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トイプードルを預かったら人生変わった件

どうしたものか。2匹のトイ・プードルがなんでぼくの部屋にいるのか。この独身アラサーの寂しい男(つまりぼくのこと)を健気に見つめるこの4つの瞳は一体なんだ?

ででーん

話は2020年に遡る。当時の日本は(というか世界はというべきかもしれないけれど)コロナ真っ只中だった。

ぼくはその頃アマゾンジャパンという会社で働いていて(Amazonの日本支社)日本で開催するプライムデーの全体を統括するプロジェクトマネージャーをしていた。プライムデーとはプライム会員向けに実施する年に一度のビッグセールだ。毎年夏に開催するこのイベントの準備は少なくとも半年以上前から始められる。商品の調達、セールの設定、セール会場のページ作成などなど会社をあげて取り組むもので、イベントまでの社内はまさにお祭り騒ぎといった状態だった。

そんなわけでイベントをひと回しするだけでも一筋縄ではいかないのにこの年は輪をかけて大変だった。それは言うまでもなく、あの流行り病の仕業だった。

コロナの影響は凄まじく、社内ではイベントそのものを中止すべきか?もしくは延期すべきか?ということでてんてこ舞いとなっていた。当然ど真ん中にいるぼくは昼も夜もなく働く日々だった。

あーーーこりゃ仕事以外のことは当分なんも出来んぞ。

そう思ってた矢先だった。


「ゴールデンウィーク中にトイ・プードルを預かってくれない?」


その依頼は唐突にやってきた。よくご飯を一緒に食べている仲の良い女友達から相談されたのは4月のこと。2匹のトイプードルを飼ってること、そしてその子たちがとっても可愛いことをぼくはよく知っていた。

でもよりによってなんでぼくに?

緊急の用事で九州の方に行かなくちゃ行けなくなってね‥。いつもだったらペットホテル (ペットを一時的に預けられる場所) に預けるんだけど、このコロナ禍でどこも休業しちゃってて。。

ね、お願い!

ぼくは迷った。

もちろん大事な友人のためにできることはしたい。こういうところで役に立つのがいい男ってもんじゃないか。いくら平日バタバタと働いているとはいえ、ゴールデンウィークはぽっかりと空いていた。そしてコロナが理由でどこにも遠出ができないことも分かっていた。そんな折に「きっとひまだろう、あいつは」とぼくに白羽の矢が立ったわけだ。うむ、実際ひまだったわけだから目の付け所がいいぜ。

でもぼくには心配事があった。それはもうシンプルに「こんなぼくにワンコを預かることができるのだろうか?」ということだった。

ワンコとは縁のない人生だった。実家で犬を飼っていたということもなく、友達のおうちがワンコを飼っていてよく遊びに行ってた、なんてこともなかった。誇張ではなく「ワンコ」とはぼくの日常には存在しないものだったのだ。

そんなぼくがあのトイプードルを?しかも2匹同時に預かるだと!?

荷が重いといえば重い…というか重すぎてその場で地面にズボズボと埋まってしまいそうだった。大事なペットの命を預かるわけだから責任はとっても重大。これはそんな無責任に引き受けていい類のものではない。

そう頭では理解していた。

それなのに。

どこかで心に惹かれるものがあった。「ちょっと預かってみたいな…」心の奥底でそんな気持ちがうずうずとしていることに自分自身が驚いた。怖いもの見たさ、というか、こういう新しいチャレンジにめっぽう弱いのだ。ダメだと分かっててもやってみたくなってしまう。


明日までには返事をしないといけない。


どうする、おれ!?


脳内でしっちゃかめっちゃかと緊急会議をした後、ぼくはその友人のメッセージに返信した。

よし分かった。じゃあ1匹だけ預かるよ!

初めてワンコを預かるから2匹はちょっと自信ない。すまん。

でも1匹は全力で預かるから!

