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論文まとめ313回目 Nature 小型で高性能な光格子時計を海上で連続運転することに成功!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Multimodal cell atlas of the ageing human skeletal muscle
加齢ヒト骨格筋のマルチモーダル細胞アトラス
「この研究では、15歳から99歳までの幅広い年齢層の方から採取した骨格筋を、最新の一細胞解析技術を駆使して詳細に調べました。その結果、加齢に伴って筋線維の種類や性質が変化し、筋幹細胞が枯渇していく様子が明らかになりました。また、免疫細胞の浸潤や線維化が進行し、細胞間のコミュニケーションにも変化が生じていました。ゲノムデータとの照合から、サルコペニア(筋肉減弱症)のリスクに関わる遺伝的要因も特定されました。今後、アンチエイジングや予防医療に役立つ重要な知見です。」

Star Formation Shut Down by Multiphase Gas Outflow in a Galaxy at a Redshift of 2.45
赤方偏移2.45の銀河における多相ガス流出による星形成の停止
「宇宙の進化の初期段階で、なぜ一部の銀河では星形成が急速に止まるのかは謎でした。この研究では、約100億年前の大質量銀河を観測し、中心にある超巨大ブラックホールが中性ガスを勢いよく吹き飛ばすことで、星形成に必要なガスを奪い、星の生成を抑制していることを発見しました。この発見は、超巨大ブラックホールが銀河の進化に重要な役割を果たしていることを示しており、宇宙の歴史の解明に大きく貢献するものです。」

Network of large pedigrees reveals social practices of Avar communities
大規模家系ネットワークから見えたアヴァール族の社会慣習
「アヴァール時代 (6-9世紀) のカルパチア盆地で、4つの墓地から得られたゲノムデータと同位体分析から、彼らの社会構造や血縁関係が明らかになりました。父系制、父方居住、女性の婚出など、ユーラシアの遊牧民の特徴が見られました。また、一夫多妻や義兄弟婚の慣習も示唆されました。近親婚は厳格に避けられていました。女性による部族間の外婚により、アヴァール社会の結束が保たれていたようです。7世紀半ば、政治的な変化に伴い、ある集団が入れ替わりましたが、祖先構成に大きな変化はありませんでした。」

PGE2 inhibits TIL expansion by disrupting IL-2 signalling and mitochondrial function
PGE2はIL-2シグナル伝達とミトコンドリア機能を阻害することでTILの増殖を抑制する
「がん患者から分離した腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を用いる養子免疫療法は、有望ながん治療法ですが、TILの増殖能力が治療効果を左右します。この研究では、腫瘍微小環境に存在するPGE2というシグナル物質が、TILのIL-2シグナル伝達とミトコンドリア機能を阻害し、TILの増殖を抑制することを明らかにしました。さらに、PGE2の作用を阻害すると、TILの増殖能とがん抑制効果が高まることを示しました。この発見は、TILを用いたがん免疫療法の効果向上につながる重要な知見です。」

Optical clocks at sea
海上での光格子時計の運用
「原子時計は、GPSなどの測位システムや通信ネットワークの時刻同期に欠かせません。しかし、従来の原子時計は大型で環境の影響を受けやすく、移動体での使用は困難でした。本研究では、ヨウ素分子を用いた小型の光格子時計を開発し、海上での連続運転に成功しました。3台の時計を艦船に搭載し、20日間にわたって1日あたり300ピコ秒以下の精度を達成しました。この成果は、将来の光時計ネットワークの実現に向けた大きな一歩となります。」

Phylogenomics and the rise of the angiosperms

被子植物の系統ゲノム解析と進化の軌跡
「被子植物は現存する陸上植物の9割を占め、生態系や人類の生活を支えています。本研究では、世界中の標本から7,923属(全体の58%)の核ゲノムデータを取得し、これまでで最大規模の系統樹を作成しました。その結果、被子植物の進化の全体像が明らかになりました。初期の急速な多様化で現在の目の8割以上が出現し、その後も絶え間ない多様化が続いたことがわかりました。特に新生代に入ると再び多様化が加速し、地球の冷却と関連していると考えられます。本研究は、被子植物がどのように繁栄してきたのかを解き明かす大きな一歩となりました。」


要約

ヒト骨格筋の加齢に伴う細胞レベルの変化を網羅的に解明

本研究では、15歳から99歳までの男女31名から採取した下肢骨格筋のサンプルを用いて、加齢に伴う骨格筋の変化を一細胞レベルで網羅的に解析しました。 387,000以上の細胞・核について、一細胞RNA-seq、一核RNA-seq、一核ATAC-seqを行い、遺伝子発現と染色体アクセシビリティの両面から細胞集団の変化を追跡しました。 その結果、加齢に伴い特定の細胞集団が減少・増加したり、高齢者で新しい細胞集団が出現することが明らかになりました。また、転写・エピゲノムレベルでの細胞特異的な変化や、細胞間ネットワークの特徴も解明されました。 さらにGWASデータとの照合から、サルコペニアのリスク感受性に関わる染色体アーキテクチャの重要な要素も同定されました。 本研究は、老化に伴う骨格筋の変化の全容解明と、その医療応用に向けた重要な基盤となるものです。

