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レアモデル列伝-35:自分的にはレアなTOYOTA Racing

 TOYOTAの実車は過去に3台を乗用。最初学生時代に1台を譲り受け、結婚後2台を購入、実家には2台があったので、あながち珍しい分けではないが、ミニカーモデルは結構少なく、それがレアの所以である。

 2024.04.29.「note」に「事実は小説よりも奇なり-22:Ferrari再優勝までの長い道程」を記載した。これは元々2023年のLe Mansを中心に書こうと思っていたが、モデルの発売がバラバラなため、3題に分けなければ成らなかった。

TOYOTA-7 Can Am
 2020年の1月に最初の購入はCan Amに参戦予定とされていたこの車、FIA競技車両分類で二座席レーシングカーがC部門第7グループである事により「7」が名前の中に付いたと言われている。

 1969年に登場した2代目TOYOTA-7は68年に計画がスタート、   69年3月に5ℓ自然吸気の1号車が完成、69年に日本GPに参戦したが、日産の6ℓR382に敗れた。

 69年の第2回ワールドチャレンジカップ・富士200マイル(通称日本Can Am)に参戦し、川合稔が優勝した車を元に、70年1月から構想開始となり、5ℓエンジンにターボチャージャーを2個装着、ラジエーターインテークが側面に移りNACAダクト風に変更、ノーズがダルな形状となった。この年、日本GPが中止となり、Can Am参戦が決定されたが、テスト中にエースの川合稔が事故死し、プロジェクトは中止となったのは残念な結果であった。

1/43 Q-Model製 3台が作成され、エアインテークが赤は川合稔が駆ったモデル
リアの2装のターボとリアタイヤの太さがCan Am用を想像させる

 このモデル購入の動機は、今は無き、minicar magazineの9月号に「特集 Can Am黄金期のマクラーレン・レーシング」の文章に紹介目的であった。しかし字数がオーバーし取り止めていたのだが、やっと日の目を見た。

SIGMA mc 75
 2020年9月、「note」に「事実は小説より奇なり-19:圧倒的に知名度が低いGRD S73」を書く都合でオークションを探し、2020年の9月、生沢のGRD S72と抱き合わせで出品されていて落札したもの。最初は全く興味なく「箪笥の肥やし」状態であったが、TOYOTA関連で紹介することが出来て幸いである。

1/43 Bizarre製 流石に際物モデルが得意なBizarreよくこんなモデルを作成したものだ

 1975年、シグマ・オートモーティブが設計と開発を行いLe Mans 24hに参戦、トヨタの1.6ℓDOHCターボエンジンを搭載したスポーツカー。マールボロカラーに塗られ、ドライバーは高橋晴邦・鮒子田寛・森泰正であった。Le Mansでは予選落ちしたが、辞退チームが出現したため決勝に進め、一時は10位以内を走っていたが、トラブルに見舞われDNFとなった。

初代TOYOTA-7 
 1968年、トヨタの開発で協力関係にあったヤマハ発動機と組んで、ヤマハが設計と製造を受け持ち、トヨタ自工のワークスチームがレース活動を行う体制であった。3ℓのエンジンを使用したのは、将来のヨーロッパの耐久レース参戦も考慮されていた様だ。

 このモデル購入は「note」の「事実は小説よりも奇なり-8 ‘68日本Can Am」の文章を考えている時。既に日本ではEBBROで商品化されていたが、入手困難であり、eBayでこのモデルがオークションに出品され落札できたことによる。なお日本Can Amにはトヨタから5台が参戦、モデルはフロントが平らな3台、でフロントが尖っているタイプの2台はモデル化されていない(他のレースで走ったモデルは発売されていた)。結果はNo.34の細谷四方洋が6位、No.31の鮒子田寛が8位、No.35の川合稔が9位であったが、3ℓの車で7ℓのCan Am車に対し、よく戦ったともいえる。この結果で5ℓの7が作られる様になったといわれている。

1/43 EBBRO製の先端が平らな3台

Gazoo Racing
 2024.04.29に「note」に「事実は小説よりも奇なり-22:Ferrari再優勝までの長い道程」を記載したのでそれを参照されたい。

 トヨタGR10 HYBRIDの諸元:ボディはカーボンファイバー構造で形は操縦性と空力安定性が重視され、夜間走行でのヘッドライトレイアウトが変更、サスペンションは独立懸架ダブルウイッシュボーン、スプリングはトーションバー、エンジンは3.5ℓV型6気筒 直噴ターボ過給707PSで後輪を駆動、アイシン製電気モーターはリチウムイオン電池で作動200kW(272PS) が前輪を駆動、重量が1080kg(BoPの+37kg含む)。

 モデルはテストデイ直前にBoPというハンデを突然いわれ、その結果81秒遅れの総合2位に甘んじたNo.8である。ドライバーはS. Buemi 、B. Hartley、R. Hirakawaの3人。
 モデルを見て、垂直尾翼の左右の色が異なる。進行方向の右側は白で左側は赤、前方から見ると赤いラインが左下から中心を通って右後方までの「J」の字であったり、桜の花が満開ではなく蕾がある八部咲き、一寸した遊び心があって面白い。

 形としては風洞を用いて決定した今の流行りの形であろうが、昔人間にとってはスムースさが無く見た目は良くない。
 航空機なら流線型に辿り着くのだが、車の場合は道路との関係で、その狭い空間をどのように活かすかは、昔の頭ではわからない。(Chaparral 2の初期や日産R380のフロント下部等がそれに当たる様だ)これは設計者の考えによるものであるから、致し方ないとは思うが、かれこれ40年程前のFord P68・69の変化と同様、色々突き詰めていくとそんな形になるのか。

1/43 Spark製 進行方向右の垂直尾翼は白色
進行方向左の垂直尾翼は赤色
J字や左フェンダーに描かれている桜は満開ではなく蕾もある八分咲きで優勝できなかったのか

 ところでGazooってどんな意味か調べてみた。Gazooを立ち上げた1人、トヨタの友山副社長が「中古車画像システム」を「画像の動物園(zoo)という意味でGazooと名付けたらしい、トヨタと名乗れずガズーと名乗って商売した」ところからきたらしい。
                               2024.05.06

参考文献
・秋山敏夫、特集 Can Am黄金期のマクラーレン・レーシング minicar    magazine vol.312:4-10、2020
・Auto Sport ルマン24h 100周年 vol.1586 (8) 2023


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