見出し画像

居眠り猫と主治医 ⒈不養生猫 全33話 目次 リンク有 完結済み 連載恋愛小説

あらすじ

愛鳥のかかりつけ医を求め、動物病院ジプシーぎみの守屋文乃ふみの。動物の扱いが異様に上手い、すわゴッドハンドかという獣医師、夏目祐にたどりつく。

家庭環境の影響から自己肯定感が低めの彼女は、クリニック患者たち(飼い主)との交流会が、安らぎの場になっていく。
体内時計が乱れがちで、とくに食事がおざなりになっている文乃は、オカン並みの料理の腕前を持つ祐に胃袋をつかまれる。

彼のそばにいると、なぜか安心してぐっすりと眠れるのだが…
とある理由で、親密になればなるほど文乃は追い詰められていくのだった。

⒈不養生猫

「夏目先生って、腹黒だったんだ」
数センチ開いた車の窓から顔をのぞかせた文乃ふみのに、夏目ゆうは目をしばたたく。
ガチで寝入っていたらしく、動作が緩慢かんまんだ。
「……どういう意味?」

追加の食材を調達すると称してバーベキュー会場から離れたきり、彼は戻ってこなかった。
見たところ、スーパーに寄った形跡もない。
折り入って頼みがあると、助手席のロックをはずしてもらう。
「私も寝ていいですか」
許可を待つ余裕もなく、眠すぎて文乃は一瞬で意識を失った。

***

そのクリニックは院長が社交的で、ことあるごとにイベントが催される。
患者たちも我先に参加し、その結果、ほかの動物病院には目もくれないーという最強の顧客囲い込み術となっていた。
患者会には派閥があり、犬会VS.猫会が二大勢力で、文乃は小鳥飼いのためその他に属している。肩身がせまいとも言えるが、そのぶん絆は強固だった。

気がつくと、真っ白な天井と目が合い、文乃は自分が死んだのかと思った。
ゆっくりと身を起こし、あたりをぼんやり見回す。
動物の鳴き声がすることから、クリニックの仮眠室だとわかった。

「帰らないんですか。あ…私のせいで帰れないのか」
関係者以外立ち入り禁止、と注意されたので、開けたドアをすこし戻す。
「夜勤」
「…なるほど」
低く言ったきり、にこりともしない。

それにしてもイメージがちがいすぎる。
会うと無条件に安心できる、やさしげな獣医さんは、あくまで表の顔だったらしい。
入院患者のケージを順に回り慎重にチェックする背中からは、命を預かる使命感や責任感がにじみ出ていて近寄りがたい。

「ご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございました」
バッグを肩にかけ、ていねいにお辞儀をする文乃に、祐はしらけた目線を投げる。
「終電ないけど」
あらー、とおばちゃんみたいなリアクションになった。

***

「つかぬことをお聞きしますが…本日は何時までのお勤めで…?」
おそるおそるたずねてみれば、まさかの翌朝8時。
「激務なんですね」
もしや昼間のアレは、れっきとした仮眠タイムだったのかと思い至る。
仕事が控えているのに接待に駆り出されれば、そらバックレたくもなる
だろう。

「ほんとじゃまばかりして、申し訳ないです。それでは」
きびすを返すと、呼び止められた。
𠮟られるのかと文乃は身をすくめる。

「こんな夜中に歩いて帰る気?」
そもそも歩ける距離じゃない。
「いや…ネットカフェとかあるかなあって」
冷ややかなオーラを察知し、文乃は言いよどむ。

あてもなくさまようつもりか、とでも言いたげな無言の圧がコワイ。
あわてて検索してみたが、それらしきお店は近くには一軒もない。
タクシーは深夜料金が恐ろしいから初めから選択肢にないし、ビジネスホテルなんてもってのほか。

途方に暮れてスマホを握りしめていると、露骨に迷惑そうな声が言ったー始発まで預かると。
拾う気のなかった野良猫を、まるで誰かに押しつけられたみたいに。

(つづく)

*23年7月に公開していた作品です
加筆・修正し、分割して再掲します

#連載小説 #恋愛小説が好き #私の作品紹介  



















この記事が参加している募集

私の作品紹介

恋愛小説が好き

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。