事前情報

  • 骨格筋の萎縮と機能低下(サルコペニア)は、高齢者の虚弱やQOLの低下、死亡率上昇の主要因。

  • サルコペニアのメカニズム解明は、ヒトの健康長寿の実現に重要だが、進展が遅い。

  • その理由の一つは、骨格筋のニッチの不均一性(筋線維が大部分を占める)と、ヒトサンプルの解析の難しさ。

行ったこと

  • 15-99歳の男女31名(成人12名、高齢者19名)の下肢骨格筋を採取。

  • 387,000以上の細胞・核について、一細胞RNA-seq、一核RNA-seq、一核ATAC-seqを実施。

  • 細胞集団の構成変化、細胞特異的な遺伝子発現・エピゲノム変化、細胞間ネットワークの加齢変化を解析。

  • GWASデータと照合し、サルコペニアのリスク感受性に関わる染色体アーキテクチャの要素を同定。

検証方法

  • 筋サンプルを組織学的染色で評価。

  • 一細胞RNA-seq、一核RNA-seq、一核ATAC-seqで遺伝子発現と染色体アクセシビリティを解析。

  • 細胞集団の比率変化を一般化線形混合モデルで評価。

  • 遺伝子発現の不均一性をダウンサンプリングとCVで評価。

  • 筋線維タイプをマーカー遺伝子発現で分類。

  • 擬時間解析で筋線維変性の軌跡を追跡。

  • CellChatで細胞間相互作用を予測。

分かったこと

  • 加齢で筋線維、特にタイプII線維の筋核が減少し、新しいサブタイプが出現。

  • 老化筋線維で炎症・異化亢進、収縮タンパク減少、アイデンティティ変化、脱神経・修復シグネチャの上昇。

  • タイプI線維は解糖系代謝に移行、タイプII線維はグリコーゲン枯渇と異化が顕著。

  • 筋幹細胞は減少・活性化が亢進、非筋系細胞は増加・炎症化。

  • 間質細胞は線維化方向にシフト。細胞間相互作用の変化も顕著。

  • サルコペニアのリスクに関わる一塩基多型と各細胞の染色体アクセシビリティの関連を同定。

この研究の面白く独創的なところ

  • 幅広い年齢層のヒト骨格筋を大規模に一細胞解析した点が画期的。

  • 転写・エピゲノムの両面から、細胞集団の変化を包括的に捉えた点が独創的。

  • 筋線維の加齢変化を擬時間解析で詳細に追跡した点が興味深い。

  • 細胞間相互作用の変化から、個々の細胞の変化が組織レベルの機能不全につながる図式が明確になった点が重要。

  • GWASデータとの統合から、サルコペニアのリスク要因に迫った点も特筆に値する。

この研究のアプリケーション

  • 骨格筋の加齢変化の全容理解に基づく、サルコペニアの予防・治療法の開発。

  • 特定の細胞集団や細胞間シグナルを標的とした、より精密な介入法の確立。

  • 遺伝的リスク要因と細胞レベルの表現型との関連解明に基づく、個別化医療の実現。

  • 筋ジストロフィーなど他の筋疾患の病態解明と治療法開発への応用。

  • 1細胞マルチオミクス解析の、ヒト組織・疾患研究への適用範囲の拡大。

著者と所属
Yiwei Lai, Ignacio Ramírez-Pardo, Joan Isern, Juan An, Eusebio Perdiguero, Antonio L. Serrano, Jinxiu Li, Esther García-Domínguez, Jessica Segalés, Pengcheng Guo, Vera Lukesova, Eva Andrés, Jing Zuo, Yue Yuan, Chuanyu Liu, José Viña, Julio Doménech-Fernández, Mari Carmen Gómez-Cabrera, Yancheng Song, Longqi Liu, Xun Xu, Pura Muñoz-Cánoves & Miguel A. Esteban
(BGI Research, Hangzhou, China; BGI Research, Shenzhen, China; Department of Medicine and Life Sciences, Universitat Pompeu Fabra (UPF), Barcelona, Spain; Altos Labs, San Diego Institute of Science, San Diego, CA, USA; Laboratory of Integrative Biology, Guangzhou Institutes of Biomedicine and Health, Chinese Academy of Sciences, Guangzhou, China; School of Life Sciences, Division of Life Sciences and Medicine, University of Science and Technology of China, Hefei, China; College of Life Sciences, University of Chinese Academy of Sciences, Beijing, China; Freshage Research Group, Department of Physiology, Faculty of Medicine, University of Valencia and CIBERFES, Fundación Investigación Hospital Clínico Universitario/INCLIVA, Valencia, Spain; State Key Laboratory for Diagnosis and Treatment of Severe Zoonotic Infectious Diseases, Key Laboratory for Zoonosis Research of the Ministry of Education, Institute of Zoonosis, College of Veterinary Medicine, Jilin University, Jilin, China; Servicio de Cirugía Ortopédica y Traumatología, Hospital Arnau de Vilanova y Hospital de Liria and Health Care Department Arnau-Lliria, Valencia, Spain; Department of Orthopedic Surgery, Clinica Universidad de Navarra, Pamplona, Spain; Department of Orthopedics, The First Affiliated Hospital of Guangdong Pharmaceutical University, Guangzhou, China; ICREA, Barcelona, Spain; The Fifth Affiliated Hospital of Guangzhou Medical University-BGI Research Center for Integrative Biology, The Fifth Affiliated Hospital of Guangzhou Medical University, Guangzhou, China)

詳しい解説
この研究は、ヒトの骨格筋の加齢変化を、かつてない規模と解像度で明らかにした画期的な成果です。 15歳から99歳までの幅広い年齢層の男女31名から採取した下肢骨格筋を対象に、38万以上もの細胞・核について、遺伝子発現(RNA-seq)と染色体アクセシビリティ(ATAC-seq)を一細胞レベルで解析しました。 その結果、加齢に伴って骨格筋を構成する様々な細胞集団が劇的に変化していく様子が浮き彫りになりました。
まず筋線維では、特にタイプII(速筋)線維の筋核が選択的に減少し、炎症や異化亢進、収縮タンパク質の減少、アイデンティティの変化、脱神経や修復シグネチャの亢進などが見られました。 興味深いことに、タイプI(遅筋)線維では代謝が解糖系にシフトし、タイプII線維ではグリコーゲン枯渇と異化が顕著でした。老化に伴う筋線維タイプの選択的脆弱性と適応のメカニズムが示唆されます。 さらに筋幹細胞は量的に減少し、炎症や活性化シグネチャが亢進。非筋系の間質細胞は増加し、線維化方向にシフトしていました。免疫細胞の浸潤と炎症性変化も顕著でした。 このように個々の細胞の変化は相互に影響し合い、組織レベルでの機能不全を引き起こしていると考えられます。
本研究の特筆すべき点は、1細胞解析により細胞集団の変化の全容をとらえただけでなく、各集団内の不均一性の増大や、新しい細胞集団の出現なども明らかにした点です。 特に筋線維の加齢変化については、擬時間解析という手法を用いて、タイプI線維では緩やかな変性が進行するのに対し、タイプII線維では急速に変性が進む様子を時系列で追跡しました。 また遺伝子制御ネットワーク(GRN)の変化も明らかにし、ストレス応答性転写因子の活性化などが変性を後押ししていることを示しました。
さらに本研究では、GWASデータとの照合から、サルコペニアのリスク感受性に関わる一塩基多型と、各細胞集団の染色体アクセシビリティとの関連も見出しました。 特定の遺伝的変異が、特定の細胞の機能に影響することで、サルコペニアのリスクにつながる可能性が示唆されたのです。 骨格筋のマルチモーダル1細胞アトラスは、サルコペニアの発症メカニズムの解明と、リスク予測・早期診断・予防への道を開くものと期待されます。
加齢に伴う骨格筋の変化は、身体機能の低下や虚弱、死亡率上昇など、高齢者のQOLを大きく左右する重要な問題です。 しかし、骨格筋は筋線維が大部分を占め、周辺の細胞も複雑に絡み合っているため、細胞レベルの変化を包括的に解析するのは容易ではありませんでした。 ヒト検体の解析はさらにハードルが高く、サルコペニアの分子メカニズムの解明は遅々として進んでいませんでした。
本研究は、最先端のマルチオミクス1細胞解析技術を駆使し、幅広い年齢層のヒト検体を用いることで、この難題に正面から取り組んだ意欲作です。 1細胞解像度の精緻な解析と、統計解析・情報科学的手法を組み合わせた多角的なアプローチにより、骨格筋老化のメカニズムに関する数々の新知見をもたらしました。 中でも筋線維サブタイプの選択的変性や、細胞間クロストークの変化など、これまで見えていなかった細胞動態の詳細が明らかになった点は特筆に値します。
本研究成果は、骨格筋老化の基礎的理解に大きく貢献するだけでなく、サルコペニアの予防・治療法の開発にも重要な手がかりを与えてくれます。 例えば、変性しつつある筋線維サブタイプや、炎症・線維化を促進する細胞集団、あるいはそれらの間の異常なシグナル伝達などが、有望な治療ターゲットになるかもしれません。 また、GWASデータとの統合解析から、サルコペニアのリスク予測や早期診断につながるバイオマーカーの開発も期待されます。遺伝的リスクと細胞レベルの表現型を結び付けることで、将来的には個人のリスクに応じた予防法の提供も夢ではないでしょう。
本研究で確立されたアプローチは、骨格筋のみならず、他の組織の加齢変化の解明にも応用可能です。 1細胞マルチオミクス解析は、細胞の不均一性や細胞間相互作用を丸ごと捉えられる強力な手法であり、ヒトのあらゆる組織や疾患の理解を飛躍的に深化させてくれるでしょう。 いずれは1細胞アトラスが当たり前の時代が来るかもしれません。
しかし、本研究にも限界はあります。サンプルサイズはまだ十分とは言えず、人種差や性差の影響も明らかではありません。 より多様な集団からのサンプリングと、空間情報を保持した1細胞解析など、アトラスのさらなる拡充が望まれます。 また、見出された変化が原因なのか結果なのか、各細胞集団の変化がどのように関連しているのかなど、理解すべき点は多く残されています。
とはいえ、本研究は加齢に伴う骨格筋変化の全容解明に向けた、大きな一歩であることは間違いありません。 萎縮し弱っていく筋肉を元気に保ち、健康寿命を延ばすための鍵は、こうした基礎研究の地道な積み重ねの中にあるのだと思います。 高齢化社会を迎えた今、ヒトの骨格筋アトラスの完成と活用に大きな期待が寄せられます。 本研究はその実現に向けた、大きな一歩となるでしょう。


