阿久沢牟礼

奇談を書きます。 以下の作家等が好きな方には恐らく楽しめる話となる、と思います。 星新…

阿久沢牟礼

奇談を書きます。 以下の作家等が好きな方には恐らく楽しめる話となる、と思います。 星新一、時雨沢恵一、内田百閒、ラファティ、ボルヘス、カフカ、コルタサル、コッパード、ペソア、クルジジャノフスキィ、円城塔、ウィトゲンシュタイン、永井均、寓話、民話。

マガジン

  • 書評

    書評をまとめます。以前記事を書いていた「シミルボン」のサイト閉鎖につき、しばらくは過去記事の再掲作業になりそうです。

  • 芥川賞を読む

    芥川賞受賞作を読みます。

  • 雑記

    試論よりもゆるい身辺雑記をまとめます。

  • 試論

    書評でも小説でも身辺雑記でもないもの、主に哲学思想系の試論を載せます。

  • 掌編集

    以下の作家等が好きな人には恐らく楽しめる内容です。 星新一、岸本佐知子、時雨沢恵一、円城塔、カフカ、ボルヘス、コルタサル、ラファティ、永井均、西田幾多郎、ウィトゲンシュタイン

最近の記事

【書評】安部公房「水中都市 デンドロカカリヤ」

#読書感想文 「デンドロカカリヤ」が読書会課題だったので再読。再読する前までは、単純にイメージの喚起が素晴らしい短編だと思っていた。しかし読み返してみると意外とメッセージ性がある。  安部公房を手放しで称賛したくならないのは、「巧みさ・器用さ」にある。労働者の悲哀、都市生活者の悲哀、貧乏人の悲哀、など当時社会的に受け入れられやすいような何らかのテーマ性を、誰にでも分かるように入れ込みつつ、上手いこと不条理文学を組み立てている、という感がある。  この種の器用さは、例えばカフ

    • 【書評】上田岳弘「ニムロッド」

      【ニムロッド:上田岳弘:講談社:2019:第160回芥川賞受賞作】  ほんの数十年生きているだけで目まぐるしく技術が革新されていくなかで「昔はどうしていたんだろう」的想像というのは事欠かないが、昔は昔でよろしくやっていたのだろう。  今は今で昔と比べて幸せになっているかというと一言で答えは出ず、そもそも幸福の尺度そのものが変容を遂げていく。  その種の技術革新そのものが幸福の尺度を変容させる、と言うべきかもしれない。冷蔵庫が開発されると「冷蔵庫がないと生きていけない世界」

      • 【書評】ビジュアル・シンカーの脳:テンプル・グランディン

        #読書感想文 【ビジュアル・シンカーの脳 「絵」で考える人々の世界:テンプル・グランディン:中尾ゆかり訳:NHK出版:2023】  YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で紹介されていて気になった本。 ものごとを考える仕方は大きく分けて二つあり、それが「言語思考」と「視覚思考」である、とのこと。  そして「視覚思考」のなかでも「物体視覚思考」「空間視覚思考」という二種に分かれており、前者は美術や空間把握が得意、後者は数学が得意、といったように個々人の能力の方向性にも

        • 【書評】村上靖彦「摘便とお花見 看護の語りの現象学」

          #推薦図書  最近母親を在宅で看取った。  末期の肺がんだった。  在宅での緩和医療に切り替えた時点ではまだ自分で立って歩くことができていたのだが、次第にそれも難しくなり、やがて寝たきりになり、筋力も弱り、寝返りも難しくなり、譫妄の度合いが増し……といった具合に次第に弱っていくわけだが、その時々において必要なケアというのがある。  訪問看護師はその時々に応じて必要なケアを行い、場合によっては訪問医師、訪問入浴、介護用品レンタル、ケアマネ等にその場で連絡を取り合って物品調達や

        【書評】安部公房「水中都市 デンドロカカリヤ」

        マガジン

        • 書評
          8本
        • 芥川賞を読む
          10本
        • 雑記
          0本
        • 試論
          7本
        • 掌編集
          63本
        • 可能的民話集成
          9本