…要はひよってしまったのだ。2匹は荷が重すぎるから1匹で妥協してくれという心の叫びだった。

でも第一、他に預けられる人がいないからぼくに頼っているわけだ。そしてもちろん1匹ずつ別の人を見つけて預けるという手間をかけるのも面倒に決まっている。ぼくは自分が言ったことを今こうして思い起こしてみて「なんて情けない男なんだ」と深くため息をついてしまう。穴があったらすっぽりと入りたい。

返事はすぐに返ってきた。なにかを察したみたいだった。

そうだよね…。ごめん。

やっぱり預ける話はなしにしよう。ワンコを飼ったことないのにいきなり預かるなんて不安だよね。

わたしが勝手だったわ、、、ごめんね。他の友達当たってみるから気にしなくていいよ。真剣に考えてくれてありがとう!!

その返信を目にした途端、そこにはぼくの返事があった。これはウソじゃない。無意識にぼくは返信していたのだ。

やっぱり2匹とも預かるよ!

2匹ぐらいちょうどワンコ預かりたい気分だったんだよね。不安とかぜんぜんないな〜〜〜。いやちょうどいいわ、2匹ぐらい。

というわけで任せてちょうだい!!

そうして5日間に渡る2匹のトイプードルとの生活が始まった。

今となってはなんでぼくがあんな返事をしたのか分からない。この冒険にワクワクしている自分を抑えきれなかったから、というのが大筋の理由だろう。でもそれ以上に「この経験が自分の人生にとって一際大事なものになる」ということが薄々分かっていたからなんじゃないか。

今振り返ってみるとそう思わずにいられなかった。

ぷうすけとももこ

そんなこんなでトイプードル、略してトイプーが我が家にやってきた。

カメラ目線ならお手のもの

手前にいるのが男の子の"ぷうすけ"。奥にいるのが女の子の"ももこ"。「和風な名前をつけたい」との意図でジャパニーズな感じのネーミングになったようだ。

ぷうすけはちょっと神経質なツンデレくん。そっぽを向いているかと思ったらスリスリと寄ってきて甘えてくるよ。でも抱っこしてあげようとすると「そういうんじゃないですけど」みたいな感じでプイッとふてくされるから注意してね!

ももこは天真爛漫なみんなのアイドル。とびっきりの甘えん坊で寂しがり屋さん。興奮するとキャンキャンと叫ぶから要注意!散歩中は訳もなくダッシュするから上手くコントロールしてね。

飼い主からこんなお達しがあった。ぼくは「同じトイプーでも性格が違うってことがあるんだな」としみじみと感心した。ワンコを飼っている人からすると当然の話かもしれないけれど、ぼくには新鮮なことだった。ワンコだけじゃなくて動物全体が実はみんな違う個性と個体を持っているものだと想像してみる。そう考えただけでなんだか世界はとっても豊かな場所に思えたのだった。

初日 -ドキドキのお散歩デビュー-

いよいよワンコを預かる。「はて、なにを準備したらよいか?」と悩む。

「とりあえず大掃除でもするか」と思い立つ。部屋を片っ端から片付けることにした。はじめて迎えるゲストのことを考えると自然と気合が入った。「ほこりとか嫌がるだろうな」と想像をめぐらせ、普段やらないような雑巾掛けまでしてみた。よし、これでピカピカだぜ。

そんなこんなをしているうちにお昼を迎えた。約束の時間に飼い主とワンコが我が家にやってきた。まず最初にワンコがトイレをする場所やお水を飲む場所を作ってあげる。そしてゆっくりできるスペースを作ってあげるために折りたたんだ毛布を置いておいて小さいカーペット代わりにした。ベッドに上がれるようにミニ階段も作ってあげた。そして今度はご飯の作り方やあげ方の手解きを受ける。すべてが初めてのことだらけで目新しかった。

