離秩序は維持したまま、短距離の化学的秩序を制御するというアプローチです。
研究チームは、セラミック合成プロセスの改良により、代表的な層状酸化物正極であるLiCoO2にCSRDを導入することに成功しました。CSRDの導入により、Co周りの局所構造が変化し、CoとOの相互作用が最適化されました。これにより、充電時の層状構造の崩壊が抑制され、Li脱離・挿入の可逆性が大幅に改善されたのです。
さらに興味深いことに、CSRDはLiCoO2の電子構造にも影響を与え、電子伝導性を向上させることがわかりました。これは、CSRDが結晶構造と電子構造の両面に好影響を与えることを示す重要な発見です。
多角的な構造解析と電気化学評価により、CSRD-LiCoO2が極めて優れたサイクル特性と出力特性を示すことが実証されました。また、LiNixCoyMnzO2などの他の層状酸化物でも、CSRDによる構造安定化効果が確認されました。これらの結果は、CSRDが層状酸化物正極の課題を根本的に解決する新しい材料設計指針であることを示しています。
本研究の成果は、高エネルギー密度・長寿命リチウムイオン電池の実現に直結すると期待されます。電気自動車や定置型蓄電システムなど、大型二次電池の性能向上に大きく貢献するでしょう。さらに、CSRDの概念は層状酸化物正極に限らず、他の機能性酸化物材料にも展開できる可能性があります。材料特性の向上に向けた新しい設計指針として、幅広い分野に波及効果をもたらすことが期待されます。
本研究は、材料科学の基本原理に立ち返り、「化学的短距離無秩序」という独創的な概念を提案した点で高く評価されます。CSRDの導入により、層状酸化物正極の構造安定性と電気化学特性が飛躍的に向上することを実証した功績は大きいと言えるでしょう。今後、CSRDを活用した新材料の開発が加速し、リチウムイオン電池の更なる高性能化と用途拡大が進むことが期待されます。


リポプロテイン(a) 形成の初期過程を標的とする、強力で選択的な小分子阻害剤の発見

本研究では、リポプロテイン(a) (Lp(a))の形成を阻害する低分子化合物を見出し、最適化により強力な阻害活性を示す化合物を発見した。Lp(a)はアポリポプロテイン(a) (apo(a))とapoB含有低密度リポタンパク(LDL)の結合により形成され、apo(a)のKringle IV(KIV) 7-8領域がapoBと最初に結合する。本研究ではapo(a) KIV7-8に結合する化合物を同定し、多価結合の適用により、サブナノモルレベルのLp(a)形成阻害活性を有する化合物LY3473329を創出した。LY3473329はLp(a)トランスジェニックマウスとカニクイザルで用量依存的にLp(a)を減少させた。多価結合化合物はラットでプラスミノーゲンに結合しプラスミン活性を低下させたが、プラスミノーゲンの種差からヒトでは選択的にLp(a)を阻害できると示唆された。LY3473329は現在第2相試験中であり、強力で選択的な経口Lp(a)低下剤としての臨床開発が期待される。

事前情報

  • Lp(a)は動脈硬化性心血管疾患の独立した原因因子だが、特異的な治療法は確立されていない

  • Lp(a)はapo(a)とapoB含有LDLの2段階の結合により形成される

  • apo(a)のKIV7-8領域がapoBと最初に非共有結合的に相互作用する

行ったこと

  • apo(a) KIV7-8に結合する低分子化合物を同定

  • 多価結合の適用により強力なLp(a)形成阻害化合物を創出

  • LY3473329のLp(a)トランスジェニックマウスとカニクイザルでの薬効を評価

  • 多価結合化合物のラットとヒトプラスミノーゲンへの結合と活性阻害を比較

検証方法

  • 生化学的・物理化学的スクリーニング、等温滴定型熱量測定(ITC)