超巨大ブラックホールが駆動する多相ガス流出により、若い宇宙の銀河で急速な星形成の抑制が起こる。

超大質量ブラックホールが駆動する大規模なアウトフローが、大質量銀河における星形成を抑制する上で重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、特に星形成の急速な抑制が顕著な若い宇宙においては、この仮説を裏付ける直接的な観測証拠が不足していた。我々は、赤方偏移2.445で急速な星形成の抑制を経験している大質量銀河のJWST分光観測を行った。その結果、電離ガスの弱いアウトフローと中性ガスの強力なアウトフローを検出し、そのガス流出率は星形成を停止させるのに十分であることがわかった。X線や電波の活動は検出されなかったが、電離ガスの輝線の特性から超大質量ブラックホールの存在が示唆された。したがって、超大質量ブラックホールは、中性ガスを効率的に放出することにより、大質量銀河の星形成を急速に抑制することができると結論づけた。

事前情報

  • 超大質量ブラックホールが駆動する大規模なアウトフローは、大質量銀河の星形成抑制に重要な役割を果たすと考えられている。

  • 特に若い宇宙では星形成の抑制が非常に速いため、ガスの加熱ではなく効果的な除去が必要とされる。

  • 大質量の遠方銀河では電離ガスのアウトフローが一般的に検出されるが、放出される質量は星形成を抑制するには少なすぎる。

  • 中性ガスや分子ガスの方がガス放出の効率は高いと予想されるが、高赤方偏移ではこれまでバーストや QSOでしか観測されていない。

行ったこと

  • 赤方偏移2.445で急速な星形成抑制を経験している大質量銀河のJWST分光観測を行った。

  • 電離ガスと中性ガスのアウトフローを検出し、そのガス流出率を定量化した。

  • X線や電波の活動の有無を調べた。

  • 電離ガスの輝線の特性から、超大質量ブラックホールの存在を示唆した。

検証方法

  • JWSTによる近赤外線分光観測

  • 電離ガスと中性ガスのアウトフローの検出と定量化

  • X線・電波観測による AGN活動の有無の確認

  • 電離ガス輝線の解析による超大質量ブラックホールの示唆

分かったこと

  • 電離ガスの弱いアウトフローと中性ガスの強力なアウトフローを検出した。

  • ガス流出率は星形成を停止させるのに十分な量であった。

  • X線や電波の活動は検出されなかったが、電離ガス輝線の特性から超大質量ブラックホールの存在が示唆された。

  • 超大質量ブラックホールは、中性ガスを効率的に放出することにより、大質量銀河の星形成を急速に抑制することができる。

この研究の面白く独創的なところ

  • 若い宇宙で星形成抑制を経験している銀河の JWSTによる詳細な分光観測を行った点。

  • 電離ガスだけでなく中性ガスのアウトフローを検出し、そのガス流出率を定量化した点。

  • X 線・電波観測と組み合わせることで、AGN 活動の有無を確認した点。

  • 電離ガス輝線の解析から超大質量ブラックホールの存在を示唆した点。

  • 中性ガスの効率的な放出が星形成抑制の鍵であることを明らかにした点。

この研究のアプリケーション

  • 銀河の進化における超大質量ブラックホールの役割の理解に貢献する。

  • 星形成抑制のメカニズムの解明に役立つ。

  • 中性ガスのアウトフローが重要であることを示し、今後の観測の指針となる。

  • 若い宇宙の銀河進化モデルの改良に寄与する。

  • AGN フィードバックの物理過程の理解を深める。

著者と所属
Sirio Belli, Minjung Park, Rebecca L. Davies, J. Trevor Mendel, Benjamin D. Johnson, Charlie Conroy, Chloë Benton, Letizia Bugiani, Razieh Emami, Joel Leja, Yijia Li, Gabriel Maheson, Elijah P. Mathews, Rohan P. Naidu, Erica J. Nelson, Sandro Tacchella, Bryan A. Terrazas & Rainer Weinberger
(Dipartimento di Fisica e Astronomia, Università di Bologna; Center for Astrophysics | Harvard & Smithsonian; Centre for Astrophysics and Supercomputing, Swinburne University of Technology; ARC Centre of Excellence for All Sky Astrophysics in 3 Dimensions (ASTRO 3D); Research School of Astronomy and Astrophysics, Australian National University; Department for Astrophysical and Planetary Science, University of Colorado; Department of Astronomy & Astrophysics, The Pennsylvania State University; Institute for Gravitation and the Cosmos, The Pennsylvania State University; Institute for Computational & Data Sciences, The Pennsylvania State University; Kavli Institute for Cosmology, University of Cambridge; Cavendish Laboratory, University of Cambridge; MIT Kavli Institute for Astrophysics and Space Research; Columbia Astrophysics Laboratory, Columbia University; Leibniz Institute for Astrophysics)

