見出し画像

論文まとめ333回目 SCIENCE 嗅覚入力が触覚の発達に重要な役割を果たすクリティカルウィンドウの発見!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

A diminished North Atlantic nutrient stream during Younger Dryas climate reversal
ヤンガードライアス期の気候の逆転に伴う大西洋北部の栄養塩の減少
「大西洋北部は生物生産性が高い海域ですが、その栄養源はガルフストリームにより運ばれてきます。地球温暖化により大西洋の深層循環が弱まると、この栄養塩の供給が減ると予想されています。今回、最終氷期からの移行期であるヤンガードライアス期に、深層循環の弱化とともにガルフストリームの栄養塩が減少し、北大西洋の生物生産性が低下していたことが分かりました。過去の気候変動が、将来の海洋生態系への示唆を与えてくれる研究です。」

Evolvability predicts macroevolution under fluctuating selection
変動する選択圧下での進化における進化可能性の予測力
「生物の進化の方向性を決めるのは、遺伝的な制約だと考えられてきました。しかし、この研究は、環境変動に素早く適応できる「進化可能性」の高さこそが、長期的な進化の鍵だと示唆しています。進化可能性の高い形質ほど、集団間や種間で大きく分岐しやすいのです。生物進化のメカニズム解明に新たな視点を提供する発見です。」

A nasal chemosensation–dependent critical window for somatosensory development
嗅覚依存的な体性感覚発達のクリティカルウィンドウ
「マウスの嗅覚は生まれてすぐに機能し、触覚の発達に大きな影響を与えます。生後1週間の間、嗅覚刺激は大脳皮質の広い範囲を活性化させ、ヒゲからの触覚応答を強めていました。この時期に嗅覚を遮断すると、成長後の触覚機能に障害が生じました。嗅覚が触覚の発達を促進するクリティカルウィンドウ(決定的な時期)の存在が明らかになった画期的な発見です。」

Indian Ocean temperature anomalies predict long-term global dengue trends
インド洋の海水温度異常がグローバルなデング熱の長期トレンドを予測する
「インド洋の海面温度の変動が、世界各地のデング熱流行のタイミングと規模に影響を及ぼしていることが明らかに。インド洋が暖かい年は、遠く離れた地域でもデング熱が大流行する傾向が。流行の半年前に予測できるため、より効果的な対策が可能に。インド洋が地球の反対側の感染症に影響するしくみに迫った画期的な研究。」

Large quantum anomalous Hall effect in spin-orbit proximitized rhombohedral graphene
スピン軌道相互作用で近接効果を受けた菱面体グラフェンにおける巨大量子異常ホール効果
「グラフェンの5層を特殊な積層にし、硫化タングステンをその上に乗せた構造で、ゼロ磁場での量子化ホール伝導を観測しました。この量子異常ホール効果は、これまでの系とは違い、磁性元素やモアレ超格子がなくてもチャーン数±5という大きな値を示しました。グラフェン固有のフラットバンドでの電子相関と、硫化タングステンによるイジングスピン軌道相互作用の協奏効果で生まれたと考えられます。この系は、トポロジカル物性と相関効果の組み合わせを探る上で有望な舞台となりそうです。」


要約

ヤンガードライアス期の大西洋子午面循環の弱化により、ガルフストリームを通じた栄養塩の供給が減少したことが明らかに。

https://doi.org/10.1126/science.adi5543

本研究は、北大西洋において高い生物生産性を維持するガルフストリームによる栄養塩の供給が、ヤンガードライアス期の大西洋子午面循環(AMOC)の弱化に伴い減少したことを明らかにしました。フロリダ海峡の堆積物コアの分析から、この時期にガルフストリームの栄養塩濃度が低下し、酸素濃度が上昇していたことが示されました。また、北大西洋の複数地点での生物生産性の指標も、栄養塩供給の減少と同期して低下が見られました。AMOCの弱化に伴う栄養塩供給と生物生産性の関係は、理論やモデル研究で示唆されていましたが、過去の気候変動からその関係性が実証されました。将来の地球温暖化に伴うAMOCの弱化が、北大西洋の海洋生態系に与える影響を示唆する重要な研究成果です。

