岩倉文也

岩倉文也

最近の記事

ほんとは

どんな言葉も 思い出せない 思い出に変わるまでは どんな思い出も 消えていくだけ 言葉がなければ 言葉は思い出を追う 月を追いかける子供のように だけどほんとは 言葉も思い出もいらなかった  あなたがぼくの前に立ってさえいれば

    • lain全話レビュー

      Layer:01 WEIRD 『Serial experiments lain』について語ることはぼくの詩的来歴について語ることと等しい。あるいはまったく無関係である。さて第一話。まずは電気を消すことからはじめよう。このアニメは暗い部屋のなかでしか楽しむことができない。暗い部屋をもたないものは、どんな鋭敏な感性をもっていても詩を書くことはできない。目を病むことなど些細な問題である。アニメとは、暗い中に浮かび上がってこそ価値があるというものだ。  オープニング曲である「DUVE

      • ライトノベル

        ライトノベルはかなしいから好きだ 少年と少女の恋は どうしていつもかなしいのだろう 未来にむかって閉じられていく 物語の行間に 薄氷に似たさみしさが 宿るのはなぜだろう かれらは手に手をとって ハッピーエンドへ駆けていく お喋りのあいまに 少女は微笑んで モノクロームの挿絵から  遠い世界の風が吹く 紙の上の少年は  紙の上の少女に恋をする 詩語が絶えずうつり変わるように 美しさの基準はかわるけれど 惹かれ合うふたりの人間がいれば 物語はひとつの運命を 生きはじめる 「

        • 蚕糸の森公園

          そして彼は歩いていった コイン・ランドリーから  幹線沿いの道を 慕わしい友に会いにゆくように 拳はポケットの中  欠伸は舌の根の奥 二月の風は冷たいが 彼を病ませるには不十分だ 高架橋の下をくぐって 横断歩道をふたつ 渡ったら 出し抜けにそれはある 滝と小池のあるささやかな公園が 子どもたちが カルガモに雪を投げている 滝の裏を探検し 裸の脛を泥まみれにする 池へと注ぐ川の流れに つまさきをひたす 冬の日は暮れてゆく なす術もなく  近くの学校で  誰かがボールを蹴

          もういちど

          夜、光がなければ降る雪はみえない ぼくたちは そんな風にして 消えたり現れたりしながら 魂の境界を  この世界の 途切れがちな波長に そっと 合わせていた 夜、とんがった耳は孤独の 冷たい靴音を聞き分ける ぼくたちがひとりだった頃 ついに得ることのできなかった こうふく という名の衣装 それがまだ はるかに点る街灯の下で ひらひらと揺れているような気がして 夜、道は続くけれど ぼくたちが 辿り着けなかった場所にばかり 灯油の匂いが残っている 止んだのかと思って 手を 翻す

          もういちど

          コミティア参加失敗記

          コミティアに行こうと思った。 ぼくは睡眠時間と起床時間が毎日1時間ずつ後ろにずれていくという奇怪な生活リズムを有しているため、何か催し物があっても、昼夜逆転していて参加できないことが間々ある。 だが奇跡的に、今日は朝6時に起床することに成功した。 ぼくは朝食を摂り、シャワーを浴びて髭を剃ると、午前中一杯を読書に費やした。そして12時に家を出た。 地下鉄で新宿へと向かう途中、目ぼしいサークルをチェックし、告知ツイートをぽんぽんとブックマークに入れてゆく。思えば、ぼくは201

          コミティア参加失敗記

          いつか来る場所/行った場所

          「おい、あんた。さっきからそこで何してるんだ?」 「流れをね、見ていたんですよ」 「流れっていうと、この……」 「ツイートです。ツイートって言うんです」 「ツイート?」 「そうです。ずっと昔から、私やあなたが生まれる、そのはるか昔から、ツイートはここにありました。そうして絶えず、流れているんです」 「どういう意味なんだ、ツイートって」 「意味はもう、だれにも分かりません。たいへんに古い言葉で……」 「なるほどね。にしてもこりゃあ、まるでまっ黒な川だな」 「よ

          いつか来る場所/行った場所

          失せた望み

          窓からのぞむ稜線と青い雲と 崇高な時は止まったまま 虫の声だけが移ろう 望んでいたはずの光が 黄色い尾を曳いて ぼくの視野から飛び去った 含み笑いを浮かべ 角の方から崩れていく 若さはまさにまぼろしだ 蜩が鳴いている 思い出がこれ以上 澄むことはない

