(世界から)

ありふれた身体の喪失を死というのなら
(世界から細部が消えることはない)
十年前のその日 霙が降っていた
(ぼくたちは公園の 
遊具のそばに集まって)
「動画撮ってんの?」
正しい時刻ただしい気候に 風の音がする
(たとえば無垢の
たとえば痛みの)
 
笑い顔があった
ぼくはそれを見ていた
いつか切り取られた時間が
細密画のように 壁にかけられる
日のことを ぼくは知らなかった
(ひとりではなく 人と 笑えたのだ)
「まだあ?」
 
擦れる砂利
顎まで下ろされたマスクに
薄い日が射している
(霙が降っていた 既に夜に近く)
「けれどぼく
好きになることができないんだ」
匂いも思い出せる
鉄の感触も
風も思い出せる 冷たかった肌も

 それから十年が経った
(いつも 十年が経つ)
まだぼくは身体をもっている
(不思議なことだ)
「やっぱりこの子動画撮ってる! やだぁ」
抜け落ちてゆく
「なに?」
ぼくから細部が
「こういうのあるよね」
(世界から 消えることはない)
「ある?」
 
足元が映る 
土によごれた靴が見える
湿った地面 うす暗いのに 
いまでも 
笑っている
「なにそれ怖」
「これって色変えたらさぁ ホラーだよね」

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