事前情報

  • 北大西洋は生物生産性が高い海域で、その栄養塩供給源はガルフストリーム

  • 地球温暖化によるAMOCの弱化が、ガルフストリームの栄養塩供給と北大西洋の生物生産性に影響を与えると予想されている

  • ヤンガードライアス期は最終氷期から完新世への移行期に起きた寒冷化イベント

行ったこと

  • フロリダ海峡の堆積物コアから、ヤンガードライアス期のガルフストリームの栄養塩と酸素濃度を復元

  • 北大西洋の複数地点の堆積物コアから、生物生産性の指標を復元

  • AMOCの強度変化と栄養塩供給・生物生産性の関係を評価

検証方法

  • 底生有孔虫の殻の炭素同位体比から、海底の酸素濃度を推定

  • 底生有孔虫の殻のカドミウム濃度から、海水のカドミウム濃度(栄養塩の指標)を推定

  • 浮遊性有孔虫や珪藻化石の産出量、堆積物中のバリウム濃度などから、生物生産性を推定

分かったこと

  • ヤンガードライアス期に、フロリダ海峡のガルフストリームの栄養塩濃度が低下し、酸素濃度が上昇した

  • 同時期に、北大西洋の複数地点で生物生産性の低下が見られた

  • これらの変化は、AMOCの弱化に伴うガルフストリームの栄養塩供給の減少で説明できる

  • 過去の気候変動から、AMOCと栄養塩供給・生物生産性の関係性が実証された

この研究の面白く独創的なところ

  • AMOCと栄養塩供給・生物生産性の関係を、過去の気候変動から実証した点

  • 将来予測されるAMOCの弱化が、北大西洋の海洋生態系に与える影響を示唆した点

  • 地球環境変動が海洋生物地球化学的循環に与える影響の理解に貢献した点

この研究のアプリケーション

  • 地球温暖化に伴うAMOCの変化が海洋生態系に与える影響の予測

  • 過去の気候変動が現在・将来の地球環境に与える示唆の理解

  • 海洋の物質循環と気候変動の相互作用の解明

著者と所属
Jean Lynch-Stieglitz, Tyler D. Vollmer, Shannon G. Valley, Eric Blackmon (School of Earth and Atmospheric Sciences, Georgia Institute of Technology)
Sifan Gu (School of Oceanography, Shanghai Jiao Tong University)
Thomas M. Marchitto (INSTAAR and Department of Geological Sciences, University of Colorado)

詳しい解説
大西洋北部は世界でも有数の生物生産性の高い海域ですが、その高い生産性を支えているのがガルフストリームによって運ばれてくる豊富な栄養塩です。しかし地球温暖化が進行し、大西洋の深層循環(AMOC)が弱まると、このガルフストリームによる栄養塩の供給が減少し、北大西洋の生物生産性が低下すると予想されています。
Lynch-Stieglitzらの研究グループは、過去の気候変動におけるAMOCと栄養塩供給・生物生産性の関係に着目しました。彼らが調べたのは、最終氷期から完新世への移行期に起きた寒冷化イベント「ヤンガードライアス」の時期です。まず、フロリダ海峡の海底堆積物コアを分析し、ヤンガードライアス期にガルフストリームの栄養塩濃度(カドミウム濃度)が低下し、酸素濃度が上昇していたことを明らかにしました。栄養塩濃度の低下は、AMOCの弱化に伴うガルフストリームの減速によって説明できます。
さらに彼らは、ヤンガードライアス期の北大西洋各地の堆積物コアから、生物生産性の指標となる浮遊性有孔虫や珪藻化石の産出量、バリウム濃度などを調べました。その結果、ガルフストリームの栄養塩供給の減少と同期して、北大西洋の生物生産性が広域で低下していたことが分かったのです。
この研究は、AMOCの変化がガルフストリームの栄養塩供給を通じて北大西洋の生物生産性に影響を与えるという関係を、過去の気候変動から実証した点で画期的です。理論やモデル研究で示唆されていたこの関係が、実際の海洋の記録からも裏付けられました。また、地球温暖化に伴うAMOCの弱化が北大西洋の海洋生態系に与える影響を予測する上でも、重要な示唆を与えてくれます。
海洋と気候の相互作用は複雑ですが、このように過去の記録から気候変動が海洋の物質循環や生態系に与える影響を解明することは、将来の地球環境変化を予測する上で欠かせません。Lynch-Stieglitzらの研究は、古海洋学と気候学、生物地球化学を融合させた学際的なアプローチにより、海と気候の関係性の理解を大きく前進させた研究と言えるでしょう。