  • Lp(a)形成in vitro阻害アッセイ

  • トランスジェニックマウス、カニクイザルでの薬効評価

  • 放射性リガンド結合試験と活性アッセイによるプラスミノーゲン相互作用の評価

分かったこと

  • apo(a) KIV7-8に結合する低分子化合物がLp(a)形成を阻害する

  • 多価結合により阻害活性はサブナノモルまで増強された

  • LY3473329はマウスとサルでLp(a)を用量依存的に減少させた

  • 多価結合化合物はラットプラスミノーゲンに結合し活性を阻害したが、ヒトでは選択的にLp(a)を阻害できる

  • LY3473329は現在第2相臨床試験中である

この研究の面白く独創的なところ

  • Lp(a)形成の最初のステップを阻害する低分子化合物を見出した点

  • apo(a)のKringle領域の反復構造を利用し、多価結合により飛躍的に活性を向上させた点

  • プラスミノーゲンとの選択性を精査し、ヒトで選択的にLp(a)を阻害できることを示した点

  • 動脈硬化性心血管疾患の重要な危険因子であるLp(a)を標的とする経口薬の可能性を示した点

この研究のアプリケーション

  • 高Lp(a)血症を伴う動脈硬化性心血管疾患や大動脈弁狭窄症の新規治療薬への応用

  • 既存の注射剤と異なる、利便性の高い経口Lp(a)低下薬の開発

  • apo(a)のKringle領域を標的とする薬剤設計への応用

  • 多価結合という創薬手法の有用性の実証

著者と所属
Nuria Diaz, Carlos Perez, Ana Maria Escribano, Gema Sanz, Julian Priego, Celia Lafuente, Mario Barberis, Luis Calle, Juan Felix Espinosa
(Lilly Research Laboratories, Alcobendas, Spain)
Birgit T. Priest, Hong Y. Zhang, Amanda K. Nosie, Joseph V. Haas, Ellen Cannady, Anthony Borel, Albert E. Schultze, Laura F. Michael
(Lilly Research Laboratories, Indianapolis, IN, USA)
J. Michael Sauder, Jörg Hendle, Ken Weichert (Lilly Research Laboratories, San Diego, CA, USA)
Stephen J. Nicholls (Victorian Heart Institute, Monash University, Australia)

詳しい解説
本研究は、リポプロテイン(a) (Lp(a))の形成を阻害する低分子化合物を発見し、構造最適化によりサブナノモルレベルの強力な阻害活性を実現した画期的な成果です。Lp(a)は動脈硬化性心血管疾患の独立した原因因子ですが、生活習慣の改善では低下せず、特異的な治療法はこれまで確立されていませんでした。Lp(a)は、アポリポプロテイン(a) (apo(a))とapoB含有低密度リポタンパク(LDL)の2段階の結合により形成されます。apo(a)はまずKringle IV(KIV) 7-8領域でapoBと非共有結合的に相互作用し、次いでapo(a)とapoBの間でジスルフィド結合が形成されてLp(a)となります。
研究チームは、apo(a) KIV7-8に結合する低分子化合物を生化学的・物理化学的スクリーニングにより同定しました。リード化合物の構造最適化により、Lp(a)形成を1.69 μMで阻害するLSN3353871を見出しました。さらに2つの阻害部位を連結した二価化合物LSN3441732は、阻害活性が一気にIC50 0.18 nMまで上昇しました。X線結晶構造解析から、化合物はKIV8のアミノ酸残基Glu56, Asp54, Tyr62, Arg69と相互作用していました。LSN3441732はLp(a)トランスジェニックマウスとカニクイザルで経口投与により用量依存的にLp(a)を減少させました。
多価結合のコンセプトを拡張し、3つの阻害部位を連結した三価化合物LY3473329が合成されました。LY3473329はapo(a) KIV8に22 nMで結合し、Lp(a)形成をIC50 0.09 nMで阻害しました。マウスとサルでも強力なLp(a)低下作用を示し、サルでは100 mg/kgの1日1回経口投与で71%の低下が認められました。X線結晶構造解析では、LY3473329が3つのKIV8ドメインに同時に結合している様子が観察されました。
一方、apo(a)のKringleドメインはプラスミノーゲンのKringleと相同性が高いため、Lp(a)阻害化合物がプラスミノーゲン・プラスミン系に影響する可能性が懸念されました。多価化合物はラットプラスミノーゲンに結合し、薬理用量で血漿プラスミン活性を低下させましたが、ヒトプラスミノーゲンへの親和性は50倍以上低いことが示されました。これは、ラットとヒトのプラスミノーゲンのアミノ酸配列の違いにより、化合物の結合に重要なDxEモチーフがヒトでは保存されていないためと考えられます。したがって、LY3473329はヒトにおいて選択的にLp(a)を阻害できると期待されます。
本研究は、Lp(a)形成の最初のステップを阻害するユニークなアプローチにより、高い阻害活性と選択性を兼ね備えた経口投与可能なLp(a)低下薬の開発に道筋をつけました。LY3473329はすでに第2相臨床試験が進行中であり、高Lp(a)血症を伴う動脈硬化性心血管疾患や大動脈弁狭窄症の新たな治療選択肢になることが期待されます。さらに、apo(a)のKringle領域に着目した薬剤設計や、多価結合という創薬手法の有用性を示した点でも意義深い研究と言えるでしょう。今後の研究の進展に大いに注目が集まります。


