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ミスティー・ナイツ(第19話 いよいよ犯行予告当日!)

    どんな大船も、どこで思わぬ氷山にぶつかるかわからぬものだ。そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、時は刻々と過ぎてゆく。
   天空に浮かぶ、真夏の南国の太陽が地球の自転に伴って西に傾き、やがて夕焼けが天と地と広大な海をオレンジ色に染めあげた。

 瀬戸菜は自然が見せる壮大なパノラマにうっとりとする。次にここを訪れるのは、一体いつになるだろう。今度もし来る時は、願わくば休暇の時でありたいものだ。やがて天空の神様は衣装を直した。

 いつしかオレンジ色のワンピースを脱いで、漆黒のシルクのドレスに身を包む。その衣には瞬く星がばらまかれ、まるで無数の宝石をちりばめたかのようだった。都会と違って、澄みきった夜空である。

 ネオンの領域が都心よりも少ないので、闇の部分が圧倒的に多かった。こうして改めて周囲の景色を見渡すと、人間が地球上で支配するエリアは、本当に少ないのを知る思いだ。

 何だか怖いような、うっとりとするような、神秘的な光景だ。人間という存在が、本当にちっぽけなのを痛感する。この広い世界では、アリンコやミジンコみたく、とても微細でたよりない気がした……。

 地球から最も近い場所に浮かぶ、灼熱の恒星が天岩戸に姿を隠してしまったので、さすがに気温もやや低くなり、暑さがやわらぎ、過ごしやすくなりはじめる。過ぎてゆくそよ風が、瀬戸菜の頬を、優しく愛撫していった。

 時計の針は8時を示し、さらに9時、10時を過ぎたが、いまだに何も起こらない。防災センターのモニターに映った太古の王冠も、カジノの地下にある金庫も、まだ無事である。後2時間守りきればいいのだが、その時間が永遠よりも長く思えた。

「さすがに奴らも、この厳重な警戒を破れなかったようですな」

 得意げな笑顔を浮かべて、紅山がのたまった。

「姫崎警部補はミスティー・ナイツの能力を過大に評価してるようですが、所詮はチンケなちんぴらです。奴らにとっては今度のケースが、稀有な黒星になりそうですな」

「くれぐれも油断は禁物です。まだ2時間弱あるんですから。今までのやり口を見ても、一体どんな荒唐無稽な作戦を立ててるかわかりません。これまでも、奇想天外な方法でプランを成功させてますから。通常の思考では考えられないしかけをするのが、あいつらのやり口です」

 瀬戸菜は言葉を選びながら、静かな口調で説明した。しかしすでに、紅山の目は勝利の愉悦に踊っており、彼女の話をまともに聴いてないようだ。

                  *

 紅山と瀬戸菜がそんな会話をかわしていた頃、ミスティー・ナイツの釘谷はめぼしをつけていたビルを爆破させるため、そのビル(オーナーの名前を取って広田(ひろた)ビルという名前だ)に雲村博士と一緒に向かっていた。

「お疲れさん」

 釘谷は、警備室にいた、こないだの守衛に向かって声をかける。相手の方は、きょとんとした表情だ。

「忘れちゃいました? こないだここで名刺を出した方の片割れですけど」

 言いながら釘谷は、自分の名刺をガードマンに対して見せた。

「ああ……そういえば、そんな事があったっけ。今夜は一体何の用だい」

「今日はもうみんな帰って、あんただけなんだろう」

「ああそうだけど、そいつが一体どうかしたかね」

「そりゃ都合がいい」

 釘谷はポケットからスプレーを取りだすと、守衛の顔に向かってそれを噴射した。たっぷり睡眠ガスを吸って、たちまち相手はこん睡状態に陥った。倒れて頭を打たないように、釘谷は守衛の体を受けとめる。

 そして釘谷と雲村は2人で警備員の体を抱きかかえ、近くに停めた車の中に運びこんだ。その後釘谷は車を運転し、ビルからじゅうぶんな距離を取ってから、用意しておいたリモコンのスイッチを入れる。

