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4×100mリレーで攻めるということ

4×100リレーで1,2走者での受け渡しに失敗し日本は失格しました。予選で厳しかったのでリスクをとって攻めたのだろうと思います。上位3チームのタイムを見ると、確かにギリギリを攻めないとメダルは難しかったのだろうと思います。

選手が攻めるとよく言いますが、一体攻めるとはどういうことなのでしょうか。リレーは選手同士がバトンパスをしていく競技ですが、その場に立っていてバトンをもらうわけではありません。折角前の走者が加速してきた勢いを無駄にしないように、次の走者が走り出して勢いに乗ったところでバトンをパスします。要するにリレーのうまさとはバトンそのものがスタートからゴールまでいかに無駄な減速をしないでいられるかという技術です。選手を一度意識から消してバトンだけをイメージしてみてください。リレーに関しては主役はバトンで選手は運び屋です。

選手は飛び出す際にマークを見ています。スタート前に選手がちょこちょこ歩いて行って何かを地面に貼っていますがあれがマークです。あのマークを前の走者が通過した時に次の走者が走り出します。マークを後ろにすればするほどギリギリでバトンを渡せるので速いです。だけど渡らなかったらアウト。チキンレースみたいなものです。おそらく選手たちは予選よりも少しマークを後ろにしたのだと思います。それが攻めたという意味です。

日本のバトンパス技術とはこのチキンレースの精度のことです。練習とデータを蓄積しギリギリを攻め続けて成功させる技術を作り上げ、今大会含め6大会で決勝に残り続けました。バトンパスは1レースで3回。予選と決勝で6回。5大会と今回の予選の合計で33回。この間、日本チームはずっとこのチキンレースに勝ち続けたことになります。

選手は走り出すと怖くなるそうです。後ろの選手が本当に来ているかどうか振り向いて確認することもできないためです。もしこの加速を緩めれば勢いのない状態でバトンを受け取ってしまい折角獲得したスピードが失われる。またちょっとでも気の迷いがあればそれ自体が加速を阻害します。だから一度飛び出したらあとは前を向いて全力で走り、きっと後ろは追いつくはずだと信じるしかない。

バトンは30mのテイクオーバーゾーンの中で渡さなければなりません。なるべく加速してから渡そうとするなら30mをギリギリまで使いたい。けれどもそれをするとき、選手はテイクオーバーゾーンの終わりのライン(これは実際に選手に見えています)がどんどん近づいてくる中、渡らなくて失格するかもしれないという恐怖とせめぎ合うことになります。まさにチキンレースです。

その恐怖心を克服してきたのが選手同士の信頼です。長期の合宿と選手同士の感覚の共有によってチキンレースを成功させ続けてきました。今回あれだけ山縣がかっ飛ばせたのは多田選手への信頼があったからだろうと思います。選手はただ前を向いて走り、後ろから声がかかれば腕を差し出しあとはそこにバトンが差し込まれるのを待つ。全く後ろに対し躊躇しないという姿勢が日本の強さでした。今回はそのチキンレースに負けました。

守って4-6位あたりを狙う方法もあったと思います。けれどもとにかく守らずに躊躇せず攻めた選手と、リレーの関係者の決断を私は本当に尊敬します。陸上の世界はゼロサムゲームです。どちらかが勝てばどちらかが負けます。日本のリレーがここから学び再び立ち上がれることを信じています。


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