我が家にワンコがいる。しかも2匹。

いつも仕事と好きなこと(レコードを聴いたりギターを弾いたり)をするスペースだったぼくの部屋が一気に共同生活空間となった。その違和感といったらなかった。

そしてワンコたちもその違和感を思いっきり感じているような節があった。「ん、ここどこ?」とでも言っているような様子だった。

こんにちわ、ぷうすけとももこ

一通り家のセットアップが終わったら今度は散歩の練習をすることに。ぼくは中目黒の商店街の近くに住んでいたので、目黒川沿いのあたりを散歩することにした。

「お散歩いくよ!」と声をかける。するとさっきまで落ち着かない様子だったワンコたちが急にこちらにイノセントな眼差しを向ける。かと思ったらももこがくるくるとその場を回り出し「キャンキャン!」と叫び出した。

ぼくは「え、どうした!?」とテンパる。けど飼い主は冷静にこうフォローするのだった。

"お散歩"って話しかけると興奮するのよ。もしももこがあんまりにうるさかったら抱っこしてあげてね。

そうか。お散歩というのはこの子たちにとってそんなにもワクワクするイベントなのか。「ぼくが預かる間は毎日欠かさずお散歩に行こう」と心に誓う。

目黒川沿いを歩く。ももこはなぜだか猛ダッシュする。もはやアスリートかのようにぜえぜえ呼吸をしながら必死に前に進もうとしている。一体何を目指しているのだろうか(笑)。その一方で、ぷうすけはクールに風を感じているのかその場で遠くを見つめながらなかなか歩き出そうとしない。ぷうすけは佇まいがカッコいい。歩き出してくれたかと思ったら「あっちの草の匂い嗅ぎたいです」「こっちの茂み気になります」といった様子でくんくんと鼻を立てながら匂いを味わっている。どこか余裕を感じさせる。

こんなに性格が違うもんだなと改めて驚いていると、一斉に2匹とも足をすくめるようにしてその場で立ち尽くした。「ん?」と思うと後ろから軽自動車が背中越しに走り去っていった。すると後ろにいた飼い主から御指南が。

自転車や車にしっかり気をつけてね!リードを短く持って道路に飛び出さないようにしようね。

そっかそっか、ワンコの目から見ればあんな怖いものはないわけだ。今度は車と自転車に目を配らせながらゆっくりと川沿いを歩く。

ぼくは目黒川沿いをよく散歩していた。仕事が煮詰まったときに。もしくは休みの日にリフレッシュするために。そんな時はいつも自分のことばかり考えていた気がする。「あーあの仕事はこうすればよかった」とか「あーあんなこと言わなきゃよかったな」とか。

でもこうやってぷうすけとももことする散歩はなにかが違った。全力で散歩を楽しもうとしているももこと道路沿いのなんでもない葉っぱの匂いをくんくんと嗅いでいるぷうすけを見ていると「なにが大事なんだっけ?」と思わず考えてしまう。

ぼくらは目黒川沿いのイタリアンレストランで夕ご飯を食べた。ワンコに関する話もそうじゃない話もしながら。散歩後に飲むビールはいつもより喉に染みるようで格別だった。

それじゃあ明日からよろしくね。なにか困ったらいつでもLINEしてね。ほんとに今回はありがとう!

その言葉を聞いた途端とっても怖くなってきた。ぼくだけで本当に問題なくこの子たちを面倒見れるだろうか?

隣に座っているももこの顔を覗き込む。するとももこもぼくの顔を覗き込む。その表情には不安というものがはっきりと見てとれた。それを見てぼくの心は不安でいっぱいになった。

でも誰かがなんとかしなきゃいけない。そう、ぼくがなんとかせねば。

不安げにこちらを見つめるももこ

ぼくは一人でワンコ2匹を連れて家に帰った。ぷうすけはむすっとした表情で用意しておいたミニ犬小屋にもそもそと入ってしまった。どうやらまだぼくに警戒をしているようだ。ももこはいつまで経っても寝つかなかったのでぼくのベッドで一緒に寝ることにした。ぼくは「この子たちは本当に眠ってくれるんだろうか?」と不安になり、なかなか寝付けなかった。

