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ミスティー・ナイツ(第18話 買収成功?)

「会社なんて、他にもあるじゃないですか。1000万あれば、しばらくは勤めなくても食ってけるでしょう。消費者金融からの借金も、それで返せるはずですし」
「何でそんな、おれのプライバシーを知ってる!?」
 桐沢の声が大きくなった。物の怪でも見るような目で、こっちを見る。
「事前に調べてますから。普通の消費者金融だけじゃなく、闇金からも借りてますよね」
 桐沢が、穴のあくほど海夢を見た。しばらく2人の間を、気まずい沈黙が支配した。
「我々も、プロですから。その程度の情報を調べるのは、簡単です。あなたが、このチャンスをどうするかは自由です。今席を立って、ぼくを警察に告発するのもいいでしょう。でも、ミスティー・ナイツはぼくだけじゃない。他のメンバーがプランを予定通りに完遂するだけです。あなたにはせいぜい薄っぺらな金一封と、感謝状が送られるだけ。多額の借金を抱えた人生に逆戻りだ。そんなんで満足ですか。安月給で働かされて、せっかく入った給料も養育費や家のローンで飛んでいく。しかも可愛いお子さんに、前の奥さんは会わせてくれない。1000万で人生やり直しませんか」
 笑顔を心がけながら、海夢は言葉を綴っていった。
「1000万で足りないなら、もう1000万上乗せしますか。前金も500万から1000万に増額しましょう」
 海夢はさらに500万の札束を再びバッグから出した。
「偽札かどうか心配なら、こっちも手にとって確認してください」  
 海夢は札束をパラパラとめくりながら、相手に見せた。
「即答できないなら、今日の夜まで返答を待っても構いません」
 海夢は手帳に自分のスマホの番号を書くと、一枚ちぎって桐沢に渡した。
「今晩10時までに電話ください。連絡なければ、この話はなかったと解釈します。その場合、ぼくは明日は出勤しません。ここを引き払って、外国にでも高飛びします。ちなみに履歴書に書いてある住所には戻りませんので、警察に通報して、そこを探させても無駄です」
 海夢は、そこを強調して語気を強めた。
「我々の組織は大勢メンバーがいましてね。ぼく1人欠けたところで、困らないのです。他の方法で盗みをやるだけですから。警察に通報したり、警備会社に相談しても構いません。仲間があなたを監視中なので、そういう行為は全てぼくらに筒抜けです。そういう行動を認識した時点で、ぼくは蒸発します。あなたや、あなたの家族を脅迫したりもしない。卑劣な真似をしないのがモットーですから。桐沢さんも、ぼくらがそういうダーティなやり方しないのは、メディアを通じて知ってますよね」
「おれには……泥棒はできん」
 言葉のうえでは否定したが、桐沢の表情に動揺がよぎったのを見逃さなかった。
「桐沢さんが盗むわけじゃないんですから、罪の意識を感じなくても大丈夫です」
 海夢はいつも鏡の前で練習しているとっておきの笑顔を浮かべた。大抵の場合、落としたいと思った最高の美女に見せる笑顔だ。
「ただ当日騒音がしても聞いてなかったと、ぼくと一緒に偽証してくれればいいです。金庫は防犯カメラで監視してますが録音はしてないので、近くの警備室にいるぼくとあなたが偽証をすれば、地下から穴を開けて、現ナマを盗めます。一時的に損失が出ても、また次の日から裕福な客が大勢来て、カジノに金を落としていくので、別にここの経営者は、何も困らないんですよ。むしろ話題になって、客が増えるかもしれない」
「そんなもんかな」
 桐沢は、力なくつぶやいた。
「そんなもんです。ぼくらが今まで侵入した銀行や美術館も、話題になって顧客や来館者が増えてるんです。怖いもの見たさって奴なんだろうけど。カジノを作った政治家こそ、税金泥棒じゃないですか。全国にいらないハコモノや道路ばかり作って多額の国の借金こさえて、一般の労働者よりごまんと貰ってるわけでしょう。おかしいと思いませんか。桐沢さんがちょっとぐらい、いい思いしてもバチは当たらないでしょう。今までまじめに働いて、奥さんとお子さんを養って、社会に貢献したんだし」
 桐沢は無言のままだ。緊張のためか、額から汗がしたたりおちる。
「今日は、そろそろお開きにしましょう。いい返事をお待ちしてます」
 海夢はテーブルに出した札束を一旦自分のバッグに回収する。話が終わった頃には、昼の12時を過ぎていた。海夢はカジノの近くに借りているマンションに戻ると、すぐにベッドへ潜りこんだ。彼のスマホはその日全部で5回鳴った。
 そこは履歴書に書いたのとは、別の住所にある。念のため桐沢の尾行を気にしながら帰宅したが、杞憂に終わった。
 1回目の電話は美山からで、今度のプランの話。計画が順調に進んでいるという報告だった。
 2回目は東京にある、彼が経営する弁護士事務所からの電話で、表の仕事に関する電話。
 3回目は横浜にいる恋人からで『いつ会えるの』と催促の電話だった。4回目は大阪にいる、別の恋人からの電話だ。二言目には『早く結婚したい』と言われる。5回目は、夜の9時半ごろだった。お待ちかねの桐沢からだ。
「山下さん、おれやるよ。あんたに協力する……だから前金をもらいたい」
「いいでしょう。そう来なくっちゃ」
 海夢は、どの恋人から来る電話への応答よりも、はずんだ声でそう答えた。
           *
 そしてついに予告された7月7日の月曜が訪れる。美術館は定休日だ。定休日のないカジノは本来営業だが、万が一を考えて臨時休業となっていた。
カジノも美術館も何百人という大勢の警官と、増員されたガードマンが交代で見はりをしている。空には時折警察のヘリコプターが現れた。
 カジノと美術館の周囲にはロープが張られ、立哨する警官と警備員とが、外部に睨みを利かしている。その回りには大勢の野次馬が押しかけていた。
報道陣の姿もあり、建物や警官達を撮影していた。
「これだけの警官が固めていれば、ミスティー・ナイツの連中も、そう手だしできんでしょうな」
 沖縄県警本部長の紅山(べにやま)が、立哨や巡回中の大勢の警官を見ながら頼もしそうに目を細めた。
「お言葉ですが本部長、ミスティー・ナイツを甘く見ない方がいいです。今までも、予告通りの日時に狙った獲物を盗んでます」
 隣を一緒に歩いていた、姫崎瀬戸菜が発言した。
「そりゃそうかもしれないが、この美術館とカジノは、最新式の防犯装置で十重二十重に守られてますから。そうそう手だしできんでしょう。ここは1つ大船に乗った気持ちでいてください」
 紅山は、自信満々の笑みを浮かべた。
「そうあってほしいですけどね」
 瀬戸菜がわずかに皮肉をにじませた返答をしたが、相手は気づいてないらしい。
紅山が例えに使った大船とやらが、沈没したので有名なタイタニックじゃないといいのだが。

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