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マクラコンの思い出

私は長年アイコンのような髪型を
続けてきた。

こだわりがあるとは思っていなかったが、
気が付けばずっとこの長さと分け方で
生きてきているので、
心の中では何かこだわりがあるのだろう。

案外自分が持っているこだわりというのは
自分でも認識できていないものである。

だが、髪型に関して私は一つ間違いなく認識している
こだわりが一つある。

それは後ろ姿に気を抜かないことである。

そして、その中でも特にマクラコンが
つくことがたまらなく嫌なのだ。

「は?マクラコンって何?」と思うかもしれないが、
これは私が勝手に作った造語で
後頭部に生じる寝ぐせのことを指し、
枕が当たることによって生じる痕跡で
枕痕=マクラコン というわけである。

先日通勤している際に駅から出ようと
歩いていると、
目の前を歩くスーツ姿のビジネスマンに
見事なマクラコンがあった。

前から見る分には別にだらしない様子は
見られない方であったが、
その方はマクラコンがあることで
一気にだらしない印象になってしまった。

それを見ると私は形容しがたい妙な気持ちに
なってしまうのだ。

私がこのマクラコンに対して
妙な気持ちを抱くようになったのは
大学生の頃。

同じ学科にS君という友人がいた。

私が通っていた大学は京都にあるのに
京都出身者が少なく
その中でもS君は私と同じ京都の出身であった。

S君はかなりお坊ちゃんな印象をまとっており、
男性なのに一人称は「うち」という
少し変わったヤツであった。

そんなS君には1回生当時スキな人がいた。

ある日食堂で学科の皆と話していると
何かの拍子にその話になり、
S君にアドバイスのようなことを皆でしていた。

当時のS君の髪型はいわゆるセンター分けであったが
センター分けはこの当時もうダサい髪型のように
認識されるようになり始めていたし、
何よりS君のお坊ちゃん感はその髪型から
にじみ出ているように見えた。

なので、S君は一度髪型をイメチェンすべきだという
結論に皆で至った。

どうやらS君も髪型は変えるべきではないかと
考えていたらしく、その数日後、
S君はセンター分けからツンツンした髪型に
変貌を遂げた。

だが、ここで一つの問題が出てきたのである。

この髪型はどうあがいても
整髪料でセットしない限りダサいということである。

もともとセンター分けをしていたS君からすると
整髪料で毎日髪型を整えなくてはならないのは
ハードルだったのであろう。

髪型を変えて最初の頃はぎこちなさがあったものの、
数日すると慣れてきた様子であった。

ところが、ある日講義を聞く際に偶然私は
S君の後ろの席になった。

すると、後頭部だけ整髪料が付いておらず、
そこには見事なマクラコンがあったのである。

内心「あちゃー」と思いながらも
私はS君にそのことを指摘できずにいた。

なぜならそれが偶然今日だけだったかもしれないし、
本人は別に気にしている様子がなかったからである。

今となっては逆に教えてあげるほうが親切だと思うが、
当時の私は何も言わない方が親切だと
勝手に思い込んでいた。

とても気になるのに言い出せないモヤモヤを感じながら
その日の講義は終わり、私はS君と別れた。

そして、翌日S君に会った際に恐る恐る後ろ姿を見ると
やはり後頭部には整髪料がついておらず
昨日程酷くはないもののそこにはマクラコンがあった。

そこからまたしても私の葛藤が始まった。

S君はどちらかというとセンシティブなタイプなので
ハッキリと「後ろまでしっかり見た方がいいで」などと
指摘をしたら、落ち込んでしまうかもしれない。

そこで、ある日私はある作戦にでることにした。

髪型のセット方法について話題に出すことで
さりげなく後頭部も確認せよというメッセージを
伝えることにしたのである。

その作戦は無事成功し、私はS君に明確に
後頭部を見るように伝えることができた。

これで私はもうモヤモヤしなくていい。

そう安心したのだが、世の中そんなに甘くはない。

S君の後頭部はその日以降もセットされることはなく、
程度の違いこそあれ、そこにはマクラコンが
残り続けたのである。

幸い、2回生になってからは同じ学科でも
S君と合う機会が減ってきたので
モヤモヤする機会は減ったものの、
S君に会うたびにやはり気まずい思いをしていた。

ある時そんなS君にも彼女ができた。

もともとスキだと言っていた方は
小柄で大人しい感じの女性だったのだが、
S君が付き合いだした人はなぜか
巨漢でハデな女性であり、
彼女の一人称は「アユ」であった。
(ちなみにアユも同じ大学の違う学科)

どういう経緯でS君とアユが付き合いだしたのか
私は知らなかったし、あえてS君に聞こうとも
思わなかった。

そうしてS君はアユと一緒に過ごす時間が増え、
私は講義の時間以外でS君と会うことも
ほとんどなくなった。

だが、それ以降も講義で見かけるS君の後頭部には
整髪料の塗り忘れ地帯があり、
そしてマクラコンがあり続けていた。

どうやらアユもここには指摘しないらしい。

そのまま私達は大学を卒業し、
S君とは卒業以来一度も会っていないが
彼との出会いは間違いなく
私の中にマクラコンに対する妙な気持ちを
植え付けたのである。

とは言え、街中を歩いていても
マクラコンが付いた男性に出会う機会は
それほど高いものではない。

しかも、私も全ての人の後頭部を
わざわざ見るわけでもないで
仮にマクラコンがあったとしても
気づかずに終わっているのであろう。

なので、ほとんどこの妙な気持ちを
味わわずに過ごすことができていたのだが、
ある時、かなり高確率でマクラコンに
出会うシチュエーションに気付いてしまったのだ。

それは、空港の中である。

特に長時間フライトを終えた男性の後頭部には
かなりの高確率でマクラコンが残っているのである。

これはある意味仕方ないことでもある。

飛行機の中で眠っても、到着前に寝ぐせを
寝かせるわけにはいかないし
エコノミークラスなら体を横に向けることは
基本出来ないので、
ほぼ間違いなく後頭部にシートのヘッドレストが
当たることになるからである。

飛行機が目的地に到着して、
ベルト着用サインが消えてから
皆が席を立った時に前方を見ると
見事なまでにマクラコンが付いた男性が
そこにはずらずらと並んでいる。

まさにS君を再現したような姿に
私は毎回妙な気持ちを思い出してしまうのだ。

無論、私は自分にマクラコンが付くのは
絶対にイヤなので、
長時間フライトの際には絶対に整髪料を付けないし、
寝ている時もネックピローなどを使って
後頭部にマクラコンが付かないようにしている。

もしかすると、S君は京都の出身と言いながら
毎日国際線に乗って長時間フライトを経て
大学の講義に参加していたのかもしれない。

いつか噂でS君はあれからアユと結婚したと
聞いたが、
久々に彼に会ったならば私は彼の後頭部を
怖いもの見たさで覗いてしまうだろう。

S君は当時から髪の毛が細い感じだったので
もしかするとこの歳になると
マクラコンが付かなくなっているかもしれない。

代わりにそこにミステリーサークルがないことを
願うばかりである。



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