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傷物語 感想

西尾維新原作、シャフトのリメイクアニメーション映画『傷物語』を観た。もう今年の観てよかった映画ベストに入るかもしれない。原作が出版されたのが10年以上前になるので読者諸氏もストーリーは知っていること前提で書くので、まだ読んだこと/見たことのない向きは記事をバックして今すぐ劇場に向かって欲しい。

まず、ストーリー。正直、暗喩というか、匂わせというか、とにかく想像力がないと話の意味が分からないので、原作を読んでいないとなんのこっちゃ分からないと思う。完全にファン向けの作品だ。原作には多分に含まれる言葉遊びやエロ、ギャグがことごとく省かれている。贅肉を削ぎ落とした完全なフィルム・ノワールとして完成されている。台詞は少なく、叙情的で、その分ひとつの会話にたっぷりと余韻があるのがたまらない。吸血鬼狩り3人の狡猾さと潔さは観ていて心地いい。キスショットがファーストネームであることすら、想像で補うことになる構成は素晴らしい。「全員が不幸になる方法」が生きることになるのは本当に面白いし、羽川翼が「自殺は罪だよ」と口にするのはあまりに羽川らしい良い台詞だと思う。実は忍野メメがキスショットの心臓をどさくさに紛れてもぎ取っていた下りは無くなっていて、そこに一抹の寂しさもあった。いつ来るんだっけ、と思っていたので……。

キャスティングに関しては、これはもう馴染みと安心感のある相変わらず素晴らしいキャスティングなのだが、忍野メメ役の櫻井孝宏さんが続投してくれてよかった。忍野の声は櫻井さんでないと嫌なので。神谷浩史さんの叫び声は滋養にいいとされているが、144分間の中でたっぷりと味わえる。もう神谷浩史さんの阿良々木の声の目覚まし時計が欲しい。坂本真綾さんのロリキスショットから段階を経て大人の声になるのは癖になってしまう。ちなみにほとんど出てこなかったが、読後すぐから私はポニーテールキスショットが好きだ。小学生の頃から性癖が変わらない。怖すぎる。エピソード、ドラマツルギー、ギロチンカッターの三人も、登場時間は短いながらやはりいい味を出しているし、キャストもハマり役で素晴らしい。

カットや構成だが、これはシャフトの白眉と言っていい素晴らしい出来だった。巨大樹やカラスが象徴的に登場したり、体育館倉庫の天井が十字架になっていたりするのは、非現実的で空間やその広さ深さを歪めることを特徴としたシャフト作品の、その中でも更にシャープに美しくスケールの大きい、圧倒的な展開だった。あんな学習塾が存在したら、それは維持費用で潰れるに決まっている。というか、あんなところで勉強ができるわけがない。羽川翼くらいなら可能かもしれないが……。焼かれている阿良々木やキスショットが厚塗りの筆で描いたような絵になっているところや、古傷物語と題された一人目の眷属のくだりなどは、芸が細かい。あまりにもテンポよく、しかし詩情と想像力に溢れた世界観が構築されていてリメイク前の作品ではグロテスクで冗長過ぎてやや飽きがきてしまった戦闘シーンがソリッドに完成され直し、頭蓋骨の写真がカットで入ることで物語シリーズのアニメ感が足されていたのもよかった。

音楽は安定の神前暁。キスショットが生前(吸血鬼と化す前)西洋人であったことを踏まえた上でのシャンソン風味の曲が多めなのがたまらない。劇伴はしばらく作業時に聴くだろう。神前暁の物語シリーズアニメの音楽は、私が小学生の頃に初めて歌詞無しの曲に感動した作品群で(もしかしたら戦場のメリークリスマスが先かもしれないが)、西尾維新の多分な言葉遊びを邪魔しない、耳心地のいい楽曲ばかりだ。ジャンルとしても広すぎて飽きがこない。

全体として、ファン垂涎の待たれていた素晴らしい一作だったと思う。西尾維新が西尾維新たる要素をまったく入れず、尾石達也監督作として作られた新しい『傷物語』で、その苦しい結末において、まさしく観客を傷つける物語であったと言えるだろう。私は作品に傷つけられることが大好きだ。そのための鋭敏な感性で在りたいと思うし、こんなものが新しく生み出される世界なら生きていてよかったと思える。改めて、映画『傷物語』は(もちろん原作へのリスペクトもあるが)間違いなく素晴らしい作品だった。公開初日にこんなことを書いているのだから、多分何回か観に行くだろうと思う。皆さんの感想も教えてください。見終わったあとに、忍野忍という存在に思いを馳せ、ぜひミスタードーナツに行ってゴールデンチョコレートを食べてください。原作未読の方は今から両方を味わえるかなりお得な機会だと思うので、ぜひあの銀色の箱に入った真っ赤な本を買って読んで、劇場に行ってください。以上!

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