2日目 -コーヒー屋さんとの会話-

朝。目が覚めるとお腹の横になんだかもそもそしたものがいるではないか。掛け布団を捲ると気持ちよくあくびをしているももこがそこにはいた。

あくびしてるし

「そうだ、ぷうすけとももこがうちにいるんだった」と当たり前のことに気付いてハッとする。昨日まで普通の一人暮らしだったのになんだか不思議な気分だった。

のそのそとぷうすけも起き上がってきた。ぼくは指示された通りの手順でご飯を作ってあげる。チュールという液状のご飯をドッグフードに混ぜる。「そう言えばこのチュールってAmazonのセールで爆売れしたことがあったな」と思い出す。パッケージをぼんやりと眺めながら「そうかワンコのご飯というのも一つの大きな市場であり世界なんだな」と思った。

ご飯の匂いですぐ分かったのか、ぷうすけもももこもバタバタとして落ち着かない様子でこちらに強い視線を向けてくる。ご飯を入れたトレイを2匹の前に差し出す。するとももこは(思った通り)爆速でかぶりつきムシャムシャと食べ始めた。ぷうすけは一粒一粒を味わうようにゆっくりと食べていた。「ぷうすけとももこはなにからなにまで違うんだなー」と思いながらその食べっぷりをぼんやりと眺める。

散歩の時間がやってきた。ワンコ用のバックに2匹を入れてあげる。家の前は車がよく通るので散歩場所まではバッグで運んであげることにした。ぷうすけとももこも散歩だと分かっているのか勢いよくバッグに乗り込んできた。よし、出発するぞ。

玄関ドアを開けようとしたときにふと思い立つ。「このバッグに入った状態の写真を撮りたい…」そんな感情が心の奥底から湧いてきた。そう思って玄関の鍵の部分に一度バッグをかけてみる。スマホを取り出してカメラを向ける。ぼくは思わずのけぞった。


か、、、、かわいい、、、、!!!



ぼくは声を押し殺しながらそうつぶやいた。いかんいかん。ぼくはこの子たちを散歩に連れて行くのだった。こんなことしてる場合じゃない。

かわいいぜ、まったくもう!!

今日は祐天寺方面の小道を散歩してあげることにした。「ワンコは新しい匂いを嗅ぐとストレス解消になるから、こまめに散歩道を変えてあげると喜ぶかも」という話を聞いたことがあったからだ。

この道は車が通らないこともありワンコの散歩コースとしてひそかに人気なようだった。その証拠にワンコを連れて散歩する人々と何度もすれ違った。

ももこは今日も猛ダッシュ。ぷうすけはというと今日もくんくんで大忙し。なかなか足並みは揃わないが、それも一興ということで前に進む。

くんくん、お疲れさまです

20分ほど歩いたところで休憩をする。小道の横に設置された木のベンチに座る。晴れた日の散歩は心地よい。道の脇の草木は生い茂り、さらっと吹く風にはかすかに夏の香りがした。ベンチの前でぷうすけは相変わらずくんくんしている。やることがなくなったももこもとりあえずぷうすけのマネをしている。

ふたりで一緒にくんくん

そうしてベンチでぼーっとしていると出し抜けに声が。

トイプードルですか??

見ると20代ぐらいの女性が目の前に立っていた。どこかで見覚えのある顔だなーと思ったところですぐに気が付いた。そう、それはぼくが毎日通っていたコーヒー屋さんの店員だった。"中目黒で一番小さいコーヒー屋さん"というキャッチコピーのそのお店で毎日スペシャルティコーヒーというのを買うのがぼくの日課だった。これが香ばしく深い味わいで最高においしいのだ。