三角格子上のHubbard模型における運動論的に誘起されたスピンポーラロンの直接観測

本研究では、光格子中の超冷原子を用いて、三角格子上のフェルミHubbard模型を量子シミュレートし、ホールや二重占有サイトをドープした際のスピン相関を単一サイトの分解能で観測した。その結果、ホールの周りには反強磁性的な相関が、二重占有サイトの周りには強磁性的な相関が生じることを見出した。これらの相関は、ドープされた電荷キャリアの運動エネルギーとスピン間の超交換相互作用の競合から生じるスピンポーラロンの形成によって説明できる。本研究は、強相関電子系における新奇量子状態の理解に重要な知見を与えるものである。

事前情報

  • 三角格子上のHubbard模型は、幾何学的フラストレーションと強い電子間相互作用の競合から、新奇量子状態が期待される系である。

  • スピンポーラロンは、ドープされた電荷キャリアとその周囲のスピン歪みが結合した準粒子で、強相関電子系の物性に重要な役割を果たすと考えられている。

  • 光格子中の超冷原子を用いた量子シミュレーションは、強相関電子系のミクロな性質を探る強力な手法である。

行ったこと

  • リチウム原子のフェルミ気体を三角光格子中に導入し、Hubbard模型を量子シミュレート。

  • 単一サイト分解能を持つ量子気体顕微鏡技術を用いて、スピンと電荷の分布を測定。

  • ホールと二重占有サイトをドープし、その周囲のスピン相関関数を計算。

  • determiant量子モンテカルロ(DQMC)法によるシミュレーションと測定結果を比較。

検証方法

  • 超低温のフェルミ原子気体を光格子ポテンシャル中に導入し、Hubbard模型を量子シミュレート。

  • 量子気体顕微鏡を用いて原子の位置とスピン状態を単一サイトの分解能で蛍光観測。

  • 2体、3体、4体のスピン相関関数を測定し、ドーピングや相互作用強度への依存性を調べた。

  • DQMCシミュレーションにより、スピン相関関数の理論値を計算し実験結果と比較検証。

分かったこと

  • ホールドープの場合、ホールの最近接サイトに強い反強磁性相関が現れる。

  • 二重占有ドープの場合は、二重占有サイトの最近接に強い強磁性相関が生じる。

  • これらのスピン相関は、ドープされた電荷キャリアの運動エネルギーとスピン間の超交換相互作用の競合から生じるスピンポーラロンの形成で説明できる。

  • スピンポーラロンは高温でも存在し、温度や相互作用強度にあまり依存しない。

  • スピンポーラロンの空間構造は、DQMCシミュレーションとよく一致する。

この研究の面白く独創的なところ

  • 量子シミュレーターを用いて、三角格子上のHubbard模型におけるスピンポーラロンを実空間・単一サイトの分解能で直接観測した初めての例である。

  • ホールと二重占有の両方をドープすることで、運動エネルギーと超交換相互作用がスピン相関に及ぼす効果を切り分けて議論している。

  • 広い温度・相互作用強度範囲で、スピンポーラロンの形成を実証的に示した。

  • スピン-電荷分離の直接観測など、関連する物理現象の理解にもつながる重要な成果である。

この研究のアプリケーション

  • 銅酸化物高温超伝導体、有機モット絶縁体、三角格子モアレ物質など、幾何学的フラストレーションと強相関が絡む系の理解に役立つ。

  • ホールペアリングや超伝導の可能性など、スピンポーラロンが関与する新奇量子状態の探索に寄与。

  • 量子シミュレーション技術のさらなる高度化・複雑化により、現実物質の理解に直結する知見が得られると期待される。

著者と所属
Max L. Prichard, Benjamin M. Spar, Ivan Morera, Eugene Demler, Zoe Z. Yan & Waseem S. Bakr
(Department of Physics, Princeton University; Departament de Física Quàntica i Astrofísica, Facultat de Física, Universitat de Barcelona; Institute for Theoretical Physics, ETH Zürich; James Franck Institute and Department of Physics, The University of Chicago)

