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最近つくづく思うけど、わたしは自己愛以外の愛を理解していない。他者を愛するということも、自己愛の射程範囲の拡大としてしか理解していない。
自己って何か? いったいわたしは何を愛しているのか。それは時間だという気がしている。脈拍して流れる血、わたしの体に課されてあったリズム。落ちる血、上がる血、揺れると揺り戻す、重く沈み、跳ね返って浮く、自己はそうした不規則な時間経過にすぎない。血が生むリズムが、意思や喜怒哀楽と見える。おそらく自己は表現していない、わたしが表情を見出しているだけだ。この見出しが、愛なのではと。

事あるごとに自己アピールさせられる社会だし、自己ってなにかそういうアピールしうるものだと勘違いして、己をキャラとして見出そうとするあまりキャラ作りをしてしまったクソ間抜けな時代もあるが(とても恥かしいです)。ただ血が流れている肉だよ、自己は。それだけ。それ以外はすべて後付けの外装。

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