詳しい解説
銀河の進化において、星形成がどのように抑制されるかを理解することは重要な課題です。特に、宇宙の歴史の初期段階では、星形成の抑制が非常に速いことが知られています。このため、ガスの加熱ではなく、効果的なガスの除去が必要だと考えられてきました。
超大質量ブラックホールが駆動する大規模なアウトフローが、大質量銀河の星形成抑制に重要な役割を果たしている可能性が指摘されてきました。大質量の遠方銀河では、電離ガスのアウトフローが一般的に検出されています。しかし、放出される質量は星形成を抑制するには少なすぎるとされてきました。一方、中性ガスや分子ガスの方がガス放出の効率は高いと予想されますが、高赤方偏移の銀河ではこれまでバーストやクエーサーでしか観測されていませんでした。
本研究では、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)を用いて、約100億年前(赤方偏移2.445)に急速な星形成の抑制を経験している大質量銀河の詳細な分光観測を行いました。その結果、電離ガスの弱いアウトフローと中性ガスの強力なアウトフローを検出することに成功しました。特に、中性ガスのアウトフローのガス流出率は、星形成を停止させるのに十分な量であることがわかりました。
興味深いことに、この銀河ではX線や電波の活動は検出されませんでした。これは、活動銀河核(AGN)の活動が現在は活発でないことを示唆しています。ただし、電離ガスの輝線の特性から、超大質量ブラックホールの存在は示唆されました。
以上の結果から、超大質量ブラックホールは、中性ガスを効率的に放出することにより、大質量銀河の星形成を急速に抑制することができると結論づけられました。この発見は、銀河の進化における超大質量ブラックホールの役割の理解に大きく貢献するものです。
本研究の独創的な点は、若い宇宙で星形成抑制を経験している銀河を、JWSTを用いて詳細に観測したことです。これにより、電離ガスだけでなく中性ガスのアウトフローを検出し、そのガス流出率を定量化することができました。また、X線・電波観測と組み合わせることで、AGNの活動状態を確認した点も重要です。さらに、電離ガス輝線の解析から超大質量ブラックホールの存在を示唆したことも、独自性の高い成果といえるでしょう。
この研究は、銀河進化モデルの改良や、AGNフィードバックの物理過程の理解に大きく寄与すると期待されます。また、中性ガスのアウトフローが星形成抑制の鍵であることを明らかにした点は、今後の観測研究の指針となるでしょう。JWSTをはじめとする次世代望遠鏡による観測が進むことで、銀河の進化の謎が次々と解明されていくことが期待されます。
本研究は、宇宙の歴史における銀河の成長と進化の理解に重要な一歩を踏み出したといえるでしょう。超大質量ブラックホールが銀河の運命を左右する存在であることが明らかになりつつあります。今後のさらなる研究の進展が大いに期待されます。


アヴァール族の大規模家系ネットワークから見えた社会慣習

本研究では、カルパチア盆地の4つのアヴァール時代 (6-9世紀) の墓地から得られた424人分のゲノムデータと同位体分析を行いました。考古学・人類学的な情報と合わせて分析した結果、アヴァール族の社会構造や血縁関係、社会慣習が詳細に明らかになりました。父系制、父方居住、女性の婚出という、ユーラシアの遊牧民に典型的な特徴が見られました。さらに、一夫多妻や義兄弟婚の慣習も示唆されました。近親婚は何世代にもわたって厳格に避けられていました。女性による部族間の外婚により、アヴァール社会のまとまりが保たれていたことがわかりました。7世紀半ばには、ある集落で政治的変化に伴う集団の入れ替わりが起こりましたが、全体的な祖先構成に大きな変化はありませんでした。