詳しい解説
本研究は、量子シミュレーターを用いて三角格子上のフェルミオンHubbard模型を実現し、ホールや二重占有サイトをドープした際に生じるスピン相関を単一サイトの分解能で観測することに成功した画期的な成果です。
三角格子上のHubbard模型は、幾何学的フラストレーションと強い電子間相互作用の競合から、新奇量子状態が期待される系として知られています。特に、ドープされた電荷キャリアの運動エネルギーとスピン間の相互作用が生み出す「スピンポーラロン」と呼ばれる準粒子が、系の物性に重要な役割を果たすと考えられてきました。スピンポーラロンは、ドープされたホールや二重占有サイトとその周囲のスピン歪みが結合した複合粒子で、銅酸化物高温超伝導体におけるストライプ秩序や擬ギャップ相の形成機構との関連が指摘されるなど、強相関電子系の理解に欠かせない概念です。
研究チームは、リチウム原子のフェルミ気体を三角光格子中に導入することで、Hbbard模型を忠実に量子シミュレートしました。そして、単一サイト分解能を持つ量子気体顕微鏡技術を駆使して、系のスピンと電荷の分布を直接観測したのです。ホールと二重占有サイトをドープした際のスピン相関関数を計算した結果、ホールの周りには反強磁性的な、二重占有サイトの周りには強磁性的な相関が生じることが明らかになりました。これらのスピン相関パターンは、ドープされた電荷キャリアの運動エネルギーとスピン間の超交換相互作用の競合から生じるスピンポーラロンの形成によって説明できます。
興味深いことに、スピンポーラロン相関は広い温度範囲で観測され、温度や相互作用強度への依存性は弱いことがわかりました。これは、スピンポーラロンが運動論的な機構に基づく「イタネラント(遍歴的)」な性質を持つためだと考えられます。一方、二重占有サイトの周りで見られる強磁性的な相関は、「長岡効果」として知られる量子多体効果の一例であり、少数キャリア系におけるフェルミオンの運動エネルギーに起因することが示唆されました。
本研究で得られたスピンポーラロンの空間構造は、determiant量子モンテカルロ(DQMC)法によるシミュレーション結果ともよく一致しており、実験結果の妥当性を裏付けています。このように、量子シミュレーターを用いて強相関電子系の素過程を「丸ごと」再現し、ミクロな物理を直接観測する手法は、今後ますます重要になるでしょう。
スピンポーラロンは、銅酸化物高温超伝導体などの強相関電子物質で主要な役割を演じているだけでなく、最近注目を集める三角格子モアレ物質群でも関連が指摘されています。本研究は、そうした新奇量子物質群の理解を大きく前進させる画期的な成果であり、ホールペアリングや超伝導の起源解明など、今後のさらなる展開が大いに期待されます。量子シミュレーション技術のさらなる高度化により、現実物質の理解や新機能の設計指針獲得につながる知見が得られる日も、そう遠くないかもしれません。


海洋の窒素不足を補う珪藻と根粒菌の共生関係の発見

海洋表層での窒素固定は、海洋への新しい窒素の主要な供給源であり、生物学的炭素ポンプを駆動する上で重要な役割を果たしている。海洋の窒素固定はほぼ全てシアノバクテリアに起因すると考えられてきたが、窒素固定酵素ニトロゲナーゼをコードする遺伝子は海洋細菌・古細菌に広く分布している。本研究では、珪藻と共生する新しい非シアノバクテリア性窒素固定生物Candidatus Tectiglobus diatomicolaを発見した。この根粒菌は、固定した窒素を珪藻宿主に提供し、光合成産物を受け取っていた。この根粒菌-珪藻共生は、北大西洋熱帯域でシアノバクテリアと同等の窒素固定に寄与しうること、シアノバクテリアがほとんど存在しない広大な海域で検出される窒素固定を説明できる可能性が示された。

