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昔はヤンチャだった牧師

 「昔はヤンチャだったんですよ」牧師は言う。「学校では喧嘩三昧。後輩たちにはタカリ三昧。付き合う女の子は二股三股あたりまえ。校舎の窓は何枚割ったか分かりません。そんなオレが、今じゃ教会の牧師ですからね。人生、何が起こるか分かりません」
 会衆から拍手が起こる。司会の牧師はウンウン頷く。私はボールペンを走らせる。
 「では、権藤先生が神様に出会って牧師になった経緯を、お聞かせいただきましょうか」司会者が言う。「皆さん、そこが一番気になるでしょう?」
 会衆から大きなアーメンが起こる。
 「いやあ、それこそ神様の一方的なお恵みですよ。オレの力じゃありません」と権藤牧師。「でも皆さんの励ましになるなら、喜んでお話しますよ」
 また拍手が起こる。反応の良い会衆だ。
 権藤牧師の話はこうだった。大学時代に付き合っていた彼女の一人が妊娠した。自分は反対したが彼女が中絶したがった。何度も話し合ったが埒があかず、彼女はどんどん情緒不安定に。仕方なく中絶費用を工面して彼女のアパートに向かった夜、首を吊って死んでいる彼女を発見した。
 「もう人生終わった、と思いました」権藤牧師は涙ぐむ。「二人の命を奪ったのはオレなんじゃないかと、それから毎晩自分を責めました」
 そんな悲嘆の日々の中、たまたま付けたラジオからルーテル・アワーが流れてきた。あなたは神様に愛されている、許されている、というメッセージを聞いて、泣き崩れた。
 「これだ、と思いました」と権藤牧師。「これこそ自分に必要なものだと確信しました」
 それから貪るように聖書を読み、教会に通い、神様に仕えた。数年後に神学校に行く道が開かれ、三年間の学びのあと、牧師になった。
 「正直、こんな人間が牧師になっていいものかと葛藤しました。でも神学校の恩師がこう言ってくれたんです。『君は君と同じような境遇の人たちを励ますために召されているのではありませんか』と。それを聞いて、初めて自分の使命に気づきました」
 そして牧会を始め、主が備えて下さったクリスチャンの女性と結婚し、長男と長女を授かった。教勢は順調に拡大し、今は信徒数が百名を越えている。
 「全て神様のお恵みです」と権藤牧師は締め括る。「オレは全然値しない人間なのに。それだけ神様は大きく、恵み豊かで、怒りに遅く、寛容な方なのです。ここにいる皆さんにも、そんな神様の大きさと助けをぜひ体験してもらいたいです!」
 今までで一番大きなアーメンと、割れんばかりの拍手が会堂を包む。「ハレルヤ、主は素晴らしい!」と誰かが叫だ。私は細大漏らさずメモに取った。すでに色々な媒体で読んできた話だが、本人の口から聞くのは初めてだ。この話に触れるたび、私は胸が震える。

 講演会のあと、権藤牧師に群がる会衆の波がおさまったところで、私は声を掛けた。「◯◯新聞の者です」
 「ああ、インタビューの件の」と権藤牧師。
 「そうです。お時間よろしいでしょうか」
 司会の牧師に案内されて、応接室へ。権藤牧師は革張りのソファの上座に座ると、足を組んだ。私はその向かいでメモを開く。「今日はお時間を割いていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ」権藤牧師はグラスの水を美味しそうに飲む。「オレの話で良ければ、いくらでも話しますよ。なんでも聞いて下さい」
 私は再度礼を言い、質問項目を順番にこなしていく。講演会で聞いた内容とかなり被っている。けれどこういう話は、何度でもしたがるものだ。

 「最後に一つ、お聞きしても?」と私。目に好奇の色が滲み出てしまったかもしれない。「個人的に、いささか興味がありまして」
 「もちろんいいですよ」権藤牧師は快諾する。新聞の一面に自分の写真とインタビュー記事が載るのを想像しているのかもしれない。
 「ありがとうございます」私は公式なインタビューでないことをアピールするために、メモを閉じた。「自死された女性についてですが、彼女について、その後なにかお聞きになりましたか?」
 権藤牧師の顔が曇る。眉間に皺を寄せ、ふぅっと短く息を吐く。「実はあのあと、彼女のご両親のところに謝罪に行ったのですが、にべもなく断られてしまいましてね。そりゃ、オレが殺したも同然でしたから、ご両親としては許せなかったんでしょう」
 「遺書の類は見つかったのですか?」
 「見つからなかったと聞いています。なにせ情緒不安定でしたからね。突発的に、死を選んでしまったのではないでしょうか。彼女の魂の安らかなことを祈ります」
 そして胸に手を置く権藤牧師。その頬に一筋の涙が流れる。
 「申し訳ありません、余計なことを聞いてしまいました」私は頭を下げる。
 「いえ、いいんです。これはオレが生涯負うべき十字架ですから」
 「十字架……ですか」私は時間をかけてカバンにメモをしまう。インタビューは終わりだ。「ありがとうございました。先生、最後にお祈りしていただいても?」
 「ええ、もちろん」と権藤牧師。そして目を閉じて、祈りの姿勢を取る。「天の愛するお父様、」
 すでに私は聞いていない。カバンから取り出したロープを持って、静かに牧師の背後に回る。輪にしたロープを奴の首にかけると、左右に力一杯引き絞った。
 「グゲゲッ……!」牧師が奇怪な声を上げた。顔は真っ赤になり、両方の目玉が2センチくらい飛び出す。両手は虚しく宙を掻いている。
 「嘘ばっかりだな」私は言う。「お前が中絶するよう彼女に強要したんだろ」
 牧師は舌を突き出す。真っ赤な舌はブルブル震え、次第に色を失う。
 「それでも産もうとする彼女を、お前が殺したんだろ」
 頭をのぞけらせた牧師の目と、私の目が合う。
 「なんで知ってるかって? 彼女は妹なんだよ。やっと見つけた日記に、全部書いてあったんだよ」
 牧師の目玉と舌がさらに突き出る。もはや話を理解していないかもしれない。でもどうだっていい。
 「お前の神様に助けてもらえよ」私はさらに力を込めて、ロープを引き絞った。

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