微小進化的な進化可能性が、集団間や種間の表現型の分岐を促進する

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adi8722

この研究は、進化可能性(遺伝的変異性の高さ)が、集団間や種間の表現型の分岐を促進することを明らかにしました。化石と現生の生物のデータセットを用いて、様々な仮説を検証した結果、進化可能性の高い形質ほど、環境変動への追従能力が高く、より大きな進化的分岐を示すことがわかりました。これは、遺伝的制約が長期的な進化を方向づけるという従来の見方に新たな視点を加える発見です。

事前情報

  • 遺伝的制約は、進化の方向性を制限すると考えられてきた

  • 進化可能性は、遺伝的変異性の高さを表す指標

  • 集団間や種間の表現型の分岐パターンと進化可能性の関係は不明確

行ったこと

  • 化石と現生生物のデータセットを用いて、進化可能性と表現型分岐の関係を解析

  • 進化可能性が分岐を促進するメカニズムについて複数の仮説を検証

  • 環境変動下での集団の適応力と進化可能性の関係を理論的に考察

検証方法

  • 化石と現生生物の形態形質データを収集

  • 進化可能性と集団間・種間の表現型分散の関係を統計的に解析

  • シミュレーションモデルを用いて仮説を検証

  • 理論的考察により、メカニズムを議論

分かったこと

  • 進化可能性の高い形質ほど、集団間・種間で大きく分岐する傾向がある

  • この関係は、進化可能性が環境変動への追従能力を高めるためと考えられる

  • 従来考えられていた複数の仮説は支持されなかった

  • 定常的な環境変動下で、遺伝的制約が進化の方向性を規定するメカニズムが示唆された

この研究の面白く独創的なところ

  • 長期的な進化パターンを微小進化的要因から予測する試み

  • 進化可能性の重要性を集団間・種間の表現型分岐から実証

  • 進化可能性を介した環境変動と適応進化の関係に新たな視点

  • 化石と現生生物の大規模データを活用した検証

この研究のアプリケーション

  • 生物進化のメカニズム理解の深化

  • 将来の進化的変化の予測

  • 適応進化と表現型多様化の関係の解明

  • 保全生物学や育種学への応用

著者と所属
Agnes Holstad, Kjetil L. Voje, Øystein H. Opedal, Geir H. Bolstad, Salomé Bourg, Thomas F. Hansen, Christophe Pélabon
(ノルウェー科学技術大学生物多様性動態センター、オスロ大学自然史博物館、ルンド大学生物学部、ノルウェー自然研究所、オスロ大学生物科学部)

