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イノベーションを起こすための「ジョブ理論」

国際会議参加のために訪問したシドニーで,オペラハウス近くの植物園を散歩しつつ本書「ジョブ理論」を読んだ.破壊的イノベーションのクリステンセン教授の共著で,イノベーションを起こすために為すべきことを示している.実例も豊富で面白かった.原題は「運任せにするな」という感じで,本書では繰り返し,イノベーションを運に任せるな,顧客の片づけるべきジョブ(jobs to be done)は何か,それをいかに片付けるかを考えろ,と述べている.

イノベーションを創り出す方法論をまとめた本書「ジョブ理論」の冒頭にこう書いてある.

破壊的イノベーションの理論は,複数の反応が競合して同時に起こる競争反応のモデルとして力があり,いまも有効だが,次の新しい機会をどこで探せばよいかは教えてくれない.どこでどんなイノベーションを起こせば,実績ある優良企業を弱体化させたり,新しい市場を形成したりできるのかのロードマップも示さない.だが,「片づけるべきジョブ」理論ならできる.

p.26

クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」は企業の大きな成功体験が他社の破壊的イノベーションに破れる原因となることを示したが,では,どのようにすればイノベーションを起こせるのかは示していない.この課題を解決したのが「ジョブ理論」であるというわけだ.

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
クレイトン・クリステンセン,タディ・ホール,カレン・ディロン,デイビッド・ダンカン,ハーパーコリンズ・ ジャパン,2017

成功するイノベーションをもたらすのは何か.それは,顧客の特徴を調べ上げることでも,商品に派手な飾り付けをすることでも,最新のトレンドを捉えることでもなく,消費者が特定の状況で成し遂げようとする進歩(progress)を理解すること,つまり,根本的な因果関係のメカニズムであると述べられている.

我が社の素晴らしい技術力を見せつけてやるぜ!と言って作られた超高機能製品は顧客の片付けるべきジョブを片付けない.そこには潜在顕在を問わず顧客の視点がないからだ.UI/UXが大事と言いつつ製品の見た目だけに拘るのも同様である.

本書「ジョブ理論」では,因果関係を捉えることの重要性が繰り返し述べられている.調査データなどから相関関係を抽出してもあまり役には立たず,因果関係を理解しないと,ジョブが何であるかを把握し解決することは難しい.

「ある特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」が本書での「ジョブ」の定義である.ジョブ理論は,顧客が特定の製品やサービスを購入し,使用する原因は何かという問いに対して,顧客の生活に生じたジョブを満たすためであると答える.重要なのは,顧客のジョブを理解することであり,そのためには,ジョブを3つの観点から理解する必要がある.つまり,機能的,社会的,感情的側面である.どの企業も顧客のニーズを捉えようと,調査を実施し,データを集めているが,ほとんどは機能的側面しか見ていない.社会的側面と感情的側面を見ないと,顧客のジョブを正しく理解することはできず,イノベーションを起こすこともできない.

顧客の本当のジョブが何かを理解していないと,万能な製品やサービスを提供しようとして,あれもこれもと盛り込んでしまい,結局誰も満足させることができない.顕在化しているユーザだけを対象にしていてもいけない.現状では自分のジョブを片付けてくれる製品やサービスがないと判断し,何も雇用しないことを選択している「無消費者」に目を向けることが大切である.そこに好機がある.多くの企業は顧客のニーズを掴むために大規模な市場調査をするが,無消費者こそ調査すべき対象である.

ジョブが何であるかを理解するための情報源として有用なのは,自分自身の生活である.ボーッと生きているのではなく,自分のジョブに自覚的になろう.多くのスタートアップ企業はそのようなところから生まれてくる.誰かが間に合わせの策や代替行動でジョブを片付けているとしたら,顧客が製品やサービスを意外な仕方で使っているとしたら,そこにイノベーションの手掛かりがあるかもしれないので,注意深く観察するべきである.