事前情報

  • アヴァールは6世紀後半から9世紀前半にかけて、カルパチア盆地を支配した遊牧民

  • アヴァール社会の社会組織や血縁構造については、歴史記録がほとんどない

  • ユーラシアの遊牧民社会は一般的に父系制を取ることが知られている

行ったこと

  • カルパチア盆地の4つのアヴァール時代墓地から424人分の古代ゲノムデータを取得

  • ストロンチウム、炭素、窒素同位体分析と放射性炭素年代測定を行った

  • 考古学的、人類学的情報と統合して、社会構造や血縁関係、社会慣習を分析した

検証方法

  • KINを用いた血縁関係の推定とペディグリー(家系図)の構築

  • ancIBDによるIBDハプロタイプ共有の分析

  • qpWave/qpAdmによる祖先集団の推定

  • DATESによる東西ユーラシア系統の混血年代推定

分かったこと

  • アヴァール社会は父系制、父方居住、女性の婚出を特徴としていた

  • 一夫多妻や義兄弟婚の慣習が示唆された

  • 近親婚は何世代にもわたって厳格に避けられていた

  • 女性による部族間の外婚により、アヴァール社会の結束が保たれていた

  • 7世紀半ばに一部の集団の入れ替わりが起こったが、全体的な祖先構成に大きな変化はなかった

この研究の面白く独創的なところ

  • 400人以上という大規模な古代ゲノムデータから、社会構造や血縁関係を詳細に解明した点

  • 父系制や外婚など、ユーラシア遊牧民の特徴的な社会慣習をアヴァール族でも実証した点

  • 一夫多妻や義兄弟婚など、歴史記録には残っていない慣習の存在を示唆した点

  • 女性の婚出による部族間のつながりが、アヴァール社会を支えていたことを示した点

この研究のアプリケーション

  • 考古学や人類学における過去の社会構造や慣習の理解に役立つ

  • 遺伝的な父系や母系の解析手法の発展に寄与する

  • 集団の移動や交流の歴史を解明する手がかりになる

  • 現代の中央アジアなどの社会に見られる慣習の起源の理解につながる

著者と所属
Guido Alberto Gnecchi-Ruscone, Zsófia Rácz, Levente Samu, Tamás Szeniczey, Norbert Faragó, Corina Knipper, Ronny Friedrich, Denisa Zlámalová, Luca Traverso, Salvatore Liccardo, Sandra Wabnitz, Divyaratan Popli, Ke Wang, Rita Radzeviciute, Bence Gulyás, István Koncz, Csilla Balogh, Gabriella M. Lezsák, Viktor Mácsai, Magdalena M. E. Bunbury, Olga Spekker, Petrus le Roux, Anna Szécsényi-Nagy, Balázs Gusztáv Mende, Tamás Hajdu, Heidi Colleran, Patrick Geary, Tivadar Vida, Walter Pohl, Johannes Krause & Zuzana Hofmanová
(Department of Archaeogenetics, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology, Leipzig, Germany; Institute of Archaeological Sciences, ELTE - Eötvös Loránd University, Budapest, Hungary; Department of Biological Anthropology, ELTE - Eötvös Loránd University, Budapest, Hungary; Curt Engelhorn Center for Archaeometry gGmbH, Mannheim, Germany; Department of Archaeology and Museology, Faculty of Arts, Masaryk University, Brno, Czechia; Department of History, University of Vienna, Vienna, Austria; Institute for Medieval Research, Austrian Academy of Sciences, Vienna, Austria; Department of Genetics, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology, Leipzig, Germany; MOE Key Laboratory of Contemporary Anthropology, Department of Anthropology and Human Genetics, School of Life Sciences, Fudan University, Shanghai, China; Hungarian National Museum, Budapest, Hungary; Department of Art History, Istanbul Medeniyet University, Istanbul, Turkey; Institute of History, HUN-REN Research Centre for the Humanities, Budapest, Hungary; ARC Centre of Excellence for Australian Biodiversity and Heritage, College of Arts, Society and Education, James Cook University, Cairns, Queensland, Australia; Department of Biological Anthropology, University of Szeged, Szeged, Hungary; Department of Geological Sciences, University of Cape Town, Rondebosch, South Africa; Institute of Archaeogenomics, HUN-REN Research Centre for the Humanities, Budapest, Hungary; BirthRites Lise Meitner Research Group, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology, Leipzig, Germany; Department of Human Behavior, Ecology and Culture, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology, Leipzig, Germany; Institute for Advanced Study, Princeton, NJ, USA; Institute of Archaeology, HUN-REN Research Centre for the Humanities, Budapest, Hungary)

詳しい解説
本研究は、カルパチア盆地のアヴァール時代(6世紀後半〜9世紀前半)の4つの墓地から得られた424人分の古代ゲノムデータと同位体分析から、アヴァール族の社会構造や血縁関係、社会慣習を詳細に解明しました。アヴァールは、中央アジアの草原地帯から移動してきた遊牧民で、567年頃からカルパチア盆地を支配しました。しかし、彼らの社会組織や血縁構造については、歴史記録がほとんど残っていませんでした。
研究チームは、ハンガリー東部のティサ川以東の地域(TT)から2つの墓地(ラーコーツィファルバとハイドゥーナーナーシュ)、ドナウ-ティサ川間地域(DTI)から2つの墓地(クンペーセルとクンサラーシュ)を選び、集中的にサンプリングを行いました。得られたゲノムデータを、KINやancIBDなどの最新の解析手法を用いて分析したところ、アヴァール社会が父系制、父方居住、女性の婚出という、ユーラシアの遊牧民に典型的な特徴を持っていたことが明らかになりました。
さらに興味深いことに、一夫多妻や義兄弟婚(夫の死後、その兄弟と結婚する慣習)の存在も示唆されました。義兄弟婚は歴史記録にも登場する慣習ですが、一夫多妻は社会の最上層だけでなく、一般の人々の間でも行われていたようです。一方で、近親婚は何世代にもわたって厳格に避けられていました。このことから、アヴァールが祖先について詳細な記憶を保持していたことがうかがえます。
興味深いのは、女性による部族間の婚出が、アヴァール社会のまとまりを維持する上で重要な役割を果たしていたことです。IBDネットワーク分析から、父系の血縁集団を中心とした緊密なコミュニティが、婚出女性によって他のコミュニティとつながっていたことがわかりました。
一方、最大の墓地であるラーコーツィファルバでは、7世紀半ばに政治的な変化に伴って集団の入れ替わりが起こったことが、血縁関係パターンの変化と考古学的記録から示唆されました。しかし、このような変化があっても、全体的な祖先構成には大きな変化はありませんでした。このことは、アヴァール社会が強固な父系制の下で安定していたことを物語っています。
本研究は、大規模な古代ゲノムデータを用いて、アヴァール時代の社会構造や血縁関係を詳細に解明した点で画期的です。父系制や外婚など、ユーラシア遊牧民の特徴的な社会慣習がアヴァールでも実証されたことは、考古学や人類学の知見とも合致します。また、一夫多妻や義兄弟婚など、歴史記録には残っていない慣習の存在を示唆したことは大変興味深い発見です。
女性の婚出による部族間のネットワークが、アヴァール社会の結束を支えていたことも重要な指摘です。現代の中央アジアなどでも見られるこうした慣習の起源を探る上で、本研究は重要な手がかりを提供してくれます。今後、他の地域や時代の事例研究も進めば、ユーラシアの遊牧民社会の多様性と普遍性がさらに明らかになるでしょう。
考古学や人類学の発展に寄与するだけでなく、私たちの祖先の社会のあり方を知る上でも、古代ゲノム研究の意義は計り知れません。本研究は、最先端の分析手法を駆使して、1500年前の社会の姿を鮮やかによみがえらせてくれました。今後もこの分野の研究が進展し、人類史の理解が深まることを期待したいと思います。


PGE2は、IL-2シグナル伝達とミトコンドリア機能を阻害することで、TILの増殖を抑制する

本研究では、腫瘍微小環境中のプロスタグランジンE2(PGE2)が、PGE2受容体EP2とEP4を介して、ヒトCD8陽性腫瘍浸潤リンパ球(TIL)におけるIL-2感知を阻害することを明らかにした。メカニズムとして、PGE2はIL-2Rγcチェーンの発現低下を引き起こし、IL-2Rβ-IL-2Rγc膜二量体の形成を阻害した。その結果、IL-2-mTOR経路の適応が損なわれ、PGC1α転写の抑制を引き起こし、腫瘍反応性TILの酸化ストレスとフェロトーシス細胞死を引き起こした。TILの増殖におけるPGE2シグナルのEP2およびEP4への阻害は、IL-2感知の増強、腫瘍反応性TILの増殖の亢進、および生体内での腫瘍制御の向上をもたらした。本研究は、腫瘍微小環境におけるPGE2によるヒトTILの機能障害の基盤となるメカニズムを明らかにし、がん免疫療法と細胞療法に重要な示唆を与えるものである。

