見出し画像

【創作】朝の市場で【スナップショット】


 
 あと残っているものは何?
 
パブリカ、トマト、コショウ、
ニシンと食用酒と
グレープフルーツ
こんなところかな
 
オーケー、ちょっと休みましょう
 
そうだね
 
沢山買えてよかった
 
メモするくらい
こんなに沢山の種類の食材
買いこまなくてもいいんだけどね
 
何言っているの
私は色々な料理を作って
食べるのが大好き
食べることは喜びでしょう?
 
そうでもない
食べることが好きな人は
理解できるし、尊重するよ
でも、僕にとって食べることは
人間の身体を動かすための
燃料補給だ
栄養が偏ると
身体が変調をきたすから
仕方なく摂っている
手早く済ませて
仕事に取り掛かれるよう
満腹にもなりたくない
 
まったく
栄養食だけ食べていれば
いいと思ってるんでしょう
 
理想はね
でも、現代の加工された
栄養食品は
まだ完全ではないから
ちゃんと普通の食事を摂る
 
まだ、っていうあたり
重症ね
そういえば
今まで聞いていなかった
どんな食べ物が好き?
 
特に好きなものはない
嫌悪感なく食べられればいい
 
言うと思った
じゃあ、今までで
一番思い出に残っている
食事は何?
外食でもいい
自分が作ったものでもいい
誰かが作ってくれたものでもいい
 
何だろう
多分グラタンだ
 
どんなグラタン?
 
牡蠣とほうれん草と
ベーコンとパスタ
それをホワイトソースで混ぜて
チーズをのせて焼いたグラタン
 
美味しそう!
どこで食べたの?
 
母親が作ってくれたんだ
母は料理を作るのが好きじゃなかったし
正直言って美味しくはなかった
でも、そのグラタンだけは
とにかく美味しかった
でも、別にハレの日に作ってくれるとか
そういうことじゃない
母のきまぐれでたまに出てくる
母は多分、それが自分で作る
一番美味しい料理だと
最後まで
気付いていなかったんじゃないかな
 
お母さんの味だね
 
そう言いたいところだけど、
そう言うには食べた回数は少ないし
この料理にまつわる
心温まるエピソードは特にないんだ
突発的に出てくる
スロットの当たりみたいなものであってね
 
でも、その料理だったのは面白いね
お母さんの性格が表れているよ
 
どういうこと?
 
海の幸と、お肉と、野菜と穀物
触感も栄養も違う全てが揃って、
乳製品の優しい味で包み込んでいる
焼き加減さえ間違えなければ
失敗しづらいのもいいね
お母さんは心のどこかで
子供が色々な食感を暖かく
感じてくれることを
望んでいたのかもしれないよ
 
そうだろうか
 
君が食事に関心が無くても
食事を嫌わないのは
ちょっと不思議に思っていたんだ
もしかするとその美味しかった食事が
色々な具材を使う料理だったのが
よかったのかもしれない
それに、君は偏見が少なくて
人と違う色々な考えを尊重できる人
多分その、違う食感が美味しかった経験が
心に残っているんだよ
 
そこまで繋がるかな
 
繋がるよ!
だって食べることは生きることだから
食べることは人間の
生理的な部分だから
思考にも繋がるんだよ
 
まあ、それはそうかもしれないね
たぶん偶然だけど
僕がああいう母を持ったのも偶然で
親が意図していなかったことを
偶然受け取るのも
一緒に生きたということなんだろうな
反抗はしなかったけど
結局あまり母と話すこともなかった
久しぶりにグラタンのことを思い出したよ
 
今度一緒に作る?
 
気の向いた時でいいさ
同じものを取り戻したいわけでもない
新しい料理を君と一緒に
食べていければいい
 
そういう気持ちになってくれて
よかった
というわけで
残りの食材を買いましょう
 
そうだね
 










(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


こちらでは、文学・音楽・絵画・映画といった芸術に関するエッセイや批評、創作を、日々更新しています。過去の記事は、各マガジンからご覧いただけます。

楽しんでいただけましたら、スキ及びフォローをしていただけますと幸いです。大変励みになります。


この記事が参加している募集

スキしてみて

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?