居眠り猫と主治医 ㉛秘密の業務連絡 連載恋愛小説
感受性が豊かで共感力が高く、人のために泣いたり笑ったりできるから、
塾講師は天職だ。脈絡なく言われて戸惑ったが、言霊作戦かと思い出す。
「もっとほめてみて。あ…私のどこが好きか聞いてない」
ちょっと浮かれて踏み込んでみたものの、文乃の期待した答えとはテイストが異なっていた。
「迫ったら泳ぐ目、ビクつく舌。…以下、自主規制」
***
もう会えないと本気で思っていたので、いざ密着するとなにがなんだかわからない。振り出し以前に戻った感覚だった。
「どうかした?」
「ど、どうもしないけど?」
祐はといえば終始ゴキゲンで、テンパる文乃を堪能している模様。
「オレの性癖わかったうえでやってんなら、策士」
左手を制止しても、フリーの右手が文乃の背骨をたどり遊びだす。
「話に集中できない」
「この状況でなにを話すんですか、守屋さん?」
獣医さんモードで思い出した。里佳子がなにか言っていなかったか探ってみる。
***
「ああ。グループラインで長文送りつけてきた」
「業務連絡:小鳥会会員・守屋文乃さんは、夏目祐先生とただいま絶賛ケンカ中につき、しばらくお休みです(期間は、夏目先生しだいです)
仲直りのあと、復帰予定 みんなであたたかあく見守りましょ~」
文面に目が点になった。
「昔でいう、連絡網まわされた感じ?それにしても圧がスゴイな、水野さん」
「イヤじゃないの?」
ひた隠しにしたかったであろう関係を勝手に暴露されても、憤慨するどころかゆかいそうだ。
「オレがしょっちゅう文乃のこと目で追ってるとかで、とっくにバレてたけど?」
***
かの子になぜ交際の事実を伝えていなかったのか、と逆に追及される。
「文乃がいない、消えた、ってうろたえすぎて、あとでさんざんからかわれましたよ」
元カノとのニュートラルな関係性が、いまだに理解できないけど。
「最初の夜、妖艶に誘われたんだけどなー」
「人ちがいですね」
「同じ匂いだし、同じ反応なのに?」
たまらずその唇をふさいで軽口を止めたつもりが、罠にかかっただけだと直後にさとる。祐の目が、躍るように不敵に笑った。
じゃれ合いながらもなんとか話はまとまり、月イチで互いを訪ねることになった。
「いろいろ案内してもらえるね」
絶景の孤島でイチャつくのもアリだな、と彼は悦に入っていた。
せっかく具材をそろえたのに、最先端チルド室とやらにそれらは追いやられた。
朝食に手巻き寿司は、斬新だなと思う。祐といると、新しい体験が次から次へと増えてゆく。
ほんのすこし先の未来を考えて、心が弾む。
それは、文乃にとって未知の感情だった。
(つづく)
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