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抜け殻の音楽【二〇〇〇文字の短編小説 #12】

二〇〇九年の春、僕たち四人は宙ぶらりんになった。全員が大学受験に失敗し、高校を卒業した。

そして全員がそろって再び大学進学をめざし、同じ予備校に通い始めた。でも、誰も明確な夢を持っていなかったと思う。それぞれが志望校を決めていたけれど、視線の先に「やりたいこと」などなかった。そもそも、「やりたいこと」が収まっている社会が何なのかすらわかっていなかった。十八歳の僕たちは正真正銘の世間知らずだった。

唯一、気休めになったのがバンド活動だった。高校一年の夏から続けていた。グループの名前は「サイレント・スプリング」で、プライマル・スクリームのファーストアルバムの曲目から拝借した。ちょうど名前を決めようと話し始めたときにこの曲が流れ始め、なんとはなしに決まった。

浅井がボーカルとギター、僕がギター、和哉がベース、敦司がドラム。浅井と敦司は中学からの同級生で、僕たちは一年A組で同じクラスで、妙にそりが合った。特に音楽の趣味がしっくりきた。一時間に一本しか電車がこないような田舎の奥底にあって、プライマル・スクリームやマイ・ブラッディ・バレンタインなんかに惚れ込んでいる四人がそろったのは、奇跡みたいなものだった。どういうわけか四人とも、電車で一時間もかかる町にある輸入CD屋に足繁く通っていた。

高校のときは毎日のように、楽器を鳴らした。浅井の父親が営む板金塗装の工場に、ちょうどいいスペースがあった。サイレント・スプリングは、コンクリートがひび割れた壁に向かってエネルギーを発散した。あるときなどはベースを始めたばかりの和哉のリズムがもたつきすぎだと言って、浅井がマイクを床に投げつけた。二人とも気性が荒いから、殴り合いの喧嘩になった。でも、翌日には四人そろってマイ・ブラッディ・バレンタインの「ノー・モア・ソーリー」を傲慢に演奏していた。

僕たちに野望はなかった。ただ放課後に錆びついたシャッターを開けて、ギターとベースをアンプにつないでばかでかい音をかき鳴らして、型落ちのドラムをどかどか叩いて、暴走列車みたいにたがを外して、抜け殻になるだけで十分だった。

人前で演奏したのは一度だけだ。高校二年の秋、学校の文化祭に出た。ペイル・ファウンテンズの「リーチ」で始め、プライマル・スクリームの「ソニック・シスター・ラブ」を挟み、ストーン・ローゼズの「ディス・イズ・ザ・ワン」と「ウォーターフォール」を続け、ニルバーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」で締めた。ものめずらしそうに体育館に集まっていた30人くらいは居心地が悪そうだった。誰も、汗びっしょりの僕たちが敬愛する偉大なるバンドのことなど知らなかったのだ。乾いた拍手が虚しかった。浅井の英語は相変わらずでたらめだった。

二〇〇九年の夏、僕たち四人はもう一歩進もうとした。予備校の模試の点数は上がらないし、ずっとカバーを続けていたしで、行き止まりにぶつかった感があった。スタジオ代わりの工場の一角には、何かをがらりと変えないと何者でもない状態から抜け出せないという焦燥感が漂っていた。いつもは口数の少ない敦司が「オリジナルの曲をつくろう」と言い出し、僕たちはそのアイデアに乗った。浅井が「合宿して曲をつくろう」と言い添えた。

僕たちは夏期特別講師講習を受講すると親をだまくらかして、合宿の資金を用意した。スタジオ付きのコテージを3泊四日で押さえ、和哉が運転する車に一時間ほど揺られた。スタジオに着くなり、肩慣らしにクラッシュの「ロンドンズバーニング」をやった。調子は悪くなかった。

初めての曲づくりだから、誰も正解を知らなかった。何かきっかけをつかもうとするように、各々が自分の楽器を鳴らした。試行錯誤する音がしばらく続いたあと、浅井がストーン・ローゼズの「メイド・オブ・ストーン」のイントロをまねたようなフレーズをギターで弾き始めた。そこに僕がシンプルなコードを重ね、リズム隊が追いかけてきた。四人はなんとか見えた光を追って、何度も演奏した。

浅井がいいかげんな歌詞でメロディーを乗せていく。音を鳴らしては止まり、音を鳴らしては止まりの繰り返し。そうして三日目の夜にようやく一曲が出来上がった。でも、その場でデモ音源を聴くと、みんな黙りこくった。なんとか仕上げた曲は結局のところ、ストーン・ローゼズかプライマル・スクリームあたりが駄作として葬り去るような軽薄なギターポップだった。

誰も詩を書きたがらなかった。正確に言えば、誰も書きたいことも書けることもなかったのだ。合宿の初日、浅井は「ギターのネックってマシンガンみたいだよな」と言った。そのとき僕は、がらんどうの明日も撃ち抜くことができるのだろうか、と思った。安っぽいギターポップが完成しないまま、間もなくサイレント・スプリングは空中分解した。

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