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架空菜舞絵

昨日、35歳の誕生日だった。

起きて今日はあーなんもすることがないと思い、思い立って免許の更新の予約を入れた。

いまは事前予約制らしい。

免許はもちろん車の免許。

40パーで不安だった雨は降っておらず、自転車で30分の警察署に行き、『免許更新はこちら→』みたいな立て看板通りに5分遅れて到着し、駐輪場に自転車を停めた。

見た景色だったので、デジャブとかではなく単に5年前もココだった。

もう20人くらいが講習室の前室に座って待機しており、僕は最後から2番目の到着だった。

受付で事前にあー現金以外もいけるんやと調べておいた通り楽天ペイで3000円を支払い、チャージと支払いで数円のpointをget。

5年で3000円だから年600円かまぁ運転一切せんけど許したるわくらいの金。

はい、はい、はい、みたいなテンポで視力検査と写真撮影が終わり、数分座って待ってたら講習室に案内された。

適当な椅子に座り、椅子の右側に備え付けてある折り畳み式のひじ掛けをパタパタと組み立てて使用しているのはマジで僕だけだった。

なんでみんな使わないの?

みんなひじ掛けを閉じたまま、もらった交通安全の冊子を膝の上に置いた手荷物の上とかで不安定に開いている。(ひじ掛けというかミニテーブルか)

3000円も払ったんだからなるべく元を取ろう、と思わないくらいに生活に余裕があるのだろうか。

なんか僕だけが卑しいみたいじゃないか。

っていうか言ったらいいのに。

椅子にひじ掛けがありますのでご使用くださいって。

「講習中、居眠りをしていた場合は、再講習となる場合もありますのでね」

そう講師?のおじさんは言う。

優良ドライバーなので冊子も最初の2ページだけをさらって、みんなでビデオを見る時間になった。

(みんな車を運転さえしなければこのどの事故も起こらないのに)とか思いながら、関係ないけど関係あるみたいな、感じで見ていた。

ビデオの途中に運転免許証が映し出されて、そこの女の人の名前のところに、

『架空菜舞絵』

と書いてあった。

講師のおじさんがそこで一時停止をした。

「えー、この『かくうなまえ』、ですが、実は私もこの名付け会議に参加しておりまして、私はあまり納得してなくてですね、えー、なぜ納得してないかというとですね、流れ流れて流れ着いた先にこの『架空菜舞絵』に落ち着いただけと言いますか、ちょっとこちらをご覧ください」

なんか急にだらだらと喋り出したかと思うと、右の扉からいったん出て、キャスター付きブラックボードを引っ張ってきて、そこには白いチョークで以下のように書いてあった。


運転免許証の名前例案


 安室名前

 苗字名前

 苗字早苗

 安全守

 危険サチ

 森轟

 脇見ダメ代

 後露田未来

 前方後方要確認墳


「えー、これだけの案が会議で出ましてですね、まずこれですね、女性っていうことは決まってたので、この『あんぜんまもる』に関してはもう論外でしたね」

 ×安全守

「でですね、この『もりとどろき』はですね、見た目はいいですよ?森と轟で、なんかね、三角形と三角形で、いいですけど、ビジュアルにこだわるあまりに名前らしさを失っていますね。だってパッと講習ビデオで表示されたときに、なに??って思いますよね。だからダメですね」

 ×森轟

「『きけんさち』と『わきみだめよ』は同じ考え方ですよね。この2つはまぁ正直最終候補まで残りました。ただ名前としてカタカナが入っているのはねぇ、んー、どうしてもなんか、ごめんなさいこの中にいらっしゃったら本当にごめんなさい、生理的に…ごめんなさい!」

 ×危険サチ
 ×脇見ダメ代

「あと出て行った妻がサチって名前なんですよね。漢字ではあったんですけど」

 ××危険サチ

「これ、これなんて読むか分かりますか?これ、ほら、そこのひじ掛けを勝手に使ってるキミ」

「…えっ、すいません、使っちゃダメでした?」

「質問を質問で返さないこと。どう?どう読むこれ?」

「えー、えーっと、『こうろだみらい』…いや『こうろだみく』ですか?」

「違う!『うしろだみらい』ね。志田未来から来てるから。志田未来から来てることがよく分からないから却下されたんですね」

 ×後露田未来

「『ぜんぽうこうほうようかくにんふん』は人名じゃないからね」

 ×前方後方要確認墳

「これね、『あむろなまえ』、これ私が出した案で、強く推してたんですけどね、さっき志田未来から来てる意味が分からないって僕に指摘してましたけど、それもそうですよね?って論破されちゃって、あーって思って、ダメでした(笑)」

 ×安室名前

「じゃあ『みょうじなまえ』はどうですか?そのまま過ぎるか。じゃあ『みょうじさなえ』は?違うか」

 ×苗字名前
 ×苗字早苗

「ってまぁ、そういう流れがありまして、全滅したんですよいったん」

赤いチョークに持ち替え、大きくバッテンをつけた。

「でもうどうします?ってなって、もう架空の名前でいいんじゃないですか適当に、ってことで担当に発注しまして、蓋を開けてみたらっと、」

黒板をグルッと縦に回転させた。


架空菜舞絵



「ってなってたんです!!」

バンッ!!

握りこぶしを黒板に叩きつけた。

「…講習は以上になります。先ほど受付でお渡しした小さい紙、こちらですね、その右の6ケタの番号の下3ケタを読みますので、呼ばれたら前に出て免許証を受け取って、後ろの扉ですね、そちらから退室してください」

3人ずつ呼ばれて、前に出て免許証を受け取り、後ろの扉から出ていく。

僕はその間に肘掛けを折り畳んで元に戻し、機内モードをオフにしたりした。

「584番、585番さん」

遅れてきた584番の僕と、最後に来た585番の女の人が呼ばれた。

受付でもらった免許証交換券を渡した。

「584番さんですね、あなたは再講習になります」

「え」

「肘掛けのヨダレだけ拭いて帰ってくださいね。アルコールはそこ出たとこにありますので。ティッシュは……まぁ、やっぱいいです。こちらでやっときます」

「あ、え、すいません」

「あ、ティッシュありますよ」

585番さんがトートバックの中にあるらしいティッシュを探している。

「あ、ティッシュはあるんです大丈夫ですよ、あとでこちらでやっときますんで」

「あーそうなんですかっ」

「すいません」

「また明日以降のいつでもいいんで、スマートフォンかパソコンから再講習の予約をしてください。視力検査と写真は済んでますので、場所だけまた同じこちらでお願いします」

「はい、すいません」

真っ赤な顔をして、後ろの扉から講習室を出た。

「あの、穴の空いた前の免許証って、こちらで処分しちゃっていいんですか?」

「あーまぁ、処分していただいても、記念に置いておいても(笑)」

「あぁ(笑)、ありがとうございます」

おじさんがちょっと嬉しそうにしているやりとりを背中に感じたあと、穴の空いた気分で自転車を30分漕いだ。

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