事前情報

  • 抗原特異的CD8陽性T細胞の増殖は、TIL養子免疫療法の成功に不可欠である。

  • IL-2はCD8陽性細胞傷害性Tリンパ球の増殖と細胞傷害能を促進する重要な調節因子である。

  • 腫瘍微小環境におけるIL-2感知の障壁を理解し、IL-2応答性とT細胞の抗腫瘍応答を再活性化する戦略を実装することが重要である。

行ったこと

  • がん患者由来の腫瘍組織中のPGE2濃度を測定し、ヒトCD8陽性TILにおけるIL-2感知への影響を評価した。

  • PGE2によるIL-2感知阻害のメカニズムを、IL-2受容体の発現と機能の観点から解析した。

  • TILにおけるPGE2のIL-2-mTORシグナル伝達と代謝への影響を調べた。

  • PGE2シグナルの阻害がTILの増殖と抗腫瘍効果に与える影響を検討した。

検証方法

  • ELISAによるPGE2濃度の測定

  • フローサイトメトリーとウェスタンブロットによるIL-2受容体の発現解析

  • 共焦点顕微鏡とdSTORMによるIL-2受容体の共局在解析

  • 代謝フラックス解析とメタボローム解析によるTILの代謝状態の評価

  • 細胞増殖アッセイとマウスモデルを用いたTILの抗腫瘍効果の検証

分かったこと

  • PGE2はEP2とEP4受容体を介して、ヒトCD8陽性TILのIL-2感知を阻害する。

  • PGE2はIL-2Rγcの発現低下を引き起こし、IL-2Rβ-IL-2Rγc二量体の形成を阻害する。

  • PGE2はIL-2-mTOR経路を抑制し、PGC1α転写の抑制を介してTILのミトコンドリア機能障害と酸化ストレスを引き起こす。

  • PGE2はTILのフェロトーシス細胞死を誘導する。

  • PGE2シグナルの阻害は、TILのIL-2感知とミトコンドリア機能を改善し、増殖と抗腫瘍効果を高める。

この研究の面白く独創的なところ

  • 腫瘍組織中のPGE2濃度とTILの機能障害との関連を明らかにした点。

  • PGE2によるIL-2シグナル伝達阻害の分子メカニズムを多角的に解明した点。

  • PGE2がTILの代謝リプログラミングとフェロトーシスを引き起こすことを示した点。

  • PGE2シグナル阻害がTILの増殖と抗腫瘍効果を高めることを実証した点。

  • TIL養子免疫療法の効果向上につながる新たな戦略を提示した点。

この研究のアプリケーション

  • がん免疫療法におけるTILの機能障害メカニズムの理解に貢献する。

  • TIL養子免疫療法の効果を高めるための新たな戦略の開発に役立つ。

  • PGE2シグナル阻害薬の併用によるTIL療法の効果向上が期待される。

  • TILのIL-2感知とミトコンドリア機能を高める新たなアプローチの探索に活用できる。

  • 他のがん種や免疫細胞への応用の可能性がある。

著者と所属
Matteo Morotti, Alizee J. Grimm, Helen Carrasco Hope, Marion Arnaud, Mathieu Desbuisson, Nicolas Rayroux, David Barras, Maria Masid, Baptiste Murgues, Bovannak S. Chap, Marco Ongaro, Ioanna A. Rota, Catherine Ronet, Aspram Minasyan, Johanna Chiffelle, Sebastian B. Lacher, Sara Bobisse, Clément Murgues, Eleonora Ghisoni, Khaoula Ouchen, Ribal Bou Mjahed, Fabrizio Benedetti, Naoill Abdellaoui, Riccardo Turrini, …George Coukos
(Ludwig Institute for Cancer Research, Lausanne Branch, University of Lausanne (UNIL); Department of Oncology, Lausanne University Hospital (CHUV) and University of Lausanne; Agora Cancer Research Center; Institute of Molecular Immunology, School of Medicine and Health, Technical University of Munich (TUM); Center of Experimental Therapeutics, Department of Oncology, Lausanne University Hospital (CHUV); Department of Gynaecology, Lausanne University Hospital (CHUV); Institute of Metabolism and Cell Death, Molecular Target and Therapeutics Centre, Helmholtz Munich; Unit of Translational Oncopathology, Institute of Pathology, Lausanne University Hospital (CHUV))

詳しい解説
がん患者の腫瘍組織から分離した腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を用いる養子免疫療法は、メラノーマをはじめとする固形がんに対する有望な治療法として注目されています。しかし、TILの増殖能力が不十分な場合、治療効果が限定的になることが課題となっています。TILの増殖能を高めるためには、腫瘍微小環境におけるTILの機能障害メカニズムを理解し、それを克服する戦略を開発することが重要です。
本研究では、腫瘍微小環境に存在するプロスタグランジンE2(PGE2)が、TILの増殖を抑制する主要因子の一つであることを明らかにしました。がん患者由来の腫瘍組織では、PGE2濃度が高く、これがTILのIL-2感知を阻害していました。IL-2は、CD8陽性細胞傷害性Tリンパ球の増殖と細胞傷害能を促進する重要なサイトカインであるため、PGE2によるIL-2感知の阻害は、TILの機能不全につながります。
研究チームは、PGE2がPGE2受容体EP2とEP4を介して作用し、TILのIL-2受容体γc鎖(IL-2Rγc)の発現を低下させることを見出しました。その結果、IL-2Rβ-IL-2Rγc膜二量体の形成が阻害され、IL-2シグナル伝達が損なわれました。さらに、PGE2はIL-2-mTOR経路の適応を妨げ、転写因子PGC1αの発現抑制を引き起こしました。PGC1αは、ミトコンドリアの機能維持に重要な役割を果たしているため、その抑制はTILの酸化ストレスとミトコンドリア機能障害を招きました。
興味深いことに、PGE2はTILのフェロトーシス細胞死も誘導しました。フェロトーシスは、鉄依存性の細胞死であり、脂質の過酸化が関与しています。PGE2は、TILの脂質代謝を撹乱し、脂質過酸化を促進することで、フェロトーシスを引き起こしたと考えられます。
以上のメカニズムにより、PGE2はTILのIL-2感知とミトコンドリア機能を阻害し、増殖と生存を抑制することが明らかになりました。重要な点は、PGE2シグナルの阻害により、これらの障害が改善されたことです。研究チームは、PGE2受容体EP2およびEP4の阻害剤を用いることで、TILのIL-2感知とミトコンドリア機能が回復し、増殖能が亢進することを示しました。さらに、マウスモデルを用いた検討から、PGE2シグナルを阻害して培養したTILは、通常のTILと比較して、腫瘍内での生着率が高く、優れた抗腫瘍効果を発揮することが確認されました。
本研究の成果は、TIL療法の効果向上につながる新たな戦略として期待されます。PGE2シグナル阻害薬をTILの培養過程に組み込むことで、より増殖能の高いTILを得ることができるでしょう。また、PGE2シグナル阻害薬をTIL療法と併用することで、投与したTILの腫瘍内での機能を高め、治療効果を増強できる可能性があります。
本研究は、腫瘍微小環境におけるTILの機能障害メカニズムの理解に大きく貢献するものです。PGE2がTILのIL-2シグナル伝達とミトコンドリア機能を阻害するという知見は、他のがん種や免疫細胞にも応用できる可能性があります。今後、PGE2シグナル阻害を軸とした新たながん免疫療法の開発が期待されます。
本研究は、がん免疫療法の効果向上に向けた重要な一歩を踏み出したといえるでしょう。腫瘍微小環境の免疫抑制機構を解明し、それを克服する戦略を開発することは、がん免疫療法の発展に不可欠です。本研究で得られた知見を活かし、より効果的ながん免疫療法の実現に向けた研究が加速することが期待されます。


