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『チェリまほ』第11話感想

世の中は、優しい人が、わりとしんどいようにできている。

ちゃんとルールを守ろうとしたり、人を傷つけないように言葉を選んだり、相手の痛みに思いを寄せたり、そういうことしていると、どんどんどんどん自分がしんどくなるように、世の中はできている。

だから、優しい人を見ると、そんなに優しくなくてもいいんだよ、と声をかけたくなってしまうのだ。


誰のことか。

安達と黒沢のことである。


『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』というドラマがある。本来ならここでどういうドラマか説明するのが優しさなのですが、このページを踏んでいる時点でドラマを知っているとみなして、ここはサクサク先へ進んでいきたい。もしそんなドラマ知らんという人がいたら、まずは「チェリまほ」でググってほしい。Google先生はどんな人にも優しいので、大抵のことはすぐに教えてくれます。

観る人たちの心をキュンとさせて、頬をヘンニャリさせて、手足をジタバタさせてきたドラマもいよいよ残すところ最終回のみ。そして、例に漏れず、最終回の直前で安達(赤楚衛二)と黒沢(町田啓太)は破局を迎えてしまった。

ぶっちゃけて言うと、この流れ、わかってた。これでもそれなりにこういうドラマをたしなんできた身。最終回の1話前は絶対に不幸が起きるって、先祖代々教わってきた。これが『進撃の巨人』なら「2年前の地獄を見てきた者達だ。面構えが違う」っていう例のコマを貼っている。ありがたいことにもう抗体はできているのです。


なのに、泣いた。めっちゃ泣いた。

うーん、めっちゃ泣いた、という表現はちょっと違うな。

わんわんとむせび泣く感じじゃない。ただ吸い寄せられるように画面の向こうのふたりを見つめていたら、自然と涙がこぼれていた。涙がひとしずく頬を伝う。その感触は確かにあるのに、なんだか自分の涙じゃない気がした。

そして、その違和感の正体は終わってから気づいた。あの涙は、安達と黒沢の涙だ。安達があんなに泣くから僕ももらい泣きしてしまって、黒沢が本当は泣きたいくせに泣かないから代わりに僕が泣いた。自分の中に、安達も、黒沢も、いるような、なんだか不思議な感覚だった。

その日の朝まではあんなに幸せそうだったふたりが、どうして「もうここでやめておこうか」なんて道を選んでしまったのか。それは、ふたりが優しすぎたからだ。

安達は、気は弱いけど、とても優しい人だ。「人の心が読める」という魔法が使えるようになってからも、決してその能力をむやみやたらに使わなかった。でもそんな安達が少しずつ魔法に甘えるようになる。せっかくの遊園地デートを台無しにしてしまった自分に対して、黒沢が何を考えているのかわからなくて、つい安達は黒沢の心を覗いてしまう。

ほんの少し前の安達なら、そうはしなかったと思う。だけど、つい易きに流れてしまったのは、黒沢に嫌われるのが怖かったら。黒沢のことがどんどん好きになって、その分、どんどん嫌われるのが怖くて、魔法に頼ってしまう。そのズルさを見過ごせるほど、安達は図太いやつじゃなかった。

寺島部長(峯村リエ)の心を読んでしまったときもそうだ。安達がもっと図太ければ、うっかり知ってしまった寺島の本音を悪用することも心が咎めなかったはずだ。だけど、安達は優しいやつだから、ズルをした自分が許せなかった。

そして、気づいてしまったのだ。みんなが認めてくれている自分は、魔法によってうまくやれている自分だということを。六角(草川拓弥)が「かなりの気配りストっすね」とリスペクトしてくれたのも、魔法で六角の心を読んだからだし、藤崎さん(佐藤玲)に「俺から見た藤崎さんは仕事めちゃくちゃがんばってて、毎日楽しそうだから安心してって、俺がお母さんに伝えます」と言えたのも、魔法で藤崎さんの悩みを知っていたから。取引先の社長の不興を買い窮地に陥った黒沢のピンチを救えたのも、魔法のおかげ。「俺でも黒沢の役に立てたんだ」と喜んではみたけれど、役に立ったのは自分じゃなくて、魔法の力。

そう気づいた瞬間、周りから認めてもらっている自分と、本当の自分にギャップを感じてしまった。人から愛された経験がなく、「俺なんか」と殻にこもっていた安達を、黒沢の愛が外へと引き出してくれたけど、黒沢が見ている自分もまた魔法込みの自分であって、本当の自分じゃない。結局、本当の意味で安達はまだ「俺なんか」の殻から抜け出せてはいなかったのだ。


黒沢にしても、優しさが前に出すぎて、先に自分から手を離してしまった。黒沢は、いつだって安達に優しい。一度も安達を否定したことはないし、安達の気持ちを最優先してくれる。だから、大好きな安達を苦しめているのが自分なら、自分が身を引けばいい。自分の苦しみより、安達の苦しみを考えてしまうのが、黒沢という人間なのだ。

