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小説「灰色ポイズン」その6-同級生の名刺

一睡もできなかった。頭が冴えているのか、それとも鈍っているのかわからない。わかっているのはただ一つ、私は「おかしい」らしいということ。夕べ母さんに殺意を抱いて、自分のことが恐ろしくなって、なんとか仕事を終えて治療室の床に座り込んだままだった。
自分が正気を保っていられる保証ができない気がする。
えっと、こういう時はどうするんだっけ?病院に行く?交番に行く?兄さんに電話する?....。

時計を見た。午前4:44。まもなく夜明けだ。
救急病院に行っても仕方ない。行って何と言えば良いのだ。「私は母親に殺意を抱きました。どうぞ直してください。」無理!
交番に行ってお巡りさんに「親に殺意を抱きました。殺人未遂で逮捕してください。」
まだことを起こしていないので無理。

兄さんに電話するのも迷惑だろう。お嫁さんは生まれたばかりの赤ん坊の世話で疲れているし、兄さんに説明する言葉が思いつかない。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。とりあえず、母さんの元から物理的に離れよう。そして、そこで神経を休めてから、今後のことを考えてみよう。でもいったいどこに行けばいいのか...。
そうだ私は精神的に不安定なんだからこういう時は臨床心理士か精神科医に相談するのがいい。
更年期障害で不定愁訴の多い患者さんをうつ病の疑いで精神科ドクターに紹介するではないか。

そういえば、中学の同級生の成田美菜子が精神科医になってたはずだ。この間の同窓会で名刺交換したんだっけ。

机の1番上の引き出しから名刺ファイルを取り出した。成田美菜子の名刺を探した。あった!
『由流里病院ー
休息の必要を感じたらご予約ください TEL〇〇〇〇
副院長 成田美菜子』

すごい29歳で副院長だ。ああ確かお父さんが院長先生だった。
連絡してもいいものだろうか中学時代クラスメイトだっただけで困った時に助けてもらえるほど仲が良かったわけでもない。
でも、相談するところがない今、殺人者になるより恥を忍んで連絡をしてみよう。東洋医学に興味があるって言ってくれてたし、ドクターだし。保険証を持って外来に行けばいい。沢木市...遠い。数年前にどこかの町と合併して市に昇格したところだ。

8:30になったら電話をしてみよう。それまで少し目を閉じて休もう。成田さんとこに行くとなれば遠出になる。その前に何か飲んでおこう。
行く前に身体が動かなくなったら相談も何もあったものではない。冷水機から水をコップに入れスポーツドリンクのパウダーを入れ飲んだ。これで大丈夫。
私は白衣を脱ぎ待合室のソファーに横になった。

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