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ペットを飼うことになってしまった

数日前、学校から帰ってきた息子が、近所に住むケイトのところへ遊びに行きたかったと言い出した。しょんぼりした様子で、ちょっと恨めしそうな目をしてわたしを見ている。

息子がケイトの家に遊びに行きたかった理由は、聞かなくてもわかる。ケイトが飼っているウサギの赤ちゃんを触らせてほしかったからだ

ケイトは、2週間ほど前に、おばあちゃんからサプライズでウサギの赤ちゃんを譲ってもらったとか。よっぽど嬉しかったのだろう。ケイトは、会う人みんなに、新しくウサギが家族に加わったことを話してまわっていた。わたしたちにも、「ウサギを触りにきてもいいよ!」と言って、翌日には家に招待してくれた。

ウサギの赤ちゃんは、子どもの手のひらにお腹がすっぽり収まってしまうほど小さくて、細かい毛に覆われた小さな体は、驚くほど柔らかかった。鼻とヒゲを休むことなく小刻みに動かして、わたしたちを調べているようなしぐさを見せる。見る者すべての心をへなへなと無防備にさせるような威力をもつ可愛さである。

動物が大好きな息子は、それからというもの、放課後の習い事がない日は、決まってケイトの家に行きたがるようになった。ケイトのママは、学校帰りにいつでも寄ってね、と言ってくれているので、お言葉に甘えて最近はよく寄らせてもらっている。

だが、その日は、わたしが体調を崩していて、熱も少しあったので、子どもを連れて遊びに行けるような状況ではなかった。アメリカでは、特に我が家の子どもたちの年齢だと、お友達の家に行くには、親同伴の場合が多い。訪問先のお宅との関係や、自宅からの距離、道中の交通事情や安全性など、状況にもよるが、ケイトのお家には、いつもわたしがついて行くことにしている。

わたしの体調のせいで、その週、息子は一度もケイトの家に行けなかったのだ。息子はそのことを言っている。

ウサギを抱っこしたかった。

そこまで言って、息子は静かに目に滲んだ涙をぬぐった。ヒステリックになるわけでもなく、わたしをなじるでもなく、その言葉は穏やかなトーンのままだった。ウサギに対する情がそこまで深いものだとは知らなかったので、わたしはその静かなる抗議に、ちょっと面食らった。

息子だけでなく娘も、ペットがほしいと暫く前からわたしと夫に懇願している。犬を散歩させているご近所さんに道で会うと、息子は、大きな犬でも怖がらずに近寄っていって、犬を撫でさせてもらう。娘は犬はちょっと怖いようだが、猫やウサギのような動物がかわいくて好きらしい。

犬については、夫も飼いたがっていて、前に一度話し合ったことがある。夫が言うことにあまり強く反対することのないわたしだが、この点だけははっきりとしたノーなのだ。

なぜかというと、犬の世話をする役割が、いずれわたしの肩に降りてくるのが目に見えているから。夫と子どもがお世話をすると固く誓ったところで、できないときのバックアップはわたししかいない。子どもたちのおしっことウンチに対処する時代をやっと潜り抜けてきたのに、また逆戻りするような気がして抵抗している。

もう一つには、一年前に実家の犬が死んでしまったときの悲しみが、新しい犬を飼うことをためらわせている。もう一度あのジェットコースターのようなサイクルを繰り返すのは、少なくとも今はまだできない。

でも、息子の涙を見た後、わたしはなんとかしてやりたくなってしまった。犬を飼うのは、まだわたしの心の準備ができていないけれど、ウサギやハムスターなら…いいんじゃないかな。

そして翌日。わたしは、夫に、息子とのやりとりを一通り話したうえで、こう切り出した。

我が家もそろそろペットを飼ったらどうかと思ってるんだけど、どう思う?」

夫は、わたしの言葉にはっとした表情で振り向いた。わたしは慌てて、

「犬は飼わないよ!ウサギとかハムスターのことを言ってるんだけど。」

夫は、なーんだ、と一瞬失望の色を見せたけれど、すぐに持ち直していった。

「いいアイデアだと思うよ。子どもたちにとっても、責任感とかいろいろ学ぶ機会になっていいんじゃないか。何より、楽しくなりそうだね。」

わたしたちは、それから話し合って、子どもたちにこう言い渡した。

「君たちがペットを飼いたいみたいだから、パパとママは、ウサギを飼うことにしてもいいと思ってる。でも、その前に、君たちが毎日ちゃんと自分たちでお世話をすると約束することが条件だ。そして、ウサギを飼うために知っておくべきことを調べること。調べた結果をパパとママに報告できたら、ウサギを飼うことにしよう。」

息子と娘は、ウサギを飼う希望を得て、大はしゃぎだ。どんな名前をつけるか話し合い始める。

それから、みんなで図書館に行き、ウサギの飼い方が書かれた本を数冊借りてきた。ウサギのお世話をするといっても、具体的に何をすればいいのか。エサは何をやる?どれくらい?エサやり以外にやることは?自分たちで調べてみなさい、と言って、しばらく様子を見てみた。

息子と娘は、最初は張り切って本をめくっては、二人で話し合ったりしていた。でも、さすがに自分たちだけで必要な情報を見つけて抜き出す作業は難しかったようで、見当はずれのことを書き写したり、そのうち気が散って別のことを始めだした。

もう一度、ウサギを飼いたいという子どもたちの意思を確認した上で、わたしが手伝って一緒に調べることにした。

・毎日のお世話でするべきこと
・エサとして与えるもの/与えてはならないもの
・ウサギを迎えるまでに準備すべきもの

娘は、別の本を見ながら、ウサギの習性についていくつか調べた。

息子と娘は、自分で作ったメモを手元において、一人ずつ、パパに向かってプレゼンテーションをした。といっても、メモを読み上げただけだけど。

それを聞いて、夫は拍手喝采。

「すごいじゃないか。よく調べたね。これで、ウサギが来たときに君たちが何をすればいいのか、よくわかったね。娘ちゃんのプレゼンテーションからは、いままで知らなかったことを知ったよ。ありがとう。」

息子と娘は、拍手付きで褒められてにんまり。これでウサギが飼えることが確約され、二重の喜びに浮かれている。お祭りが始まりそうな盛り上がりだ。

我が家には、まもなく、かわいいウサギの赤ちゃんが家族に加わる予定である。


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25日目

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