詳しい解説
この研究は、生物進化のメカニズムに関する新たな知見をもたらすものです。従来、遺伝的な制約が進化の方向性を規定すると考えられてきましたが、この研究は、むしろ遺伝的変異性の高さ、すなわち「進化可能性」こそが、長期的な進化のパターンを左右することを示唆しています。
研究チームは、化石と現生生物のデータを用いて、形態形質の進化可能性と、集団間および種間の表現型の分岐の関係を調べました。その結果、進化可能性の高い形質ほど、集団間・種間で大きく分岐する傾向があることが明らかになったのです。
この関係を説明するメカニズムとして、いくつかの仮説が検討されました。たとえば、進化可能性の高い形質は、環境変動に素早く適応できるため、集団間の分岐が促進されるのではないか、といった仮説です。シミュレーションモデルを用いた検証の結果、このような環境変動への追従能力が、進化可能性と表現型分岐の関係を説明する有力な仮説であることが示唆されました。
一方で、従来考えられていた他の仮説、例えば表現型可塑性や遺伝的浮動の効果などは、今回のデータからは支持されませんでした。
理論的な考察からは、定常的な環境変動下において、進化可能性の高い形質が選択圧の変化に追従しやすく、結果として集団間・種間の分岐が促進されるというメカニズムが示唆されました。これは、遺伝的制約が進化の方向性を規定するという従来の見方に、新たな視点を加えるものです。
この研究は、微小進化的な進化可能性が、長期的な進化のパターンを予測するという、斬新なアプローチをとっています。また、化石と現生生物の大規模データを活用し、進化可能性の重要性を実証的に示した点で高く評価できます。
進化可能性と環境変動への適応の関係に新たな光を当てたこの発見は、生物進化のメカニズム理解を深化させるだけでなく、将来の進化的変化の予測や、保全生物学、育種学などの応用分野にも示唆を与えるものと期待されます。生物の適応進化と表現型の多様化を理解する上で、進化可能性という概念の重要性が改めて浮き彫りになった画期的な研究だと言えるでしょう。


嗅覚入力が触覚の発達に重要な役割を果たすクリティカルウィンドウの発見

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adn5611

本研究は、マウスを用いて嗅覚と体性感覚(特に触覚)の発達における相互作用を調べました。解剖学的・機能的アプローチにより、生後1週間の間、嗅覚刺激が大脳皮質の広範囲に活動を引き起こし、一次体性感覚野におけるヒゲ刺激応答を強めることを発見しました。この効果は成体では消失し、嗅覚皮質から体性感覚野への興奮性結合の喪失と一致していました。新生児期の嗅覚遮断と成体での電気生理学的・行動学的解析から、体性感覚野の感覚駆動ダイナミクスと触覚機能の発達に、一過性の嗅覚入力調節が不可欠であることが明らかになりました。本研究は、嗅覚依存的な体性感覚発達のクリティカルウィンドウの存在を明らかにしました。