ぼく「こんにちわ。そうです、トイプードルですよ。」

コーヒー屋さんの女性「可愛いですねー!飼ってらっしゃるんですか??」

ぼく「そういうわけじゃないんですが、今お友達のワンコを預かってるんですよ。」

コーヒー屋さんの女性「へーいいなーーー。とっても楽しそうですね!」

短い会話だった。彼女はしゃべっている途中ずっとにっこりと笑っていた。生まれたばかりの赤ちゃんを見るようにはじけた笑顔でこのワンコたちを眺めていた。

その彼女とは狭いコーヒー屋の店内で小銭を渡してコーヒーを受け取るだけの関係だった。その機械的な作業の中でもちろん会話などなかった。ぼくはいつも仕事のことを考えていたし、彼女も仕事のことを考えていただろう。

「この人こんなに笑うんだ」

会話をしている途中にぼくはそう思った。やりとりを終えると彼女は「それじゃまた」と言って去っていた。ぼくはその後ろ姿を一瞥した後、ワンコたちを覗き込む。何事もなかったかのようにくんくんを続けている。

このワンコたちがいるだけで生まれる会話があり笑顔がある。そんなことに気付いただけでなんだか嬉しくなった。

見直したぞ、ぷうすけとももこ。ぼくはこの足元でうろつくワンコにそう感謝を述べた。こんなほっこりとした気持ちになったのは随分と久しぶりな気がした。

3日目 -ギターは好みじゃないけど映画はお好き?-

ようやく3日目を迎えた。最初はツンとしていたぷうすけもだいぶ慣れてきたのか、前の日の夜は一緒にベッドで寝たのだった。ぼくが朝起きて着替えようとするとずっと邪魔をしてくる。そしてなぜだかぼくのパジャマが好きでずっとそこから離れようとしなかった。なんだか気まぐれなやつだ。かわいいけど。

「これはぼくのものですから!」とでも言いたそうな

今日も散歩に連れてってあげる。この日は中目黒の商店街の裏の方を散歩してあげることに。あのワンコ用バッグに2匹を入れて散歩場所に着く。

バッグから下ろしてやると2匹とも一斉にアクションを起こした。その場で勢いよくおしっことうんちをしたのである。天気が良かったからか、気分が良かったからか、理由は分からないけど豪快に彼らはことを済ますのだった。ぼくは事前に飼い主から教えてもらった通りの手順でうんちを片付ける。

「そうか、こういうのを毎回拾わないと街はうんちだらけになっちゃうんだな」と学んだ。これも犬を飼っている人からすると当然なのだろうけどぼくには新鮮だった。心の中で「飼い主の皆様、いつもうんち拾い、おつかれさまです」と合掌した。

その日の午後は家でジャズギターの練習をした。ぼくは自由が丘にあるヤマハの「大人の音楽教室」というものに通っていた。でもコロナ中には一切のレッスンがなくなってしまったので個人練習をしていた時期だった。

ぷうすけはすやすやとお昼寝に入った。ももこは「あしょぼ!」みたいな感じでくるくるとぼくの周りを回って一緒に遊ぼうと促してきた。一通りじゃれた後にぼくはギターの練習を始める。

ももこはぼくがギターを弾く様子をつまんなさそうに観ていた。そして1分もしないうちにももこはすっと部屋の奥の方に行って「ぷいっ」とそっぽを向いてしまった。

ぼくの演奏が随分退屈だったみたいだった。「まったく薄情なやつだ」とぼくはしれっと呟く。

練習中にたまに様子を見に行くと「なんかようか?」みたいな表情を向けてくる。まったく。

夜には映画を観た。『(500)日のサマー』という映画を観た。ももこはぼくの横に座って一緒になって観ている。こんな軽快でいてビタースウィートな恋愛ストーリーがお主には分かるのか?一体ももこはサマーのほうに感情移入しているのか?それとも男のトムのほうに?

一体なにを考えてるのかな?