        記事

          【書評】谷崎潤一郎「陰翳礼賛」

          #読書感想文 【陰翳礼賛:谷崎潤一郎:青空文庫】  西洋文明によって抹消されかかっている日本的美意識を、陰翳に焦点を当てて回顧的に語ったエッセイ、といったところ。  著者の作品は吉野葛くらいしか読んだことがない。あの作品で最も印象に残っているのが、山あいの寒村で主人公が食べた「熟柿(じゅくし)」にまつわる描写で、場面や状況と混然一体となった微細な描写が卓越していた。本作も作家の鋭い感性で日常の物事が有機的に、微細に描写されており、引き込まれる。  寡読ながら、谷崎という

          【書評】谷崎潤一郎「陰翳礼賛」

          【書評】沼田真佑「影裏」

          【影裏:沼田真佑:文藝春秋:2017:第157回芥川賞受賞作】  岩手に赴任した「わたし」と、その唯一の友人である同僚の日浅との関係が描かれる。釣り仲間として竿を並べる日々が過ぎ、突然会社を辞めた日浅は互助会の営業活動にいそしむ。それとなく疎遠になったり、また相見えたりしながら微妙な距離感のもとに付き合いを続けていくのだが、それも震災以降ぱったりと途絶えてしまう。  行方不明となった日浅の消息を辿ってわたしは実家を訪れ、父と子の確執を知る。  その他多くの芥川賞受賞作の例

          【書評】沼田真佑「影裏」

          【書評】山下澄人「しんせかい」

          【しんせかい:山下澄人:新潮社:2016:第156回芥川賞受賞作】  十九歳の主人公、山下スミトが北海道かどこか北の大地で俳優の勉強をするため、私塾を開いている脚本家の【先生】のもとを訪れる、という話。  年齢性別来歴も様々な面々が、俳優もしくは脚本家を志望して集まるのだが、未だ設備の整わない施設の設営・建築や、飼っている馬の世話、食い扶持を稼ぐための農作業といった肉体労働に多くの時間が費やされる。  そうしたなかで、塾生同士のいざこざだったり、【先生】との確執だったり、地

          【書評】山下澄人「しんせかい」

          【書評】村田紗耶香「コンビニ人間」

          【コンビニ人間:村田紗耶香:文藝春秋:第155回芥川賞受賞作】  本作主人公の古倉さん(私)は、子どもの頃から周りと馴染むことができなかった。死んだ小鳥を見れば「食べよう」と言い、喧嘩するクラスメートを黙らせるためにスコップで殴る。社会通念上の「普通」というのがどういうことかわからず、大卒後まともに就職することもできない。――そんな古倉さんの唯一と言っていい居場所がコンビニだった。  制服を着、朝礼を済ませることで「コンビニ店員」という別種の生物になりきること。あらかじめ正

          【書評】村田紗耶香「コンビニ人間」

          【書評】フランツ・カフカ「審判」

           テストで0点を取ったことがある。  数学である。  まったく勉強しなかったとか、白紙で出したとか、そういうことならまだわかる。しかしそれなりの勉強時間を割き、それなりの手ごたえを以て終えられたテストが0点で突き返された日には戸惑いを禁じえない。途中式の加点さえつかないのだから、果たして自分はこれまで何をやってきたのか。  もしかしたら、数学を学んでいたと思いきや、それとは全く異なる規則体系について習熟していたのではないか*1。  ――くやしいとか、かなしいとか、受験がどうと

          【書評】フランツ・カフカ「審判」

          【書評】本谷有希子「異類婚姻譚」

          【異類婚姻譚:本谷有希子:講談社:2016:第154回芥川賞受賞作】  特異な環境であればあるほど生物のほうもまた特異な進化を遂げる。そうせざるをえないのであって、そうした生物はいわば環境を映す鏡と言える。夫婦は長年連れ添うことで顔が似て来るというが、それは「家庭」という特異な環境への順応の結果、なのかもしれない。  主人公の「私」は最近「旦那」と顔が似てきた。  何事も「ただそうあるもの」として受け容れてしまいがちな、よく言うと懐の深い私は、専業主婦として日々を過ごすう