事前情報

  • 嗅覚は哺乳類で最も古い感覚で、体性感覚とともに新生児の健康に重要

  • 聴覚・視覚が脳に関与し始める前に、嗅覚と体性感覚が重要な役割を果たす

  • 感覚系の発達における初期経験の影響はよく知られているが、感覚間相互作用の役割は不明な点が多い

行ったこと

  • マウスを用いて、生後の嗅覚と体性感覚野の解剖学的・機能的結合を解析

  • 生後の嗅覚刺激が体性感覚野の活動に与える影響を調べた

  • 新生児期の嗅覚遮断を行い、成体での体性感覚機能への影響を電気生理学的・行動学的に評価した

検証方法

  • ウイルストレーサーを用いた嗅覚皮質から体性感覚野への投射の解剖学的解析

  • In vivoカルシウムイメージングと電気生理学による神経活動の記録

  • 新生児期の片側性嗅覚遮断モデルマウスの作製

  • 成体マウスでのヒゲ刺激応答の電気生理学的記録と触覚依存的行動課題

分かったこと

  • 生後1週間の間、嗅覚刺激は大脳皮質の広範囲を活性化し、一次体性感覚野のヒゲ刺激応答を増強する

  • この効果は成体では消失し、嗅覚皮質から体性感覚野への興奮性結合の喪失と一致

  • 新生児期の嗅覚遮断は、成体での体性感覚野の感覚駆動ダイナミクスと触覚行動を障害する

  • 嗅覚入力が体性感覚発達を促進するクリティカルウィンドウの存在が明らかに

研究の面白く独創的なところ

  • 嗅覚と体性感覚の発達における新たな相互作用の発見

  • 感覚発達の臨界期に関する新しい概念「クロスモーダルクリティカルウィンドウ」の提唱

  • マウスの感覚発達を介した基礎研究から、ヒトの発達障害の理解につながる可能性

この研究のアプリケーション

  • 新生児の感覚環境の最適化による脳発達促進

  • 早産児など高リスク新生児の感覚発達ケアへの応用

  • 発達障害の病態解明と治療法開発への手がかり

  • 感覚の相互作用に着目した新しいリハビリテーション法の開発

著者と所属
Linbi Cai, Ali Özgür Argunşah, Angeliki Damilou, Theofanis Karayannis
(チューリッヒ大学脳研究所神経回路形成研究室、チューリッヒ神経科学センター、チューリッヒ大学順応的脳回路発達学習研究センター)

詳しい解説
本研究は、マウスの嗅覚と体性感覚(特に触覚)の発達における相互作用の重要性を明らかにした画期的な発見です。嗅覚は哺乳類で最も古い感覚の一つで、体性感覚とともに聴覚や視覚が発達する前の新生児期に重要な役割を果たすことが知られていました。感覚系の発達における初期経験の影響については多くの研究がありますが、感覚間の相互作用、特に嗅覚から体性感覚への影響についてはほとんど分かっていませんでした。
研究チームは、生後のマウスを用いて嗅覚と体性感覚野の解剖学的・機能的な結合を詳細に解析しました。ウイルストレーサーを用いた解剖学的解析から、生後早期には嗅覚皮質から体性感覚野への直接投射が見られましたが、発達とともに減少することが分かりました。In vivoカルシウムイメージングと電気生理学的記録により、生後1週間の間、嗅覚刺激が大脳皮質の広い範囲を活性化させ、一次体性感覚野におけるヒゲ刺激応答を増強することを発見しました。興味深いことに、この効果は成体マウスでは見られず、嗅覚皮質から体性感覚野への機能的結合の発達的変化と一致していました。
さらに研究チームは、新生児期の嗅覚入力の重要性を調べるため、片側性の嗅覚遮断モデルマウスを作製しました。その結果、成体での体性感覚野の感覚応答ダイナミクスと触覚依存的行動に障害が生じることが分かりました。これは、発達初期の嗅覚入力が体性感覚機能の正常な発達に不可欠であることを示唆しています。
本研究は、嗅覚が体性感覚の発達を促進する「クロスモーダルクリティカルウィンドウ」の存在を世界で初めて明らかにした点で非常に意義深いものです。感覚発達の臨界期に関する研究は数多くありますが、異なる感覚間の相互作用の重要性を示した本研究の知見は新しい概念を提唱するものです。
今後、この基礎研究の知見を応用することで、新生児の感覚環境の最適化による脳発達の促進や、早産児など高リスク新生児の感覚発達ケアの改善が期待されます。また、ヒトの発達障害の病態解明や治療法開発につながる可能性もあり、感覚の相互作用に着目した新しいリハビリテーション法の開発にもつながるかもしれません。
嗅覚と体性感覚の関係は、これまであまり注目されてこなかった分野ですが、本研究はその重要性を示す画期的な一歩となりました。今後のさらなる研究の発展が大いに期待されます。


インド洋の海面温度の変動がグローバルなデング熱の長期トレンドを予測する

https://doi.org/10.1126/science.adj4427

本研究は、インド洋の海面水温(SST)異常を表すIOBW指数が、世界各地のデング熱の発生規模とタイミングを予測できることを明らかにした。デング熱流行期の前にIOBW指数が高い(低い)と、北半球と南半球の両方で、その年のデング熱の発生が増加(減少)する傾向があった。IOBW指数は、遠く離れた地域の気温に影響を及ぼすことで、デング熱流行をコントロールしていると考えられる。デング熱を媒介する蚊の活動が気温に大きく左右されるためだ。IOBW指数を用いることで、デング熱の流行を半年以上前に予測できる可能性が示された。この知見は、より効果的なデング熱対策に役立つと期待される。