事前情報

  • 海洋表層での窒素固定は、海洋への新規窒素供給の主要源

  • 海洋の窒素固定はこれまでシアノバクテリアによるものとされてきた

  • 窒素固定酵素遺伝子は海洋細菌・古細菌に広く分布

行ったこと

  • 海水サンプルから単離した珪藻と共生する根粒菌を発見

  • メタゲノム解析により共生体の遺伝的特徴を調べた

  • NanoSIMS(二次イオン質量分析計)を用いて共生体内の窒素・炭素の移動を分析

  • 北大西洋熱帯域の海水サンプル中の本共生体の存在量を定量

検証方法

  • 16S rRNA遺伝子に基づく系統解析

  • メタゲノム解析による共生体ゲノムの推定

  • 共生体のNanoSIMS分析

  • qPCR法による海水中の共生体rRNA遺伝子の定量

分かったこと

  • 珪藻と共生する根粒菌Candidatus Tectiglobus diatomicolaを発見

  • 本共生体は、根粒菌が固定した窒素を珪藻に供給し、珪藻の光合成産物を受け取る共生関係にある

  • 本共生による窒素固定量は、北大西洋熱帯域でシアノバクテリアと同等かそれ以上

  • シアノバクテリアが希少な海域での窒素固定を説明できる可能性

この研究の面白く独創的なところ

  • 海洋の非シアノバクテリア性窒素固定共生体を初めて発見した点

  • 陸上の根粒菌-マメ科植物共生を超えて、根粒菌の宿主が珪藻にまで拡大することを示した点

  • 共生体内の窒素・炭素の移動をNanoSIMSで可視化した点

  • 海洋の窒素循環における新たなプレイヤーの存在を明らかにした点

この研究のアプリケーション

  • 海洋生態系モデルへの新たな窒素固定過程の組み込み

  • 海洋における窒素固定量の再評価

  • 共生工学的アプローチによる海洋への新規窒素供給技術の開発

  • 光共生工学への応用

著者と所属
Bernhard Tschitschko, Mertcan Esti, Miriam Philippi, Marcel M. M. Kuypers
(Max Planck Institute for Marine Microbiology, Bremen, Germany)

詳しい解説
本研究は、海洋における新たな窒素固定共生系を発見した画期的な成果である。海洋の窒素固定は、これまでシアノバクテリアによるものがほとんどと考えられてきた。一方で、ニトロゲナーゼ遺伝子は海洋細菌・古細菌にも広く分布しており、非シアノバクテリア性の窒素固定の可能性が示唆されていた。しかし、そのような窒素固定生物は実際に海で窒素固定を行っているのか、直接的な証拠は得られていなかった。
今回Tschitschkoらは、珪藻と共生する新しい根粒菌Candidatus Tectiglobus diatomicolaを発見した。根粒菌といえば、陸上のマメ科植物と共生して窒素固定を行うことで知られる。本研究は、根粒菌の宿主が珪藻にまで及ぶことを示した初めての例である。共生体のゲノム解析から、Ca. T. diatomicolaがニトロゲナーゼを持ち、アンモニア同化経路を欠くことが判明した。一方、珪藻ゲノムからはアンモニア同化経路が見つかった。また、NanoSIMSによる共生体の分析から、根粒菌から珪藻へ窒素が、珪藻から根粒菌へ炭素が移動していることが証明された。これらの結果は、根粒菌が窒素固定によって得たアンモニアを珪藻に供給し、珪藻の光合成産物を受け取るという、まさに共生関係の成立を裏付けるものである。
さらに驚くべきことに、北大西洋熱帯域の海水サンプル中のCa. T. diatomicolaの定量から、本共生による窒素固定量がシアノバクテリアと同等かそれ以上に達することが示唆された。またシアノバクテリアがほとんど存在しない海域においても、本共生体が多数検出された。これは、従来シアノバクテリアによるものと考えられてきた広大な海域の窒素固定を、根粒菌-珪藻共生が担っている可能性を示すものである。
本研究成果は、海洋の窒素循環、ひいては物質循環全体の理解に大きなインパクトを与えるものである。海洋への新規窒素供給という根本的なプロセスに関わる新たなプレイヤーの存在が明らかになったことで、海洋生態系モデルの再構築が迫られるだろう。また、根粒菌-珪藻共生系は、将来的に共生工学的なアプローチにより海洋の窒素固定能を高める技術にもつながる可能性がある。窒素固定共生系が海にも存在することが証明された本研究は、海洋生物地球化学と共生生物学の両分野に大きな波紋を投げかけた。


HCO+の解離性再結合が金星の水素散逸を倍増させ、大気中の水量維持に大量の火山性脱ガスや彗星の流入が必要なことが判明

金星は地球と同じくらいの大きさと材料からできているにもかかわらず、極端に乾燥した環境にある。この研究では、従来考えられてきた以上に、HCO+イオンの解離性再結合が金星からの水素散逸を引き起こしていることが明らかになった。この過程により水素散逸量が倍増するため、現在の金星の大気中の水量を維持するには、火山活動や彗星の衝突による大量の水の供給が必要だったと考えられる。この新しい散逸過程の発見は、金星の水がどのように失われたのか、そのメカニズムの理解に大きく貢献するものである。