          失せた望み

          造花の春

          ぼくは とある感情をおもいだす その曲を聴くと 目の前にひろがっている まだ けだるさに輝きがあったころ こころに 熱をもった氷柱が 垂れ下がっていたころ でも ぼくはもう疲れてしまって ツツジの花叢を 紙細工の造花と見間違える始末なのだ たぶん 多くの人を 見つめすぎたのだろう たぶん 多くの事を 考えすぎたのだろう ぼくは 人を見るまえに海を見るべきだった 考えるまえに動き出すべきだった 今じゃ すべてが作り物めいてみえる 三日に一度の外出も ゲーム・センターに通

          造花の春

          つめたい

          つめたいものが ぼくの体には流れている その川のほとりで ぼくはよく 考え込んでしまう 長く平坦な道を歩いていると どうして心が 軽くなるのだろう 坂の上から街を見下ろすと どうして電柱が 背骨にみえるのだろう ぼくは流れに指をひたして ぼくは夜からの声におびえて ぼくは目覚めぎわ しんから寂しくなって 川のほとりにいる  自分を見出す ぼくの体には つめたいものが流れている

          つめたい

          (世界から)

          ありふれた身体の喪失を死というのなら (世界から細部が消えることはない) 十年前のその日 霙が降っていた (ぼくたちは公園の  遊具のそばに集まって) 「動画撮ってんの?」 正しい時刻ただしい気候に 風の音がする (たとえば無垢の たとえば痛みの) 笑い顔があった ぼくはそれを見ていた いつか切り取られた時間が 細密画のように 壁にかけられる 日のことを ぼくは知らなかった (ひとりではなく 人と 笑えたのだ) 「まだあ?」 擦れる砂利 顎まで下ろされたマスクに 薄い

          (世界から)

          零度の風

          虚ろになっていく窓の下で うつくしい 思い出がぼくの顔を啄んでいる それから 歩いてきた幾つもの道が  古い 風景に変わるのを見ていた (たぶん ぼくが人になるまえのことだ) 暗い場所を かつて川だった苔むした 道の先を 一筋の光が走っている (ぼくは まだぼくであるのだろうか 風が吹く 枯葉がひとつ裏返る ああ なくしてしまった ぼくは大切なものをなくしてしまった) 昼と夜 朝と夕暮れ 絶え間なく意識はとぎれ ふるさとの湖に 釣り糸を垂らす人の後ろ姿が 雪の奥にまぎれ

          零度の風

          『透明だった最後の日々へ』試し読み

          1月18日発売の新作小説『透明だった最後の日々へ』(星海社FICTIONS)の試し読みとして、本編冒頭の1章を公開いたします。 あらすじ 第一部1   子供のころ、死体ごっこが好きだった。暗い寝室のベッドの上に立って、ぼくは前のめりにゆっくりと倒れ込む。視野がふさがって、甘くしめっぽい匂いが鼻孔を圧迫する。ぼくは息を吸う力を弱め、できるだけ脱力して、自分がいま、まさに、誰かにやっつけられ、息絶えていく様を空想する。ぼくは倒された勇者であり、武将であり、ゲームの主人公だっ

          『透明だった最後の日々へ』試し読み

          思い出インターネット

          はるしにゃんのTwitterアカウントが凍結されたらしく、そのことについてつらつらと考えていた。 はるしにゃんというのは2010年代前半にTwitterで活躍していた批評家で、ブログや同人誌などを舞台に旺盛な批評活動を展開していた。彼は2015年に亡くなっており、単著を残しているわけでも、商業誌で執筆していたわけでもないので、今では知らない人の方が多いかもしれない。 はるしにゃんは当時「メンヘラ」と呼ばれていた人たち、およびその現象についてのエッセイや批評、小説などを書き

          思い出インターネット

          略年譜

          ぼくの生涯を記した短い年譜の最後は きっと こんな言葉で締め括られることだろう 「彼はその生涯で  たった一篇の優れた詩すら  書かなかった  しかし彼は  雪の降る晩  野良猫に看取られながら  息を引き取るという  幸運に恵まれたのである」

          水煙

          ぼくはなんにも思わないよ、きみの魂が傷だらけになっても 雨が、垂直に降っているんだ 水煙をあげて ぼくは死んだ人が熱い 骨になることを知っているんだ 遠い過去から天使は舞いおりてきて、きみ のことを侮辱している 純粋じゃないって 純粋じゃないものは氷柱にはなれないって ぼく 街の中で孤独になる方法を知っている 見上げるか見下ろすか すればいい 小さいものをよく見つめれば いい 立ち止まって 立ち止まったまま目を閉じていればいい それで、きみが出て行った日のことを忘れてしま