事前情報

  • デング熱は、蚊が媒介するウイルス性疾患で、世界の熱帯・亜熱帯地域で流行している。

  • これまで、エルニーニョ現象などの気候変動がデング熱流行に影響することが示唆されてきた。

  • しかし、デング熱の世界的な流行動態を長期的に予測するのは難しいとされてきた。

行ったこと

  • 1990年から2019年までの46カ国の年間デング熱患者数と、24カ国の月間患者数のデータを収集した。

  • 30種類のグローバルな気候指標とデング熱発生数との関連を調べた。

  • IOBW指数とデング熱流行の関係を、数理モデルを使って検証した。

検証方法

  • 相関分析:IOBW指数とデング熱発生数、現地気温との関連を調べた。

  • 正準相関分析:IOBW指数から現地気温への影響を評価した。

  • 収束交差マッピング(CCM):気温がデング熱発生を駆動していることを確認した。

  • 地球システムモデル(CESM2):IOBW指数の影響を考慮した場合としない場合で、現地気温がどう変化するかシミュレートした。

分かったこと

  • IOBW指数は、北半球と南半球の両方で、デング熱発生数と有意な正の相関があった。

  • IOBW指数は、現地の気温異常を介して、遠隔地のデング熱流行に影響を及ぼしていた。

  • 現地気温の変動は、デング熱発生数の季節変動や年々変動を駆動する主要因だった。

  • IOBW指数を考慮したモデルは、考慮しないモデルよりも、世界のデング熱流行をよく説明できた。

この研究の面白く独創的なところ

  • インド洋のSST異常が、地球の反対側のデング熱流行にも影響するしくみを解明した。

  • 単一の気候指標(IOBW指数)で、世界各地のデング熱リスクを予測できる可能性を示した。

  • 気候とデング熱流行の関係を、データ解析と数理モデルの両面から多角的に検証した。

  • 遠隔地の気候の影響を受けるメカニズムに新たな知見をもたらし、気候疫学研究の新たな方向性を示した。

この研究のアプリケーション

  • IOBW指数を用いた、デング熱の早期警戒システムの開発。

  • より効果的な蚊の駆除や医療リソースの配分など、デング熱対策の改善。

  • 他の感染症と気候の関係の解明にも応用できる可能性。

  • 気候変動が感染症流行に及ぼす影響の予測に役立つ知見。

著者と所属
Yuyang Chen, Yiting Xu, Lin Wang, Yilin Liang, Naizhe Li, José Lourenço, Yun Yang, Qiushi Lin, Ligui Wang, He Zhao, Bernard Cazelles, Hongbin Song, Ziyan Liu, Zengmiao Wang, Oliver J. Brady, Simon Cauchemez, Huaiyu Tian
(北京師範大学、ケンブリッジ大学、ポルトガルカトリック大学、パリ高等師範学校、フランスパスツール研究所、中国人民解放軍疾病管理センター、ロンドン衛生熱帯医学大学院)

詳しい解説
デング熱は、ネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介するフラビウイルス感染症で、現在では世界人口の約半分が感染リスクにさらされています。重篤な合併症はまれですが、デング熱に特異的な治療薬やワクチンはなく、関連する罹患率は社会経済に深刻な影響を及ぼします。エルニーニョなどの気候現象がデング熱の流行動態に影響することは知られていましたが、より長期的な予測を可能にする遠隔地の気候の影響についてはよくわかっていませんでした。
この研究では、1990年から2019年までの46カ国の年間デング熱患者数と、2014年から2019年までの24カ国の月間患者数のデータを分析し、30種類のグローバルな気候指標との関連を調べました。その結果、インド洋のSST異常を表すIOBW指数が、北半球と南半球の両方で、デング熱発生数と最も強い相関を示すことが明らかになりました。
IOBW指数は、現地の気温異常を介して、遠く離れた地域のデング熱流行に影響を及ぼしていました。気温の変化は、デング熱を媒介する蚊の生息数や感染力、ヒトの感受性に影響するためです。IOBW指数は、デング熱流行期の半年以上前から、その年の流行の規模とタイミングを予測する有力な指標となることが示されました。
この研究は、単一の気候指標で世界各地のデング熱リスクを予測できる可能性を示した点で画期的です。また、遠隔地の気候がどのようにして感染症流行に影響するのか、そのメカニズムに新たな洞察をもたらしました。データ解析と数理モデリングを組み合わせたアプローチも独創的で、気候疫学研究の新たな方向性を示しています。
IOBW指数を用いたデング熱の早期警戒システムが実現すれば、流行への備えや効果的な対策に役立つでしょう。例えば、媒介蚊の駆除や医療体制の整備を前倒しで行うことで、流行による被害を最小限に抑えられるかもしれません。また、この研究で得られた知見は、他の感染症と気候の関係の解明や、気候変動の影響予測にも応用できると期待されます。
デング熱の脅威は年々増大しており、流行の早期予測と効果的な対策が求められています。本研究は、そのための新たな手がかりを与えてくれる重要な成果だと言えるでしょう。インド洋の海面水温という一見遠い存在が、地球の反対側の感染症流行を左右するという事実は驚きであり、自然の複雑なつながりを思い知らされます。今後のさらなる研究の進展が大いに期待されます。


