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バツイチ三十路、とにかくモテない私に足りないのは……

「ご、あ」

私は背中に冷たい汗をかきながら両手を開いて胸の前に立てた。

「ごうこん……? 行ったことない……」

説明しよう。

わたくし祭めぐる三十三歳、十九歳の頃に猛アプローチを受けた男の子とハタチで付き合い、二十六歳で結婚して──二十九歳の時に離婚成立と相成った。血で血を洗うDVデスバトルの果てだった。
これは誇張表現ではなく、私は実際に左手の尺骨神経を損傷したし、ICUに入った。詳細は拙著『デンドロビウム・ファレノプシス』をお読みください。

祭めぐるは強靭な生命力とダイヤの自己肯定感と不屈の魂に恵まれたが、ひとつだけ恵まれなかったものがある。

男運だ。男運だけが嘘みたいに悪い。

二〇二四年三月某日、私はマッチングアプリで知り合った人を、「アプリの男性」ではなく「初対面の男性」として好きになった。三時間と数十分、喫茶店で延々話しながら、互いの境遇から政権批判まで、意見を交換した。

素敵な人だと思った。きっとこのひとと付き合うことになるのだと思った。
彼のことをきっと幸せにしようと思ったし、どんな災厄からも力づくで守ってやろうと思った。
私の快進撃を見て頼もしいと思ってくれたら幸いだし、私が文学界で玉座に就いた暁には彼を楽しませるための遊園地を建ててやろうと思っていた。

が、連絡が途絶えた。

LINEの既読は付いたり付かなかったり。
連絡をしたら迷惑ですか?と訊いたら既読がつかない。
どうしたものかと困り果て、私得意のタロット占術でジメジメと紙ペラ相手に恋愛相談をする日々。

「素直な気持ちを告げな。きっと彼はめぐるのことを魅力的だと思ってくれているよ。何か事情があるんだよ」

紙ペラはペラペラよく喋った。私が訊いたから答えただけだけど。

そうこうしてるうちに一ヶ月が過ぎた。

私は天井と手元を見比べながらキッチンで煙草を吸う夜を三十回繰り返し──そこに、友人二人がやって来た。

ユンちゃんは可愛らしい子で、ちなみに今日やって来た時は鼻の下に傷があった。人中短縮の整形手術をしたばかりらしく、昨日は切り取った皮膚と筋肉の写真を送ってくれた。「これどうしよう」と困っていたので「素揚げにして食べなよ」と言ったところ、「人中料理極めてYouTubeの料理研究家にレシピ送ろうかな」と言っていた。セブンスターとオプションパープルを吸う。

シャカちゃんは格好良い子で、でも今日は抜群のスタイルを白いセットアップに包んで,可愛らしかった。トレジャラーのエグゼクティブ・ブラックを吸う渋い女で、冗談ほど煙草に煩い。私が吸うピースライトのことも、ユンちゃんが吸うオプションパープルのことも、拳を振り翳しながら批判する。私たちは誰かにひとつ批判をされると十倍にして言い返すので、煙草の話題は宗教や政治、野球の話よりもセンシティブだ。

我らヤニカス三銃士、今日は私の家で私の手料理を食べていた。そら豆ご飯と味噌汁、オーブン焼きとサラダ。シンプルなものばかり出したが、二人は喜んでくれた。

お腹がいっぱいになって眠たくなった私たちは近所の神社に散歩に行き、そのまま喫茶店に入った。
そこで私は、シャカちゃんから合コンを勧められたのだ。

周囲がこぞって合コンに行き出した頃には私はもう結婚しており蚊帳の外。恋愛においては命懸けの失敗をひとつしたきりで、本来ひとが十代二十代のうちに積んでおくべき失敗を経験してない。シャカちゃん曰く、これを社会経験だと思ってやってみろとのこと。

「合コンて何話すの!?」

私が悲鳴じみた声を上げればユンちゃんが当たり前の顔をして「男の人が話題を提供してくれるからそれに答えるだけ。退屈だよ」と返す。

「下手にこっちが仕切るとがっついてると思われるよ」
「私よりおもんない奴のおもんない話を『合コンさしすせそ』で聞けって言うの!? 何だっけ!『さすが』と、『死ぬほどつまんない』、『座って黙ってろ』『せめて潔く散れ』『それじゃ帰るわ』!?」
「ベンキョーだよ、ベンキョー」

私がヒィヒィ言うのを聞いてシャカちゃんが笑う。

「てか今度マヌケの友達と飲むじゃん。案外相性良さそうなのひとりいるよ」

ユンちゃんと言うマヌケとは彼女の夫君のことで、これがまた物腰柔らかい優男だ。有り体に言えば、めちゃくちゃ良い奴。

「ただ話が死ぬほどおもんない」
「私でも匙投げるほどおもんなかったらどうしよう……」
「めぐるおもんない奴得意じゃん」
「得意。私のやりようで幾らでも有意義な話が出来る」

私たちは喫茶店の喫煙ブースでダラダラ話しながら冗談みたいな量の煙草を吸った。私たちは三人固まると、互いのペースに釣られて異常な量を吸うのだ。

「でもさぁ」

唐突に私が渋い顔をした。ユンちゃんとシャカちゃんがこちらを見て何事かという顔をする。

「私もおもんないんだよね。タロットに、好きピへの連絡の内容がおもんなさすぎるって詰められたことがある」

さてふたりは顔を見合わせた。

「見して」

シャカちゃんがチョイチョイと指で招いた。私は気乗りしないまま渋々LINEを開き、好意を寄せていた男性とのメッセージ画面を開く。

「あーっ、おもんない」
「おもんないよ。おもんない」

シャカちゃんとユンちゃんが明け透けな声を出した。

「首都圏に住んでいながらマッチングアプリ使ってる男だぞ!? これに何て返して良いかわかんないって。お前これは可愛げがないよ。全部自己完結してんじゃん」
「『連絡返さなきゃ』って負担になりたくなくて……」
「そこは気にする必要ないって」
「どういう理屈で!?」

ダメ出しの集中砲火。私は混乱に頭を抱えながら泣きそうな声を出す。

「ていうかさ」

シャカちゃんが鋭い目でこっちを見た。彼女は目が強い。猛禽の眼差しがグリッと動いて私と私のスマホを往復した。

「アンタがこれだけ誠意見せてるのに何?こいつ。不誠実が過ぎるだろ。あまりにも酷い」
「何様だよ。めぐるやんに相応しくないだろこんな男」
「気持ちが無くなったなら本当にやめときな。碌な男じゃない」
「こういう男だからマッチングアプリなんか使わなきゃダメなんだって」

私はローソンのSNS抽選に全ての運を使っている女だ。あれだけは異常な当選率を誇っているが、今回も男運は無かったらしい。私は急に渋く感じられるピースライトの煙を鼻から吹きながら天井を見た。

ふたりと別れ、帰り道。

ふたりは「お祈りメール送ってやれ」「ご健闘をお祈りしますって言え」とヤイヤイヤイヤイ言っていたが、久々の恋に摩耗した気持ちはクタクタになっていた。

少なくともこれはネタにする。だから私は負けてない。公園でサッカーをする子供たちの声をバックに、私は徐にスマホを出した。

「そういうところで草 お時間頂戴しました」

既読はすぐに付いた。返信は無い。
もし何か返信があったとして、このエッセイと一緒に「エッセイネタをありがとう」と送ろうと思う。

とりあえず、ユンちゃんのところのマヌケの友達に期待だ。

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