顧客は自分の要求を正確に漏れなく表明できたりしない.購買の動機は複雑であり,購入に至るまでの経緯も入り組んでいる.アンケート調査のようなもので顧客のジョブを把握するのは難しい.特に,購入時にだけ注目し,実際に使用している状況に目を向けないのでは,ジョブが解決されたのかどうかがわからない.顧客が何を雇用するのか,さらには何を解雇するのかを注視する必要がある.そこには顧客のストーリーがあり,そのストーリーから顧客のジョブの機能的,社会的,感情的側面と,ジョブを片付けることを妨げている障害物を読み取ることができる.

顧客のジョブを十分に理解できたら,ジョブの詳細をジョブスペックとして把握する.このジョブスペックには,顧客が求める進歩を機能的,社会的,感情的側面から記述したものや,受け入れられるトレードオフ,打ち負かすべき競合相手,克服すべき顧客の障害物などが含まれる.ジョブスペックに対応する解決策を検討することがイノベーションに繋がる.

イノベーションの成功の秘訣は,顧客のジョブスペックに対応する体験を創造し,顧客に届けることである.多くのサイロ化した組織は,効率を上げることや,特定の機能を使って狭い範囲の成果を達成することを目的としている.ジョブを解決する体験を顧客に提供するためのプロセスに一貫して取り組めていない.顧客にとって重要な体験をどれだけうまく提供できたかを測る指標を用意し,測定し,それを継続する必要がある.ジョブを中心とした組織にならなければならない.

成功した企業の多くは,その創業時に,満足な解決策が存在しない重要なジョブを見付けだし,その解決策を生み出している.ところが,企業が成長するにつれ,顧客のジョブを蔑ろにし,自分たちのジョブしか見えなくなる.解決すべき顧客のジョブではなく,自分たちの製品やサービスが自分たちの仕事を定義するかのように行動し始める.その原因に3つの誤謬がある.

  • 能動的データと受動的データの誤謬
    顧客のジョブの奥深い複雑さを特色づけるデータ(受動的データ)を重視しつづける代わりに,自分たちの業務に関係したデータ(能動的データ)を生成し,そればかりを気にするようになる.

  • 見かけ上の成長の誤謬
    顧客に売るプロダクトの数を増やしたり,ジョブの種類を増やしたりして,成長しようとする.このような見かけ上の成長は,中核的ジョブを丁寧に解決していく状態とは正反対である.

  • 確証データの誤謬
    既存のビジネスモデルに合うようなデータをマネジャーが生成しようとする.

イノベーションの機会を探し当てるためには,能動的データをいじってもダメで、現実の乱雑な体験の中から意味を見出し,ストーリーを通して片付けるべきジョブを明らかにするしかない.そう本書では指摘されている.

データ活用!が叫ばれてデータサイエンティストが量産されているわけだが,泥臭く受動的データに取り組むのではなく,機械的に収集される能動的データをいじってよしとする(データがあれば何でもしますよ的な)人は,まさに上述の誤謬に陥る危険性が高そうだ.そこがデータサイエンティストの差別化ポイントになるだろう.

多くの企業は高尚なミッションを掲げているが,そのミッションを日々の行動に転換できずに苦労しているところも多い.しかし,顧客のために解決する最も重要なジョブを理解すれば,そしてその企業の存在理由であるジョブを明確に定義して表明すれば,それは企業全体を動かすスローガンとなり,イノベーションの道標となり,共通の目的に社員を向かわせることができる.

ザッとこのようなことが書かれていた.事業を創るために顧客のニーズを捉えよとはよく言われることだが,ニーズではなく,顧客の片づけるべきジョブ(jobs to be done)を理解せよというのが本書「ジョブ理論」のメッセージだ.そのための方法と具体例が示されている.

ジョブ理論が使えるのは,何も企業と顧客の間柄だけではない.大学で学生をどう教育するかについて考える際にも,学生のジョブを理解し定義することが役立つだろう.

なるほどと思える,興味深い内容だった.

© 2023 Manabu KANO.

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