これまでもずっとそうだった。王様ゲームでキスをすることになったときも、安達が怖がっているのに気づいて、おでこにキスをした。そして、安達に何か言われる前に「いやだよな、普通、男となんて」と予防線を張ってしまう。安達に告白をしたときも、安達が返事をするより先に「ごめん、やっぱり忘れて。俺もそうするから」と逃げてしまう。

黒沢の笑顔はとっても爽やかだけど、作り笑いはいつもぎこちなくて、困ったような笑いジワが涙の代わりに泣いている。

でもそれは、安達や黒沢だけじゃなくて。恋をしたら、多くの人がそうなるもの。どんなに相手から好きになってもらっても、相手が見ている自分と本当の自分との間に差がある気がして、それをいつか見破られるのが怖くて怖くてたまらなくなるし、何かを言われて傷つくくらいなら、その前に笑い話にして全部なかったことにしてガードをしたくなる。そんな、誰もが経験してきた不器用な恋を、『チェリまほ』は丁寧に描いている。だから、こんなにも惹きこまれてしまう。


きっと黒沢は「もうここでやめておこうか」と言ったとき、安達に「いやだ」と止めてほしかったんじゃないかな、と思う。だけど、安達はうなずいた。そのときの黒沢の、かすかに揺れた目元から、わずかに震えた唇から、傷つきつつも、こうなることはわかっていたような痛みが伝わってきた。「わかった」と口にする前に、片眉だけ跳ね上がるところも、作り笑いの得意な黒沢らしくて、観ているこちらまでうまく息が吸えなくなる。

そして、「もうここでやめておこうか」と言われた安達の、絶対にここでうなずいてはいけないとわかっていながら、だけどもうこれ以上この苦しみを抱えていることに耐えられなくて、出口を探すみたいにうなずくさまがリアルすぎて、かつて自分も味わった古い別れの記憶が甦ってくるようだった。

つくりものとわかっているのに、どうしてこんなにも心が切り刻まれてしまうんだろうか。なんだか今こうやって文字を打ちながらも、自分が失恋したようで、胸が苦しい。本当にすごい魔法を『チェリまほ』はかけてしまった、と今さらながらに打ちひしがれてしまう。


残すところは、あと1話だ。あとはもうこちらは俎板の鯉のつもりで待つしかない。だけど、その前にお願いをさせてもらえるなら、どうか安達には思い出してほしい。そもそも黒沢が恋をしたのは、安達が魔法を使えるずっと前。いつも完璧に振る舞っている黒沢の弱さを屈託なく「なんかいいな」と言える安達の純粋さを、黒沢は好きになったのだ。

確かに六角に対して偏見はあったけど、六角の気配り屋なところを知って、外に出るチャンスをつくったのは、魔法に関係なく安達が優しいやつだからだし、藤崎さんも魔法が使えるずっと前から、恋とか愛にとらわれていない安達のことを好きだなと思っていた。

だから、魔法が使えなくっても、安達は安達なのだ。怖がることなんて何もない。一歩踏み出してみれば、世界は自分のことを受け止めてくれるんだと、この数ヶ月で安達は知ることができた。だから、どうかもう一度勇気を出してみてほしい。

そして、黒沢も優しいことはいいことだけど、それで自分を犠牲にしすぎてしまうなら、もっとワガママになっていいと知ってほしい。全部が全部、安達のためじゃなくていい。自分のためにやったことが、安達のためになっていることもあるのだと気づいてほしい。

優しい人たちが、その優しさのせいで悲しい想いをしないでほしい。優しさのせいで傷ついたり傷つけられたりしないでほしい。優しいことは、時に臆病なことにもなる。ならば、ふたりには臆病という檻をどうか突き破ってほしい。


そして同時に、優しさのせいでこんがらがったふたりの糸をほどくのもまた優しさなんだと信じている。このドラマは、同性愛だけに限らず、いろんな人たちがこの社会で生きていることを、優しい目線で描いてきた。だからこそ、最後もまた優しさでハッピーエンドを掴んでほしい。

安達と黒沢の周りには、優しい人がいっぱいいるんだから。柘植(浅香航大)が、湊(ゆうたろう)が、六角が、藤崎さんが、浦部先輩(鈴之助)が、安達の優しさで救われてきた人たちが、今度はその優しさで安達を救ってくれると信じている。


僕たちが生きる世界には、悲しいことがありすぎる。理不尽なことが多すぎる。そして、そういうとき、いちばん最初に虐げられるのは、決まって優しい人たちだ。

だけど、優しい人が損をするのが世の中だなんて、わかったような顔をして言いたくない。そんな世界でも優しさを忘れずに持っていれば、きっといいことがあるよねと、『チェリまほ』には信じさせてほしい。そんな最高のラストシーンが、辛いことの多かったこの2020年をがんばった僕たちへのクリスマスプレゼントになればいいな、と直前ながらサンタさんにおねだりをしてみたいと思う。

靴下の中身を確かめるのは、クリスマスイヴが終わった深夜25時30分。リボンをほどいたら、きっと箱からいろんなものが飛び出してくるだろう。

でも、最後に残るのは希望だと、昔の神話から決まっている。人生史上最高に優しいクリスマスを、きっと『チェリまほ』という名のサンタクロースが届けてくれるはずだ。

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