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Twitterにまつわる悲観的散文

(大学に提出したレポートをもとにした記事です。)

去年の2月に始まったロシアとウクライナの戦争は、1年半が経った今も終わっていない。さらに昨日10月7日には、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な攻撃を行い、これに対してイスラエルが報復。戦争状態に突入した。地球は平和からまた一歩、着実に遠ざかりつつあるらしい。

最近Twitter(現X)を見ていると浮かんでくる考えがある。
Twitterは、ジャーナリズムの場に適さなくなりつつあるのではないか。

ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した2022年の2月24日、Twitterに投稿され注目を集めたツイートである。

周知の事実ではあるが、Twitterをはじめとする様々なソーシャルメディアが社会運動や啓蒙のツールとして利用されている。2010年代初頭の「アラブの春」と呼ばれる民主化運動では、FacebookやTwitterが抗議活動の呼びかけに活用された。また、近年の日本では、ハッシュタグ付きの投稿で自らの社会的思想を示すTwitter上の抗議活動が「ツイデモ」として知名度を獲得しつつある。

関西学院大学法科大学院の井上武史教授はこうした新しいデモ活動の形について上の記事で「今後もなくならないだろう」と解説する一方で、

  • 誤った情報の裏付けがないまま発信され拡散する恐れがあること

  • 匿名なので意見が過激になる恐れがあること

  • 限られた人が複数のアカウントを使って発信すると、「数」が水増しされる恐れがあること

などの課題を指摘している。

日本のTwitterでは既に、政治的な話題や社会問題がトレンドに浮上するのが日常茶飯事になっている。そして(主観でもあるが)少なくない数のユーザーが、情報の正確性より衝撃性を重視するという週刊誌的性格(野次馬的といった方が良いか)を有している。こうした性格は、プロパガンダと極めて相性が良い。
Twitterがただしくジャーナリズムの場として機能することは、今後減っていくだろう。特に戦争のような、二つ以上の強い思想がぶつかり合う時においてその動きは加速するはずだ。
これは急な思いつきではない。というのも多くの人間が「正確性よりも衝撃性」を重視したがために起きた出来事を、私たち"Twitter"ユーザーは記憶しているのだ。


2021年7月23日、東京五輪の開会式が行われた。この開会式で音楽を手掛ける予定だったCornelius(小山田圭吾)は「学生時代、障がいのある同級生を長年に渡りいじめていた」とされてTwitterを中心に炎上し、直前に辞任した。

この炎上は、開会式の人選発表翌日に「東京五輪反対」をプロフィールに掲げる個人『はるみ』(現在アカウントは削除済みだが、記事末に該当ツイートの魚拓あり)が、小山田圭吾氏が過去に行なったとされたいじめ行為についてまとめた個人ブログ『孤立無援のブログ』の記事へのリンクを、反五輪的的な文言とともにTwitterへ投稿したことを発端に巻き起こった。
そして、その炎上を記者の山下智恵が毎日新聞で発表した。氏は自身のTwitterでこのように記事を紹介した。

なお、記事は現在有料化されているが、このツイートで紹介された当初は全体公開されていた。

投稿の末尾が『組織委さん』になっていることから、小山田氏ではなく東京五輪組織委員会をこの炎上の責任者として扱おうとしていることが伺える。言うまでもなく、毎日新聞はリベラルメディアである。2021年7月24日の社説『コロナ下の東京五輪 大会の意義問い直す場に』でも、大会と開催に批判的な目を向けている。いわばこのニュースは五輪批判の材料の一つだった。記事の発表後、日刊スポーツや複数の海外メディアでもこの問題が取り上げられる。世界規模の炎上に発展し、小山田氏は開会式の音楽担当者を辞任せざるをえなくなった。

しかしその後、事態は別方向へ向かう。
この炎上について、有志によるファクトチェックをはじめとする様々な形での検証が行われた。その結果、

  • 炎上の原因になった発言の記載された2雑誌

  • ネット掲示板を中心に出回り、多くの人に「小山田圭吾=いじめ」の印象を植え付けたコピペ

  • 雑誌の記事に恣意的な編集を加えて引用した個人ブログ『孤立無縁のブログ』

  • 毎日新聞をはじめとする各種メディアの報道

炎上の原因になったこれらの情報の、著しい不正確さが明るみになった。山下記者がインタビューの記載された雑誌を参照せず記事を執筆した可能性も指摘されている。現在も記事の訂正は行われていない。大手新聞社に属する記者が自社・自身の主義主張のために事実を蔑ろにするという、あってはならない事案が起きたのである。
他にも開会式関係者の過去に関する不正確な情報の拡散と報道は相次いだ。『開会式全体の演出調整を行なった小林賢太郎は過去にホロコーストを揶揄していた』という報道や『開会式の音楽を手がけたDJの田中知之が反社会的勢力のパーティに参加していた』という噂の流布など、各所で混乱が見られた。