          【書評】本谷有希子「異類婚姻譚」

          【書評】滝口悠生「死んでいない者」

          【死んでいない者:滝口悠生:文藝春秋:2016:第154回芥川賞受賞作】  お通夜の話。  山間の旧街道沿いにある広い一軒家に、誰とも知れない親類縁者がわらわら集まって、二階に安置された故人の顔を覗いては去り、覗いては去る。近所の人が集まり出し、弔問客に振る舞う料理などを誰彼となく作り始める。遠方からの親類のためあちらこちらに布団が敷かれ、敷かれた布団の上には避難してきた猫が寝ている。まだ小さい子どもたちは自由に室内を走り回り、犬たちは柱に繋がれ悲しげに鳴いている。  大き

          【書評】滝口悠生「死んでいない者」

          【書評】古川真人「背高泡立草」

          【背高泡立草:古川真人:2020:集英社:第162回芥川賞受賞作】  そうだな。セイタカアワダチソウにまつわる自分の記憶、何かあっただろうか。空港へ向かうモノレールの車窓から見える臨海都市の倉庫脇とか、飛行機の窓から見える滑走路の向こうの草地とか、そういうところに生えているようなイメージがある。もしかしたら実際に見たわけではなく、観念の産物かもしれない。ググってみたところ、特別潮風の強い環境に堪えるというわけでもなく、河川敷などにもよく生えているらしい。根から毒素を出して他

          【書評】古川真人「背高泡立草」

          【書評】羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」

          【スクラップ・アンド・ビルド:羽田圭介:2015:第153回芥川賞受賞作】  筋肉をつけると性格が変わるという話をどこかで聞いたことがある。ホルモンの影響で明るくなるとか何とか。そう言われてみればボディビルダーのような体格なのに性格は後ろ向き、などという人間はちょっと想像しにくい。ムキムキの太宰治など想像してみようにも像を結ばず、肉体ゴリゴリの男が「恥の多い生涯を送ってきました」などと呟いたところで真実味がない。恥の多い生涯のなかでいかにしてその見事な身体を作り込んだのかと

          【書評】羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」

          【書評】又吉直樹「火花」

          【火花:又吉直樹:文藝春秋:2015】  笑いたくなるような物事というのは、一般性から外れたところにある。あるいはむしろ、一般性からの逸脱行為そのものが鑑賞者に笑いを催させる、と言ったほうが正確かもしれない。漫才でもコントでも、そこで語られていることが単なる日常の、よくありそうな一コマに過ぎないとしたら、笑いは起こらないだろう。逆に、一般性からあまりに離れると、そもそも伝わらないか、最悪笑いを通り越して嫌悪や恐怖を催させることになる。  だから意図的に他人を笑わせるためには

          【書評】又吉直樹「火花」

          【書評】黒田夏子「abサンゴ」

          【abさんご:黒田夏子:文藝春秋:2013:第148回芥川賞受賞作】  子どもの頃住んでいたマンションの駐車場の前に、森があった。正しくは森の残骸、切れ端といったところで、畑や住宅に囲まれたなかにぽつんとそこだけ取り残されたように森があった、往事はそのような雑木林が辺り一帯を占めていたのだろう。マンションに住む子どもにとって良い遊び場となっていた。切られ横たえられた木に腰かけ、羽化したてのクリーム色のセミを眺めてみたり、ヤマゴボウの実で手を紫色に染めてみたり。ただ走り回って

          【書評】黒田夏子「abサンゴ」

          動物にまつわる考察 ―山括弧塾オンライン講義の感想にかえて―

           持続について 「しかなさが本質的に持続しない」とはどういうことなのか  しかなさは持続しない、と。なんだろうな。自分は永井と違う想像をしているような気がする。いや、それともただ単に自分がとらえきれていない(整理しきれていない)所為なのか。「しかなさ」というのが私において経験されるには、なんにせよそれが経験として認識されなければならない。しかし、なんにせよ認識されるということは、ある程度の時間的幅のもとに出来事が統合されるということを意味しているので、そこに「持続」が無い

          動物にまつわる考察 ―山括弧塾オンライン講義の感想にかえて―