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静止はいかにして獲得されるか -体操を観戦して-

重量挙げや体操を見ながら静止状態を作るということがどれだけ大変なことかと実感しています。人体はそもそも静止するにはあまり適した構造ではありません。例えば昆虫は外骨格によって覆われているために死んでもその姿勢で固定されます。ぱっと見ただけではその昆虫が生きているのか死んでいるのか分からないのはその為です。一方で哺乳類はその骨格を、身体の内部に仕舞い込み、その周辺を筋肉で覆っています。ですから、哺乳類は死んだ瞬間に筋の緊張が失われ体が崩れ落ちます。哺乳類が立っているのであれば死んでいるとは考えません。

さて人間ではどうでしょうか。まだ4足歩行の方が、4つの足に支えられているので安定した姿勢を保てます。人間は直立2足姿勢ですから極めて不安定な状態で立っています。日本の椅子が不安定なのと一緒です。ですから人間は立って姿勢を維持しているだけでも、大きなリソースを使っています。人間は実は常に揺れています。静止するというのは不自然なことで、意識してトレーニングを積まないとできません。

我々の運動は筋肉を通じてしか行えませんが筋肉は引っぱることしかできません。綱引きと一緒です。私たちのどのような運動もお互いの筋肉が引っ張りあって行われているということになります。当然立位の状態も筋肉が引っ張りあってバランスしているからこそ成立しています。静止とはこの筋肉の緊張のバランスがとても高く保たれている状態と言えます。

ですがこれはそんなに簡単なことではありません。筋肉は伸び縮みをするので、ゴム紐のようなものです。イメージで言うならば縁日で取った水風船のようなもので、ゴム紐のはじっこを持って水風船をコントロールするようなものです。人体は無数の筋肉を動かして運動をしているわけですが、歩行をすることそもそも立っていること自体がとても複雑な作業に支えられています。例えば水風船の下にボールペンをつけ、水風船に二つのゴム紐を繋げそれを右手と左手でもってぶら下げて、水風船で正確に文字を書こうと思うと難しさがわかってもらえると思います。そのようなことを私たちは人体で行っています。

さてこのような構造を考えますと人体が静止しているということが極めて難しいことだというのがわかっていただけると思います。そもそも直立二足姿勢の人間の体は常時揺れている。その揺れを制御する為に常時視覚で外部情報を取り入れ、補正をかけている。しかしその補正をかけるべく神経を伝達させても筋肉自体がゴムの性質を持っているから完全に細部まではコントロールできず揺らぎが残る。その揺らぎを計算に入れた上で力加減をコントロールし、結果として静止状態を獲得しているということになります。微細に動きを察知し筋肉をちょうど良い加減で引っ張っているから人は静止していられます。

私たちの体は止まるよりも動くことに適しています。哺乳類と言うのは常に揺らいでいる生き物です。オリンピアンが何気なく姿勢をとめている姿に無数のゴム紐の揺らぎを調整している様子を想像しながら興味深く観察しています。

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