コミティア参加失敗記

コミティアに行こうと思った。
ぼくは睡眠時間と起床時間が毎日1時間ずつ後ろにずれていくという奇怪な生活リズムを有しているため、何か催し物があっても、昼夜逆転していて参加できないことが間々ある。

だが奇跡的に、今日は朝6時に起床することに成功した。
ぼくは朝食を摂り、シャワーを浴びて髭を剃ると、午前中一杯を読書に費やした。そして12時に家を出た。

地下鉄で新宿へと向かう途中、目ぼしいサークルをチェックし、告知ツイートをぽんぽんとブックマークに入れてゆく。思えば、ぼくは2018年に上京した当時から、コミティアに行くのが好きだった。福島に住んでいた頃は、フォローしている漫画家やイラストレーターがコミティアの告知をするのを眺めるたび、歯がゆい思いをしたものだった。

コミティアにまつわる思い出はたくさんある。
仲の良かったフォロワーのサークルで売り子の真似事をしてみたり、作家たちの打ち上げにちゃっかり紛れ込んだこともあった。コミティアに一度も行ったことのないという友人を連れ回したことも、ばったり知人に出くわして、共に会場を練り歩いたこともある。

コミティアというのは、ぼくにとって〝東京〟と同義だった。
そこにはあらゆる出会いがあり、楽しみがあり、作品があった。

電車は新宿駅に到着した。
ぼくは埼京線に乗り換えるため、混雑する構内を歩いた。
体調は良好だ。万全とはいえないが、マシな方だろう。

ぼくは奇妙に平板な気持ちで、東口改札を通過した。埼京線のホームへ下り、電車待ちの列に加わる。間もなく新木場行がやって来た。ぼくは車両に乗り込み、ドア脇のポールの前に立った。平板な気持ちは持続していた。

ぼくは気持ちを奮い立たせようと、先ほどブックマークしたサークルをスマホで確認した。ほしいには欲しい。買う価値はある。だが、それだけだった。ぼくは続けて、数年前の、自分にとって最上だったコミティアを思い描いた。あの人がいた。この人がいた。死んだ人もいる。描かなくなった人も。その中に、目を輝かせ、会場配置図を握りしめた、過去の自分がいた。

ふっと幻は掻き消えた。電車のアナウンスが告げていた。

「信号待ちの影響で、この電車、2分ほど遅れての運行となっております。もう間もなくの発車となります。お急ぎのところ、お客様には大変ご迷惑を……」

ぼくは電車を降りた。
せっかくの外出だ。どこかもっと、胸躍る場所に行こうじゃないか。

しかし、行きたい街の名前など、ただのひとつも思い浮かばなかった。
ぼくは入場料だけ払って、改札を出た。

当てもなく新宿を歩いた。
途中、目を赤く泣き腫らした女性とすれ違った。
女性は涙声で、スマホに向けて何かを訴えていた。
ぼくの背中は汗でしめっていた。全てが色褪せ、乾いて見える。
買いたいものも、行きたい場所もなかった。
どうしたら自分を楽しませることができるのか、まるで分からなかった。

「きっと、誰のせいでもないんだ」

ぼくは思った。

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