ランダウ準位のない層状グラフェンで、大きなチャーン数の量子異常ホール効果を観測

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk9749

本研究では、5層の菱面体積層グラフェンと単層の硫化タングステンからなるヘテロ構造において、量子異常ホール効果を観測した。この系には磁性元素やモアレ超格子がないにもかかわらず、電荷中性点でチャーン数±5の量子ホール状態が1.5ケルビンまで現れた。これは、グラフェン固有のフラットバンドでの電子相関、ゲート電圧による電子数制御、硫化タングステンから近接誘起されたイジングスピン軌道相互作用の3者の協奏効果によるものと考えられる。本研究は、二次元結晶性材料が電子相関とトポロジカルバンド構造の絡み合いを探る上で有望であることを示した。

事前情報

  • 量子異常ホール効果は、ゼロ磁場でホール伝導度が量子化される現象

  • これまでは、磁性元素を含む物質やモアレ超格子を持つ系で観測されていた

  • 菱面体積層グラフェンはフラットバンドを持ち、電子相関効果が期待される

  • 二次元物質同士の積層では、近接効果によるスピン軌道相互作用の誘起が起こる

行ったこと

  • 5層菱面体グラフェンと単層WS2のヘテロ構造を作製

  • 4端子測定により、ゼロ磁場での電気伝導特性を評価

  • ゲート電圧による電子数制御と、温度・磁場依存性を調査

  • バンド構造計算により、スピン軌道相互作用の影響を解析

検証方法

  • 4端子測定による縦抵抗とホール抵抗の磁場・ゲート電圧依存性の測定

  • 量子化ホール伝導度のゲート電圧・温度依存性の評価

  • スピン軌道相互作用を取り入れたタイトバインディング計算によるバンド構造の解析

分かったこと

  • 電荷中性点近傍で、ゼロ磁場におけるホール抵抗の量子化を観測

  • ホール伝導度はチャーン数 ±5 の値に量子化され、1.5ケルビンまで保たれた

  • ゲート電圧により、量子異常ホール状態の on/off 制御が可能

  • バンド計算の結果、この現象にはフラットバンドでの電子相関とイジングスピン軌道相互作用の協奏が不可欠

この研究の面白く独創的なところ

  • 磁性元素やモアレ超格子のない単純な二次元積層系で巨大な量子異常ホール効果を実現

  • グラフェン固有の性質とヘテロ構造による近接効果の組み合わせを利用したこと

  • フラットバンドでの電子相関とトポロジカルな性質の絡み合いを実証した点

  • チャーン絶縁体のエッジ状態を利用した、カイラルマヨラナ粒子の生成に道を拓く

この研究のアプリケーション

  • 異なるチャーン数を持つトポロジカル量子ビットの実現

  • チャーン絶縁体のエッジを流れるカイラルマヨラナ粒子を利用した、トポロジカル量子計算への応用

  • 電子相関とトポロジーの協奏が生み出す新奇量子相の探索と機能開拓

著者と所属
Tonghang Han, Zhengguang Lu, Yuxuan Yao (Department of Physics, Massachusetts Institute of Technology)
Chiho Yoon, Fan Zhang
(Department of Physics, University of Texas at Dallas)
Long Ju (Department of Physics, Massachusetts Institute of Technology)