小型で高性能な光格子時計を海上で連続運転することに成功

本研究では、ヨウ素分子を用いた小型で高性能な光格子時計を開発し、海上での連続運転に成功しました。この35リットルの時計は、ヨウ素分光器、光周波数コム、制御電子機器を組み合わせたものです。3台の時計を艦船に搭載し、太平洋上で20日間にわたって運用した結果、1日あたり300ピコ秒以下の精度を達成しました。この性能は、従来の水素メーザー原子時計と同等でありながら、10分の1の体積です。高性能な原子時計の海上運用は歴史的に困難とされてきましたが、この実証実験は、将来の光時計ネットワークの到来を告げる重要な技術的進歩を示すものです。
実験室の光格子時計は、現在、10-18以下の相対不確かさを達成していますが、可搬型の高性能時計は、サイズ、環境感受性、コストの面で実用性に限界がありました。本研究では、移動体プラットフォームでの運用に必要な性能と環境耐性を兼ね備えた光格子時計を開発しました。
この35リットルの時計は、ヨウ素分光器、光周波数コム、制御電子機器を組み合わせたものです。3台の時計をニュージーランドの艦船に搭載し、太平洋上で20日間にわたって連続運転しました。その結果、1日あたり300ピコ秒以下の精度を達成しました。この性能は、従来の水素メーザー原子時計と同等でありながら、10分の1の体積です。
高性能な原子時計の海上運用は歴史的に困難とされてきましたが、測位における重要性は今なお高く、この実証実験は、将来の光時計ネットワークの到来を告げる重要な技術的進歩を示すものです。

事前情報

  • 実験室の光格子時計は、10-18以下の相対不確かさを達成

  • 可搬型の高性能時計は、サイズ、環境感受性、コストの面で実用性に限界

  • 高性能な原子時計の海上運用は歴史的に困難とされてきたが、測位における重要性は高い

行ったこと

  • ヨウ素分子を用いた小型で高性能な光格子時計を開発

  • 3台の時計を艦船に搭載し、太平洋上で20日間にわたって連続運転

  • 1日あたり300ピコ秒以下の精度を達成

検証方法

  • ヨウ素分光器、光周波数コム、制御電子機器を組み合わせた35リットルの時計を開発

  • ニュージーランドの艦船に3台の時計を搭載して海上運用

  • 時計の出力を比較して性能を評価

分かったこと

  • 開発した光格子時計は、水素メーザーと同等の性能を10分の1の体積で実現

  • 海上での連続運転で、1日あたり300ピコ秒以下の精度を達成

  • 高性能な原子時計の海上運用における技術的障壁を克服

この研究の面白く独創的なところ

  • ヨウ素分子を用いることで、小型で高性能な光格子時計を実現した点

  • 3台の時計を艦船に搭載して海上運用し、長期間の連続動作と高精度を実証した点

  • 従来の水素メーザーと同等の性能を10分の1の体積で達成した点

  • 高性能原子時計の海上運用における技術的障壁を克服し、将来の光時計ネットワークへの道を拓いた点

この研究のアプリケーション

  • 移動体での高精度測位や時刻同期への応用

  • 地球物理学的モニタリングや分散型コヒーレントセンシングのための遠隔時間標準

  • 量子ネットワークの時刻同期

  • 国家時間標準のための運用上の冗長性の確保

著者と所属
Jonathan D. Roslund, Arman Cingöz, William D. Lunden, Guthrie B. Partridge, Abijith S. Kowligy, Frank Roller, Daniel B. Sheredy, Gunnar E. Skulason, Joe P. Song, Jamil R. Abo-Shaeer, Martin M. Boyd: Vector Atomic, Inc., Pleasanton, CA, USA

詳しい解説
本研究は、ヨウ素分子を用いた小型で高性能な光格子時計を開発し、海上での連続運転に成功したものです。光格子時計は、レーザー冷却された原子やイオンを用いた実験室の時計と比べると精度では劣りますが、ヨウ素分子を用いることで、堅牢性、寿命、自律性、コストの面で優れたシステムを実現しました。
開発された時計は、ヨウ素分光器、光周波数コム、制御電子機器を組み合わせた35リットルのパッケージに収められています。ヨウ素分光器には、消耗品を使用せず、レーザー冷却や予備安定化共振器を必要としない堅牢な気体セル方式を採用し、プラットフォームの動揺に対して一次の不感性を持たせました。また、1064 nmと1550 nmの成熟したレーザー技術を活用することで、高性能な原子種よりもシステムレベルの課題を解決することに注力しました。
3台の時計をニュージーランドの艦船に搭載し、太平洋上で20日間にわたって連続運転しました。その結果、1日あたり300ピコ秒以下の精度を達成しました。この性能は、従来の水素メーザー原子時計と同等でありながら、10分の1の体積です。また、数度の温度変化や湿度の変化、地磁気の変動にもかかわらず、数日間にわたって10-14以下の周波数安定度を維持しました。
高性能な原子時計の海上運用は歴史的に困難とされてきましたが、測位における重要性は今なお高く、この実証実験は、将来の光時計ネットワークの到来を告げる重要な技術的進歩を示すものです。開発された時計は、GPSなどの測位システムや通信ネットワークの時刻同期、地球物理学的モニタリングや分散型コヒーレントセンシングのための遠隔時間標準、量子ネットワークの時刻同期、国家時間標準のための運用上の冗長性の確保など、幅広い応用が期待されます。
本研究は、小型化と高性能化を両立した光格子時計の開発と、それを用いた海上での長期連続運転の実証に成功した点で、高く評価できます。今後、さらなる性能向上と小型化が進めば、光時計ネットワークによるグローバルな時刻同期が実現し、社会インフラに大きな変革をもたらすことが期待されます。



