ミスティー・ナイツ(第17話 警備増強)
「よしてくれよ。おれはそんなタマじゃねえ。一生、けちなこそ泥でかまわねえ。イデオロギーだの思想だの権力だの、おれには無縁な領域だ」
美山は相手の申し出を軽くいなした。
一方釘谷の方も順調だが、西園寺もうまくやってるようだ。試験運転中の太平洋縦断鉄道に乗せてもらえるようになったのである。
七月七日は美山も西園寺達の手引きで鉄道に乗りこんで、一緒に現金強奪に加わる予定を立てたのだ。色々障害はあったが、おおむねうまく進んでいる。
後の問題は王冠をいかにして盗むのか。ミスティー・ナイツがすりかえに失敗して以来、美術館側はかなりナーバスになったようで、警備員が増員された。
24時間、多数のガードマンが王冠を見はるようになったのだ。
ビルを爆破しても、全ての守衛がそっちに行くわけではない。しかも王冠は頑丈な防弾ガラスの中にあり、各種の警報装置でガードされている。
「美術館に火をつけるってのはどうだ」
西園寺が提案した。
「あわてふためいた連中が王冠を防弾ガラス製のケースから出す。そこをいただくって寸法よ」
「そいつは、いいな。で、誰がやるかだ」
*
3日後美山は変装して、太平洋縦断鉄道を運営する会社『パシフィック・アクロス・レールライン』……通称PAR(パル)の面接に向かった。
すでに会社に潜入している西園寺の知りあいで、東京の鉄道会社に勤務していたという偽の履歴書を用意していたのである。
縦断鉄道は今まで試験運行のみだったが、いよいよ本格運行間近なので、従業員を大々的に募集しはじめていたのである。
この鉄道は最新技術をふんだんに使用したリニアモーターカーだ。
美山は事前に鉄道に関する講習を受けていた事もあり、採用が決定する。
あくまで仮採用で、研修中に落とされる可能性はあるが、別にそれでも構わない。本気で社員になる必要はないのだから。
カジノの金を盗めるまで、そこにいられるなら、それでいい。
カジノの金庫の地下に通じるトンネルは春間と西園寺が人を雇って一年前から一般の工事関係者に知られぬよう、金庫の近くまで掘り進めていた。
西園寺が雇った人達には、相場よりも高い給料を払っていた。秘密を守るためというのもある。
7/7の月曜日は作業のない日だ。この日美山と西園寺は工事現場に侵入して残りのトンネルを掘り、金庫の現ナマを盗みだすつもりだった。
問題は金庫を爆破した時に出る音と振動だ。これを完全に消すのは難しいだろう。
しかも地下金庫のすぐそばに警備の詰め所があり、常に2人のガードマンが座哨で金庫を見はっている。美山は守衛の中に、海夢を紛れこませるつもりであった。
*
美山の指示で面接を受けた富口海夢と立岡愛梨は、首尾よくカジノの警備員として雇われる。7月7日までの短期のバイトだ。
2人以外にも、大勢の人間が臨時警備員として採用された。
今までミスティー・ナイツは全て予告通りの日時に、予告通りの物を盗んでいるので、カジノが普段より警備を固めるのも無理はない。
勤務はシフト制だが、案の定7月7日の夜10時から8日の午前2時までの、地下金庫そばの警備室の勤務は誰もがいやがった。
それを見越してカジノ側も、この時間帯のこの場所での勤務者には通常の給与以外に特別ボーナスをはずむと宣告した。
そしてようやく2人の男がそれに乗った。桐沢誠(きりさわ まこと)というベテラン警備員と、ここでは山下と名乗ってる海夢の2人だ。
桐沢は50歳ぐらいだろうか。いつも疲れきったような顔をしている。二言目には『金がない』が口癖だった。
「新人の山下です。7月7日の臨時警備は、よろしくお願いします」
海夢はたまたま喫煙所に1人でいた桐沢が吸おうとしていたタバコに自分のライターで火をつけながら、自己紹介した。