詳しい解説
本研究は、グラフェンの5層を菱面体型に積層し、その上に硫化タングステン(WS2)の単原子層を重ねたヘテロ構造において、ゼロ磁場での量子異常ホール効果を観測したものです。 量子異常ホール効果とは、外部磁場がなくてもホール伝導度が量子化される現象で、トポロジカル物質の持つ特異な性質の一つです。これまでは、磁性元素を含む物質や、モアレパターンを持つ二次元物質の積層系などで実現されてきました。一方、本研究で用いられた系は、磁性元素を含まず、モアレ超格子も形成していません。ゼロ磁場で量子ホール効果が生じるメカニズムは何なのでしょうか。 鍵となったのは、グラフェン特有の電子構造と、二次元物質同士の接合界面で生じる近接効果です。グラフェンを菱面体型に積層すると、フェルミ準位近傍にフラットバンドが形成されます。このバンドでは、クーロン相互作用によって電子が強く相関した状態が実現します。一方、WS2はグラフェンに大きなスピン軌道相互作用を誘起することが知られています。この二つの効果が協奏することで、フラットバンドにベリー曲率が生まれ、チャーン絶縁体としての性質が発現したのです。 研究チームは、この5層グラフェン/WS2積層系をhBNで挟み込んだ素子を作製し、ゲート電圧によるキャリア数の制御を行いながら電気伝導特性を測定しました。すると電荷中性点近傍で、ゼロ磁場下においてホール抵抗の量子化が観測されたのです。ホール伝導度は、フェルミ準位の制御に伴って階段状に変化し、その値は電子の素電荷とプランク定数の比 e^2/h を単位として整数倍の値をとりました。これはまさに、量子ホール効果の証です。 驚くべきことに、ホール伝導度はチャーン数 ±5 に対応する値に量子化され、その状態は1.5ケルビンという比較的高い温度まで保たれました。チャーン数は、電子バンドがどれだけねじれているかを表す指標です。これほど大きなチャーン数の量子異常ホール効果は、従来のどの系でも実現されていませんでした。 理論解析の結果、この現象にはグラフェンのフラットバンドにおける電子相関と、WS2から近接誘起されるイジングスピン軌道相互作用の両者が不可欠であることが明らかになりました。バンド構造の特異性とヘテロ界面の効果を組み合わせることで、大きなベリー曲率を持つバンドが形成され、結果として巨大な量子異常ホール応答が生まれたのです。 本研究は、二次元物質の組み合わせが、トポロジカル物性と電子相関効果の絡み合いを探る上で強力な舞台となることを示しました。この5層グラフェン/WS2系のようなヘテロ構造は、純粋なグラフェンやTMD単体では実現できない性質を引き出せる可能性を秘めているのです。 今回の成果は、スピントロニクスや量子計算への応用にも道を拓くでしょう。量子異常ホール効果は、散逸のない純粋なスピン流を生み出すことから、省エネルギーなスピントロニクスデバイスの実現に向けた重要なステップとなります。また、チャーン絶縁体のエッジを流れるカイラルなマヨラナ粒子を利用することで、トポロジカル量子ビットの実装にもつながると期待されます。 本研究が示したように、二次元物質の組み合わせは無限の可能性を秘めています。電子相関とトポロジーの協奏が織りなす、新しい量子物性の宝庫がそこには眠っているのかもしれません。2次元材料の面白さを存分に味わえる研究といえるでしょう。


最後に
本まとめは、フリーで公開されている範囲の情報のみで作成しております。また、理解が不十分な為、内容に不備がある場合もあります。その際は、リンクより本文をご確認することをお勧めいたします。