居眠り猫と主治医 最終話 猫の眠り薬 連載恋愛小説
出発までの1ヶ月間、文乃は祐の部屋で寝起きした。
一緒に生活してもすれ違いが続き、数えるほどしか顔を合わさなかったが、不思議と心は安定していた。
ドアが開くのと同時に、飛びついて出迎える。
「おかえりー。ひさしぶり」
ただいまも言わず、たて続けにキス。
「文乃はさ」
「うん」
「目がエロすぎ。自覚すること」
目を閉じて生活しろと?
かの子によると、常に瞳が潤んでいて、とろんとしているという。
一応、教える立場なのに、まるで酔っ払いじゃないかとヘコんでいたら、
「見つめるだけでドキッとさせられるって、最強すぎない?」
とほんわか言われたことがある。
「あと、宅配の男には抱きつかない」
「そんなことするわけ…」
「返事」「ハイ」
***
無言で手を引かれ、寝室に入る。
祐はベッドに腰かけ、うつむいて髪を搔きむしった。
自分がこれほど束縛男だったとは…と気落ちしているようなので、文乃は手をはずさせ、イイコイイコをする。
ゆっくりと頭を抱きしめながら、ささやいた。
「祐にしか、なつかないよ?」
意外にも、それは強力な殺し文句になったようで彼はしばらく言葉を失っていた。
目と目を見かわすだけで胸がいっぱいになり、息がしづらくなる。
こんな人と出会ったのは初めてで、やっぱり現実じゃないかも…といまだにそわそわした気分がぬぐいきれない。
***
完全バランス栄養食をそろそろ摂取しないと体がもたない、と求められる。
「どっかで聞いたような…」
「いい?」
「うん。私もおなかすいたかも」
「食いだめって、できると思う?」
体に悪そうだと言ったら、祐は苦笑いした。
指でやさしく髪を梳かれていると、条件反射であくびが出そうになる。
「あ…でも常識の範囲内なら」
条件が難解すぎるとふてくされる祐と寝ころび、彼の首筋に鼻先を押しつける。
「なに、眠いの?」
「んー大丈夫」
つかのまの逢瀬で居眠りされたらかなわない、お手上げだ、と彼は息をつく。
「イヤになった?」
いつ愛想を尽かされるかと内心おびえているから、つい口にしてしまう。
合法的に手に入る眠り薬が、いつもどおりの効力を発揮しているだけだ、
と穏やかな声。
「え?」
「実は、すげー眠い」
抱え込んでいた仕事を一から十まで引き継ぎし、向こうに送るぶんの荷造りも同時進行。顔には出さないが、疲労がたまっているのだろう。
「そっか。じゃあ、いっぱい寝よ?」
両手足を絡ませ、文乃は祐にしがみつく。
だから、無駄にエロイんだって…とごにょごにょ言っているひとに、夢うつつでおやすみのキスをする。
全身をふわっと包み込んでくれるそのぬくもりに心から安らぎ、身をゆだねた。
朝になったら、とっておきのツナマヨサンドをごちそうしよう。
文乃はこっそり、にんまりした。
(おわり)
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