そして、自分のタバコにも火をつける。
「ベテランの桐沢さんと一緒で心強いです。ぼくなんかまだ入ったばかりで、右も左もわからないもんで」
「この業界が長いだけだがね」
桐沢は苦味の方が圧倒的に多い苦笑を浮かべながら、返答した。
「本当はやりたくねえけどさ、臨時のボーナスがあるのはありがてえ。別れた女房に子供の養育費も渡さなきゃならねえし、家のローンも残ってるしな。かみさんがせがむから無理して家を買ったのに、その後で向こうから離婚宣告だからまいっちまうよ」
「そうなんですか……それは色々大変でしたね……」
海夢はしばらく相手の話を親身になって聞いた後で、なるべく不自然にならぬよう、相手を誘った。
「よかったら明日の朝、夜勤明けに2人で飲みませんか。7月7日の警備についても、お話ししたいし」
「せっかくのお誘いで悪いけど、金がないから」
桐沢はボソボソとつぶやくような、歯ぎれの悪い声で答えた。
「お近づきに、おれが一杯奢りますよ」
「でも、そんなの悪いよ。一応おれが先輩だし」
「安い店だから、気にしなくていいですよ。24時間営業の店で、3000円もかかりません。たまたまこないだパチンコでちょっとばかし儲かったんで」
結局2人は夜勤明けに連れだって、カジノの近くの、24時間営業の居酒屋に入った。そして個室で2人だけで飲み始める。
最初のうちは打ちとけようとしなかった桐沢だが、酒が進んで、海夢が熱心に相手のグチを聞くうちに、徐々にまるで甲羅のような警戒心を解いていた。
そこを見計らって、いよいよ海夢は本題に入った。
「実は儲け話があるんですが、桐沢さん一口乗りませんか」
さりげなく切りだしたつもりだが、相手の表情は硬くなり、再び心に城壁をめぐらせようとしつつある。
「一体どんな話なんだよ。まさかマルチ商法だとか、ネットショッピングじゃねえだろうな」
「とんでもない。単刀直入に言いましょう。ぼくらを手伝ってくれたなら、あなたに1000万円払いましょう。とりあえず前金が500万です」
海夢は持っていたバッグの中から札束を取りだすと、テーブルの上に積みあげた。
桐沢の表情を見る限り、眼前の状況を認識するのに時間がかかっているようだ。
「まさか偽札じゃねえだろうな……そもそもこいつは、どんな由来の金なんだよ。犯罪の片棒を担ぐとかいう話ならお断りだぜ」
「まあ、落ちついてください。本物ですから。心配ならさわって確かめてください。最初の一枚だけが本物で、後は全部白紙だなんて、せこい真似はしてないです」
桐沢はおそるおそる札束を手に取って、束の中身も確認した。
「確かに本物みたいだけど……一体おれに何をさせようって腹なんだよ」
桐沢は、猜疑心と好奇心が混じった顔で海夢を見た。
「7月7日の夜、ミスティー・ナイツの金庫破りを、見て見ぬふりをしてほしいんです」
「それじゃああんた、もしかして……」
桐沢は、化け物でも見るような目で、凝視する。
「その通り。ミスティー・ナイツのメンバーです」
桐沢はしばらく絶句したままだったが、やがて搾りだすように声を発した。
「盗みを見て見ぬふりなんて、そんな真似できるわけねえだろう」
「1000万ほしくないですか」
海夢は相手に問うてみた。
「お金に困ってるんでしょう」
「そりゃ、そうだけど……だからといって、悪い事はできねえよ」
桐沢の、目が泳いだ。
「実際の盗みは、我々がやりますから。黙認してくれさえすれば、それでいいんです」
「ちょっと待ってくれ。そうだとしても、まんまと金を盗まれたら、おれはクビになっちまう」
桐沢は、幼児のように頼りない声を出す。
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