そんなことをひとり想像しながらぼくもテレビ画面をじっと見つめた。ワンコと一緒に観る映画もわるくない。

お別れの時間

ぼくが慣れてきたこともあったのだろう。4日目と5日目はとても早く過ぎていった。いつも通り朝早く起き、ワンコにご飯を作り、散歩をし、ギターを弾き、一緒に映画を観た。「ワンコを飼っていると規則正しい生活になるんだな」という大事な気付きもあった。

途中で兄貴としばらくぶりに会うことになった。目黒川沿いのレストランで一緒にご飯を食べることにした。もちろんぷうすけとももこも一緒に。

近況を軽く話した後、お互い映画や音楽が好きなこともあってずっとそんな話をした。そんな最中ふとなにを思ったのか兄がこう言う。

「お前なんか嬉しそうだな。なんかあったの?」

思わず笑ってしまった。そりゃこのワンコたち以外ないでしょ。そう突っ込もうと思ったけどやめた。ももこは兄と同じく「なんかあったの?」といった表情をこちらに向けていた。まったく鈍感なやつらだ。

目黒川沿いでビールを飲みながら

気付いたら5日目の夕方になっていた。ぼくはゆっくりとお別れの準備を始めた。トイレの場所を片付け、毛布や散歩グッズもかばんに詰めた。ワンコが寝るようの小さいおうちを片付けようとした。するとぷうすけとももこがぴゅんっと飛び込んできた。そして仲良く並んで座って一向に動こうとしない。

バカみたいだけどぼくはなんだかとても寂しい気持ちになって涙がこぼれそうになった。別れが悲しかったし寂しかった。でもママがもうすぐやってくるし、元気よくママのもとに送り出してあげたい。

じゃあな、ぷうすけとももこ

飼い主はやってきた。ぼくらは近くのレストランでご飯を食べながらこの5日間のことについてあれこれ話した。ぼくは話したいことでいっぱいだった。その5日間であった生活の変化について。そしてぼくの心の変化について。

ぼくはぷうすけとももこ、そして飼い主に別れを告げた。駅の改札でホームに上がっていく彼らをずっと目で追った。そして姿が見えなくなったところでふぅーと息をついた。「あー終わったんだな」と心の中で静かにつぶやいた。

ひとり家に帰る。そこにはがらんとした部屋が待っていた。なんだか部屋が広く感じる。

5月の長い連休が終わろうとしていた。

その後の人生で起きた変化

いつも通りの日々が戻ってきた。あの慌ただしく仕事をする毎日が。でもそこにはなにかしらの変化があった。

なによりもまずぼくは道を歩いているときによく地面を見るようになった。向こうから歩いてくるワンコに目をやる。「この子はトイプーか」とか「これがポメラニアンってやつか」とか。そんなことを考える。そしてその子達が今どんな気持ちかを考えるようになった。「お腹空いてるのかな?」とか「今日はご機嫌なのね?」とか。

ぼくの人生は小さく変化した。ワンコの目線を想像するようになったという点で。それはとても小さな変化かもしれない。だけれど「人生が変わる」ということの正体はこういう小さな変化の積み重ねだったりするんじゃないかと思う。

ゴールデンウィークが終わったあとはまたあのてんてこまいの日々が待っていた。コロナの影響はとどまることを知らず、その年のプライムデーは10月に延期するという前代未聞の出来事が起きた。その裏であらゆる調整に奔走したことが今となっては懐かしい。そんな忙しい日々でも休みの日に中目黒の川沿いを散歩しているときにはふっとワンコを目で追っている自分がいた。

ぼくはこの経験をしたあとにひとつのことを決めた。それはワンコをしばらくは飼わないということだ。猛烈な可愛さにやられてワンコを飼いたい衝動に駆られたこともあった。でも朝も夜もなく働いている自分が飼ったらワンコはとっても哀しい時間を過ごしてしまう。仕事が落ち着くまではガマンしようじゃないか。

そうは決めたもののたまに思い出して写真を見返してしまう。そして、クスっと笑ってしまう。

ありがとう、ぷうすけとももこ。また目黒川沿いを散歩しようじゃないか。ぼくのつまらないギターを今度こそじっくり聴いてよな。そして映画もまた一緒に観ようじゃないか。




これでこの話はおしまいです。今日はそんなところですね。

それではどうも、お疲れたまねぎでした!



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