被子植物の系統ゲノム解析から見えた、進化の全容

本研究では、被子植物の系統進化の全容解明を目指し、世界中の植物標本から7,923属(全体の58%)の核ゲノムデータを取得しました。353の核遺伝子に基づく解析の結果、これまでで最大規模かつ最も信頼性の高い被子植物の系統樹が完成しました。200点の化石による年代推定を行ったところ、被子植物の初期進化は遺伝子の不一致が多く爆発的な多様化を示し、現存する目の8割以上を生み出したことが明らかになりました。その後、中生代を通して比較的一定の速度で多様化が進みましたが、新生代に入ると地球の冷却と同調するように再び多様化が加速したと考えられます。本研究は、被子植物の進化の複雑さと奥深さを浮き彫りにすると共に、今後の多様性研究の礎となるでしょう。

事前情報

  • 被子植物は陸上植物の約90%を占め、ほとんどの主要な陸上生態系を支えている

  • 被子植物の進化を理解することは、その生態的優位性を説明するために不可欠である

  • これまで、被子植物の系統樹は主に葉緑体ゲノムの解析によって決定されてきた

  • 葉緑体ゲノムに基づく研究は、分類や中生代以降の多様化の初期の洞察をもたらした

  • しかし、分類群とゲノムの両方のサンプリングが限定的であり、偏りがあることが系統樹とその意味の信頼性を損なう

行ったこと

  • 世界中の標本から7,923属(全体の58%)の核ゲノムデータを取得

  • 353の核遺伝子を標準化したセットを用いて解析

  • 属レベルのサンプリングを従来の核研究の15倍に増加

  • 200の化石を用いて系統樹の年代推定を実施

検証方法

  • Angiosperms353プローブセットを用いたターゲットシーケンスキャプチャ

  • KINを用いた血縁関係の推定とペディグリー(家系図)の構築

  • マルチスピーシーズコアレセント法による種の系統樹の推定

  • treePLを用いた化石制約下での分岐年代推定

  • BAMMとRevBayesを用いた系統特異的な多様化率の推定

分かったこと

  • 被子植物の初期進化は遺伝子ツリーの不一致が多く、爆発的な多様化を示した

  • 初期の爆発的多様化で、現存する目の80%以上が出現した

  • その後、中生代を通して多様化は比較的一定の速度で進んだ

  • 新生代に入ると、地球の冷却と同調するように多様化が再び加速した

  • 遺伝子ツリーの不一致は、多様化率の上昇と密接に関連していた

この研究の面白く独創的なところ

  • 7,923属という圧倒的な網羅性で、被子植物全体の「ビッグピクチャー」を描き出した点

  • 353の核遺伝子を用いて、従来の葉緑体ゲノムによる系統推定を塗り替える信頼性の高い系統関係を解明した点

  • 200点もの化石を用いて、被子植物進化の詳細な年代推定を行った点

  • 初期と新生代の爆発的多様化という2段階モデルを提唱した点

  • 多様化と遺伝子ツリーの不一致、および地球環境変動との関連性を示唆した点

この研究のアプリケーション

  • 被子植物の進化や多様性パターンの理解が飛躍的に深まる

  • 形質進化や適応放散など、多様化のメカニズム研究への応用

  • 標本ゲノムデータの活用による、博物館の新たな価値の創出

  • 種レベルの超網羅的な系統樹作成への道筋

著者と所属
Alexandre R. Zuntini, Tom Carruthers, Olivier Maurin, Paul C. Bailey, Kevin Leempoel, Grace E. Brewer, Niroshini Epitawalage, Elaine Françoso, Berta Gallego-Paramo, Catherine McGinnie, Raquel Negrão, Shyamali R. Roy, Lalita Simpson, Eduardo Toledo Romero, Vanessa M. A. Barber, Laura Botigué, James J. Clarkson, Robyn S. Cowan, Steven Dodsworth, Matthew G. Johnson, Jan T. Kim, Lisa Pokorny, Norman J. Wickett, Guilherme M. Antar, …William J. Baker
(Royal Botanic Gardens, Kew, Richmond, UK; Centre for Ecology, Evolution and Behaviour, Department of Biological Sciences, School of Life Sciences and the Environment, Royal Holloway University of London, London, UK; Australian Tropical Herbarium, James Cook University, Smithfield, Queensland, Australia; Centre for Research in Agricultural Genomics (CRAG), CSIC-IRTA-UAB-UB, Campus UAB, Barcelona, Spain; School of Biological Sciences, University of Portsmouth, Portsmouth, UK; Texas Tech University, Lubbock, TX, USA; School of Physics, Engineering and Computer Science, University of Hertfordshire, Hatfield, UK; Department of Biodiversity and Conservation, Real Jardín Botánico (RJB-CSIC), Madrid, Spain; Department of Biological Sciences, Clemson University, Clemson, SC, USA; ほか多数の研究機関)

詳しい解説
本研究は、被子植物の系統進化の全容解明を目指した、これまでにない規模のゲノム解析です。世界中の植物標本から、実に7,923属もの核ゲノムデータを取得しました。これは全被子植物属の58%に相当し、従来の核ゲノム研究の15倍ものサンプリングです。このビッグデータを353の核遺伝子で解析した結果、これまでで最大かつ最も信頼性の高い被子植物の系統樹が完成しました。
さらに、200点もの化石を用いて分岐年代の推定を行ったところ、被子植物の初期進化の様相が明らかになりました。それによると、初期の被子植物は遺伝子ツリーの不一致が多く、爆発的な多様化を遂げていたのです。この時期に、現存する目の8割以上が出現したと考えられます。その後、中生代を通して多様化は比較的一定の速度で進みましたが、新生代に入ると再び加速しました。これは地球の冷却と同調しているようです。
本研究で特筆すべきは、多様化率と遺伝子ツリーの不一致との関連を見出した点です。急速な多様化の時期には、遺伝子ツリーの不一致も顕著に増加していました。これは、種分化の過程で ancestral polymorphism が残存しやすくなるためと考えられます。全ゲノム重複や種間交雑なども、急速な多様化と遺伝子ツリーの不一致の両方を引き起こす要因かもしれません。
一方で、マメ科やイチョウ目など、全ゲノム重複の影響を受けたグループでは系統関係の解明が困難でした。被子植物の初期進化でも、単子葉類の起源に関わる古い種間交雑の可能性が示唆されています。このように系統推定が難しい部分は、さらなる研究を要する進化イベントの「しるし」とも言えるでしょう。
本研究は、被子植物の進化の複雑さと奥深さを見事に浮き彫りにしました。従来の定説を塗り替える新たな進化のストーリーは、今後の多様性研究に大きなインパクトを与えるに違いありません。また、博物館標本から得られる膨大なゲノムデータの活用は、分類学の新時代を告げる画期的なアプローチと言えます。種レベルの超網羅的な系統樹の完成を目指す取り組みにも弾みがつくことでしょう。



最後に
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