このように日本のTwitterでは2021年に「東京五輪の開催の是非」を巡って反対派からある種のプロパガンダが行われ、情報の享受と発信において事実よりもインパクトを優先するユーザーの多さが明らかになった。
これとは比にならないレベルで主張と主張がぶつかり合い、無関係な人間の憶測や妄想が飛び交い、巧妙に作られた「真実」が出回る戦争中に、そのような意識を持ったユーザーを相手にジャーナリズムが力を持てるだろうか。私はそう思わない。

ところで、政府でも一市民でも「誰もが発信できる」のがSNSの利点であり、欠点でもある。最近はSNSで金銭を稼ぐ仕組みが整いはじめ、新たな問題として絡んできている。
例えばここnoteでは、一部の記事を有料で配信したり、月額サブスクリプションが作れるメンバーシップがあったりする。
(余談ではあるが、小山田圭吾炎上のきっかけのひとつとして先にあげた個人ブログ『孤立無援のブログ』の運営者を名乗るユーザー「電八郎」も記事を有料で投稿している。ただしnoteやTwitterのフォロワー数などから察するに、ほとんど収益は生まれていないか、ないものと思われる)
しかし、日本のネットでは基本的に「情報はタダで手に入るもの」という認識がある。そこまで拡散力の強いソーシャルメディアではないnoteが、ジャーナリズムの質を低下を強く加速させるとは思わない。noteでは「この情報にお金を払いたい」と思ったユーザーが出てこない限り利益を得られない。それに対して、投稿に対して進んで金を払いたい人間が一人もいなかったとしても金銭を得られうるのが『X』の収益分配プログラムだ。
適当なバズツイートのリプライ欄を開いてみよう。青バッジ付きのアカウントがそこを埋め尽くし、インプレッション数を稼ごうと夢中になっている。これらはまだいい方だ。過激な物言いや転載で注目を集めたりするユーザーもいる。
Twitterの発表している『コンテンツの収益化に関する基準』には

2.暴力的または生々しいコンテンツを収益化してはなりません。不適切に暴力的、凄惨、残虐、衝撃的とみなされるコンテンツは、収益受け取りの対象外です。これには、暴力や死についての付帯的な描写が含まれます(これらに限定されません)。報道価値のある暴力的なコンテンツの議論や画像については、制限の例外が適用されることがあります。
3.収益化されたコンテンツで悲劇を利用してはなりません。死、自然災害、産業災害、暴力的攻撃、内乱、傷害、攻撃的な行為、その他のデリケートな出来事を利用しないでください。ただし、悲劇的な出来事の影響を受けた人々の支援や認知度の向上を目的とした正当な手段として寄付を募ることはできます。

と記載されているが、これも果たしてどれほど認知され守られているのだろうか。小銭稼ぎを目的としたユーザーの投稿に、どれほどの人が惑わされることだろうか。

こうした複数の理由から、私はTwitterのユーザーとジャーナリズムの相性に不安を感じずにはいられない。


参考文献


トピック「アラブの春」とソーシャルメディア, 総務省 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc1212c0.html 2023-8-19

野村周平, 東京五輪、開会式は全9章「多様性に重点」 プログラム変更はなし 朝日新聞デジタル,2021-7-24, https://www.asahi.com/articles/ASP7R7V48P7RUTQP02J.html 2023-8-19

炎上の検証サイト『2021年夏に起きた小山田圭吾氏の炎上問題について 時系列の整理とファクトチェック』を立ち上げた有志の一人であるブロガー「kobeni」による、「はるみ」の投稿のスクリーンショット。https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kobeni_08/20210824/20210824205236.png

社説 コロナ下の東京五輪 大会の意義問い直す場に, 毎日新聞, 2021-7-24, https://mainichi.jp/articles/20210724/ddm/005/070/098000c 2023-8-19

2021年夏に起きた小山田圭吾氏の炎上問題について 時系列の整理とファクトチェック, if you’re here. コーネリアスファン私説検証サイト, https://ifyouarehere.studio.site/, 2023-8-19

大月英明, コーネリアス炎上事件とは何だったのか: メディアリテラシーが試されるとき, 2021-10-17 https://read.amazon.com/kp/kshare?asin=B09JNPTS1Z&id=7q7ohfsfrnfzdk7fga2ongvbgu&reshareId=0DFP4EB21CAT71GZBHT9&reshareChannel=system 2023-8-19

サブスクリプションクリエイターについて, X, https://help.twitter.com/ja/using-x/subscriptions-creator , 2023-10-8

コンテンツの収益化に関する基準, X, https://help.twitter.com/ja/rules-and-policies/content-monetization-standards , 2023-10-8

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