事前情報

  • 金星は地球と同程度の大きさと材料からできているが、極端に乾燥している

  • 過去に蒸気が主体の大気からの水素の流出により、初期の地球と同等の水が失われたと考えられている

  • 現在でも働いている非熱的な水素散逸過程が、金星の重水素濃縮と水の枯渇に寄与したはずである

行ったこと

  • 金星上層大気の光化学と水素散逸過程をモデル化した

  • HCO+イオンの解離性再結合による水素散逸への寄与を定量的に評価した

  • HCO+再結合による水素散逸が他の散逸過程を上回ることを発見した

検証方法

  • 金星上層大気の光化学と水素同位体を含む反応ネットワークのモデリング

  • HCO+再結合で生成された水素原子のモンテカルロシミュレーションによる散逸確率の計算

  • 観測データとの比較によるモデル結果の検証

分かったこと

  • HCO+再結合が金星からの水素散逸を支配する最も重要な過程である

  • この過程により水素散逸率が従来の見積もりから2倍近くに増加する

  • 現在の金星大気中の水量を維持するには、火山放出や彗星の衝突による大量の水の供給が必要

  • HCO+再結合を考慮することで、金星の大気のD/H比と水量を同時に説明できる

研究の面白く独創的なところ

  • 従来考慮されていなかったHCO+再結合という新しい水素散逸過程の重要性を発見した点

  • 火星での先行研究をもとに金星に応用し、水素散逸率の増加を定量的に示した点

  • 金星の水の起源と進化に関する長年の謎の解明に大きく貢献する成果である点

この研究のアプリケーション

  • 金星の水の起源と進化の理解に役立つ

  • 系外惑星における水の存在可能性の評価に応用できる

  • 将来の金星探査計画において検証すべき観測ターゲットを提示できる

著者と所属
M. S. Chaffin, E. M. Cangi, B. S. Gregory, R. V. Yelle, J. Deighan, R. D. Elliott & H. Gröller
(University of Colorado Boulder, Laboratory for Atmospheric and Space Physics, Boulder, CO, USA; University of Arizona, Lunar and Planetary Laboratory, Tucson, AZ, USA)

詳しい解説
この研究は、金星からの水素散逸における新たな重要過程としてHCO+イオンの解離性再結合の役割を明らかにした画期的な成果です。金星は地球とほぼ同じ大きさと材料からできているにもかかわらず、極端に乾燥しています。これまで、金星の初期の蒸気が主体の大気から大量の水素が宇宙空間に流出したことで、地球と同程度あった水のほとんどが失われたと考えられてきました。しかし、そのような水力学的散逸は大気中の水量が10-100 m程度まで減少すると停止してしまうため、現在の3 cmという極端な乾燥状態を説明できませんでした。
この研究では、現在の金星でも働いている非熱的な水素散逸過程に着目し、特にHCO+イオンの解離性再結合による水素散逸への寄与を定量的に評価しました。その結果、HCO+再結合が金星からの水素散逸を支配する最も重要な過程であり、従来考えられていた散逸率を2倍近くに増加させることが分かったのです。つまり、この過程を考慮しないと、金星の水素散逸率を大幅に過小評価していたことになります。
この新しい散逸過程の発見は、現在の金星大気中の水量を維持するには、火山活動や彗星の衝突による大量の水の供給が必要だったことを示唆しています。また、HCO+再結合による散逸を考慮することで、金星大気の高いD/H比(重水素の存在度)と低い水量をうまく説明できるようになりました。これまでは、この2つの観測事実を同時に説明するのが難しいという問題がありました。
本研究は、火星大気でのHCO+再結合の重要性に関する先行研究をもとに、金星に応用することで成し遂げられました。金星探査機の設計上の制約から、これまでHCO+と水素原子を同時に測定することができませんでしたが、将来の探査では、この過程の検証が待たれます。
金星はなぜ水を失ったのか、その水はどこにいったのか。この研究成果は、長年の謎に迫る重要な手がかりを与えてくれました。さらに、系外惑星における水の存在可能性を評価する上でも、水素散逸過程の理解は欠かせません。この研究は、金星や地球、そして宇宙における水の起源と進化に関する我々の理解を大きく前進させるものだと言えるでしょう。



最後に
本まとめは、フリーで公開されている範囲の情報のみで作成しております。また、理解が不十分な為、内容に不備がある場合もあります。その際は、リンクより本文をご確認することをお勧めいたします。