そうだ、と始めたら 30年がたっていた。(コピーライター 太田恵美)|『「そうだ 京都、行こう。」の30年』より
京都に必要なのは、情報ではなく、感情だった。
1993年スタート時、京都はチョー有名な観光地だったけれど、多くの人にとっては修学旅行で「連れて行かれた」、やや面倒臭い場所でもあった。歴史はご立派らしいが、面白いのかどうかわからない。自分と関係があるとは思えない。今を生きている町とは言い難かった。とりわけ、京都生まれながら、辛気臭いと飛び出した私にはそうだった。
じゃあ、何を見せるか、語るか。京都の歴史的建造物や季節の写真はすでに膨大に出回り、皆が知ったつもりになっていた。それを「今、あえて京都」にする。「連れて行かれた」京都ではなく、「そうだ、」とつい行きたくなる京都へ、というのだ。
そんな時、一枚の写真に出会った。蓮華寺の紅葉の庭を書院から眺めたパノラミックなもの。当時は見慣れない京都だった。京都をここまで「個人的な印象」で切り取るのもありだと気づかせてもらった。この印象を首都圏で再現させたい、京都がここに現れたように。B倍2連貼(縦1m強×横3m弱)横長大型ポスターの掲出が実現した。
撮影は、CMも含め50人超のスタッフが、夜中に機材をセットして夜明けと同時に撮影を開始。観光客が来る前に撮り終えて、撤収。ここまで大掛かりなことをしてでも強い印象の写真が必要だった理由が、今にしてわかる。
当時、京都紹介の観光写真に欠けていたのは見る人の感情を沸き起こすほどの熱だったのだ。TVCMも同じように、15秒CM全盛の中で30秒を貫いた。人の感情にはサイズも時間も大いに関係していることを知った。
往年の京都から、ぼくらの京都へ。
圧倒的な京都の写真に、ふと口をついて出てきたようなスローガン「そうだ、京都行こう。」。ここへさらに、「今」を引っ張り出すのがコピーの役割だ。
初回、写真は京都観光のど真ん中、清水の舞台。採用されたコピーは「パリやロスにちょっと詳しいより、京都にうんと詳しい方が、かっこいいかもしれないな。」だった。「うんと」とか「かっこいいかも」なんて古都への褒め言葉にしては馴れ馴れしい口の利き方も、その時代の旅人のリアルだった。ポップに、しかし芯を食うコピー。これでスタートできたのが幸運だった。思い切った決断をしていただいたと今でも思う。
そこから2023年の秋に至るまで、著した広告(コピー)は130余り。一貫して存在するのが京都を歩く一人の旅人だ。旅先が京都だったからこそ気づいた感情や価値感を、例えば彼の東京に住む大学生の姪に向けて書き留めるとしたら、と設定した。
この旅人はこの30年、20世紀から21世紀へ、バブル崩壊、情報化、グローバル化、癒やしブーム、大きな自然災害、コロナ禍、地球環境、格差、ジェンダー問題等々、時代の風の中を生きてきた。彼には、歴史的建造物は権威としてではなく、今の自分の感受性をプッシュしてくれるきっかけだったに違いない。京都への私の曇った目も、すっかり晴れていた。
この町の過去を、なんのために使おうか。
確かに「行こう。」と言ってはいるが、このキャンペーン当初の目的は集客ではなかった。平安遷都1200年をきっかけに、日本のアイデンティティとして京都に圧倒的な輝きを与えること。それを東海道線を預かる企業の役割として広告するというものだった。
もちろん、町が輝きを増せば人は集まるだろうから、集客キャンペーンでもあるし、30年間も続いたのはここが合致したからだろう。
ただ、ここで敢えて当初のことを書いたのは、「そうだ、京都行こう。」が京都の商品化を不自然なまでに進めてしまったのではないかというやや後ろめたさからだ。
京都は、正しいことばかり書かれた教科書でも教師でもない。人間の失敗も成功も1200年ぶん。そのデータを揃えて今も生き、次に進もうと自問自答を続ける、面白い「生き物」だ。だから単なる観光地という商材ではないし、簡単になってしまっては痩せ細る。30年コピーを書き続けてきて、今改めてそう思う。そして、迷ったら30年前のこの言葉に戻ることにしよう。「京都にうんと詳しい方がかっこいいかもしれないな。」
文=太田恵美
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