 次の瞬間轟音と共にミラーに映った広田ビルの窓が一斉に破裂した。窓という窓から爆炎が煙と共に飛びだして、闇夜に炎の花を咲かせる。

                  *

 カジノの防災センターで防犯モニターを見ていたガードマンの1人が、悲鳴に近い大声をあげた。瀬戸菜は、すぐにそちらを見る。その警備員が驚くのも無理はない。カジノの敷地の外を映したモニターに映ったビルの一つが、突如爆発したのである。

 建物の外壁が崩れ落ち、ビル全体が炎上していた。ハリウッド映画ならおなじみの光景だが、現実の、それも極東の島国では、なかなか見られぬ光景だ。

「まさかミスティー・ナイツのしわざか」

 さっきまでの笑みはどこへやら、紅山が目を丸くしてつぶやいた。

「それはないでしょう。ミスティー・ナイツは悪党ながら、無関係な人を殺害するような真似はしません」

 瀬戸菜が本部長に説明した。

「そうかもしれんが、こればっかりは調べてみないとわからんな」

 そこで紅山は周囲の者達をにらみつけた。

「何をしている。誰か応援を行かせろ。火災を放置するわけにはいかん。消防署にも、電話しろ。何でもおれが、細かく指図しないと消火活動もできんのか」

 紅山本部長の命令で、周囲にいた警官と警備員の約半数が消火器を持って現場に向かった。残った者も爆発が気になってしかたないようだ。今の事情を考えれば、本部長の指示は正論だが、警備が手薄になったのは否めない。

「みんな聞いて」

 瀬戸菜は声をはりあげた。

「爆発が気になるのは無理ないけど、あなた達の今の業務は、王冠と売上金を守る事です。気合入れてちょうだいね。あの爆発もミスティー・ナイツの陽動作戦かもしれないし」

 突然の大声に、爆発に気持ちのいっていた周囲の空気が少ししゃっきりしたようだった。雑談もぴたりと止まる。

「さすが姫崎さんお見事ですな」

 いつのまにか現れた明定が笑みを浮かべてのたまった。口に葉巻をくわえているが、禁煙は承知しているらしく、火はつけてない。

「ありがとうございます。自分は職務を忠実に遂行しているだけです」

「最近の若者は、そういう当たり前の行動ができんのです」

 それが明定の返答である。

「どうですかな梅崎さん、安月給の全国警察なんぞすっぱりやめて、私の元で働きませんか。報酬は今の倍出します」

「結構です」

 瀬戸菜は瞬時に言葉を返した。
「私は今の職業を気に入ってますので。収入の多寡だけが、全てではないですし」
「ずいぶん簡単に断ってくれますな」
 明定は口に笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。まるでナイフのように鋭い。若い頃は半グレ集団のリーダーだったという噂もあるが、あながち嘘ではないのかもしれない。プライドを傷つけられた顔をしていた。
 今までもこうやって現職の刑事を雇い、味方にしてきたという情報が瀬戸菜の元に入っている。警察内部にも明定と癒着している人物が、きっといるに違いない。そのバックには鶴本代議士がいるのだろう。
 全国警察は過去に、鶴本代議士をターゲットに汚職の捜査をしたのだが、この男はまるで見えないバリヤーのような物で十重二十重に守られていて、なかなか尻尾をつかませない。
 鶴本の疑惑を捜査する刑事やジャーナリストが謎の死を遂げたケースが、以前も何度かあったが、犯人は捕まらないか、捕まっても鶴本にまではたどりつかずに終わっていた。
「念のためにお聴きしますが明定さん、あなたの元で何をしろっておっしゃるんですか」
「君には、カジノか美術館の警備部門の責任者になってほしいんだ。報酬は、たんまりはずむつもりだが。悪いようにはせん」
「残念ですが、謹んで辞退します。自分は刑事の職務に誇りを抱いていますので。社会に巣くう巨悪を追求するのが、私の職務です」
 まっすぐに明定の目を射ぬきながら、瀬戸菜はきっぱり明言した。




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