花澤薫

2023年9月に短編小説集『すべて失われる者たち』を出版。プレスリリースは→ http…

花澤薫

2023年9月に短編小説集『すべて失われる者たち』を出版。プレスリリースは→ https://presswalker.jp/press/20259 noteでは著書の下書きや未収録作品、新作を掲載しています。 お問い合わせはstaff@nowhere1011.comへどうぞ。

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  • 二〇〇〇文字の短編小説

    原稿用紙五枚分の、物語が始まるまでの物語たち。

  • 一二〇〇文字の短編小説

    原稿用紙三枚分の、物語が始まるまでの物語たち。

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    原稿用紙二枚分の、物語が始まるまでの物語たち。

  • 夢の話、または短編小説の種たち

    いずれもっと広げたい夢の話、または短編小説の種たち。

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【自己紹介】花澤薫について(二〇二四年四月十四日時点)

花澤薫(はなさわ・かおる)は二〇二三年秋に短編小説『すべて失われる者たち』を出版し、小説家としてデビュー。普段は別名義で編集者やライターとして活動している。 福島県生まれ。大学時代は英米文学を学び、ジョン・キーツやサミュエル・ベケット、ポール・オースターなどの論文を執筆した。特に好きなアーティストはサニーデイ・サービス、ライド、ストーン・ローゼズ、ティーンエイジ・ファンクラブ、プライマル・スクリーム、ペイル・ファウンテンズ、ジェイク・バグ、カネコアヤノなど。好きな揚げ物はア

    • 抜け殻の音楽【二〇〇〇文字の短編小説 #12】

      二〇〇九年の春、僕たち四人は宙ぶらりんになった。全員が大学受験に失敗し、高校を卒業した。 そして全員がそろって再び大学進学をめざし、同じ予備校に通い始めた。でも、誰も明確な夢を持っていなかったと思う。それぞれが志望校を決めていたけれど、視線の先に「やりたいこと」などなかった。そもそも、「やりたいこと」が収まっている社会が何なのかすらわかっていなかった。十八歳の僕たちは正真正銘の世間知らずだった。 唯一、気休めになったのがバンド活動だった。高校一年の夏から続けていた。グルー

      • のら猫の名前を永遠に知ることができない【一二〇〇文字の短編小説 #12】

        まだ四月だというのに汗が滴り落ちる真夏日、わたしは懐かしい街で取材を終えた。成長著しいIT企業の新卒採用サイトのためのインタビューでは、原稿の軸となるキーワードを引き出せた。 わたしはこの取材が決まってから、かつての自分に会いにいこうと決めていた。もう十年以上も前、あの痛ましい記憶が刻まれた場所をどうにか訪れることがいまの使命のように感じていた。そのIT企業がサテライトオフィスを置く小さな街は、わたしが人生最大と言ってもいい喜びと悲しみを感じた大学生活を送った場所だった。

        • クリスマスに雪が降れば【八〇〇文字の短編小説 #12】

          スティーブンは自分のせいなのだと思っていた。十歳にもなるのに靴のかかとをつぶして履く癖が直らないから? フットボールの試合を観ているときに汚い言葉を吐いたから? イースターの期間にパンケーキを落としたから? 考えれば考えるほど、自分が原因だと感じずにはいられなかった。 「母さんの目が見えなくなるかもしれないんだ」 ある晩、父さんからそう言われたとき、最初はどんな事態か想像できなかった。振り返って母さんのほうに目をやると、母さんは泣き出しそうな顔をしながら、でも少しほほえん

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        【自己紹介】花澤薫について(二〇二四年四月十四日時点)

        • 抜け殻の音楽【二〇〇〇文字の短編小説 #12】

        • のら猫の名前を永遠に知ることができない【一二〇〇文字の短編小説 #12】

        • クリスマスに雪が降れば【八〇〇文字の短編小説 #12】

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        • 二〇〇〇文字の短編小説
          12本
        • 一二〇〇文字の短編小説
          12本
        • 八〇〇文字の短編小説
          12本
        • 夢の話、または短編小説の種たち
          6本

        記事

          昔、付き合いそうだったけれど付き合わなかった子との夢という感じで書いたら

          五月十一日に書いた「恋に絡む夢はいつだって【夢の話、または短編小説の種 #6】」が、「#恋愛小説が好き」で「先週特にスキを集めました!」だそうです。 お時間がある際にぜひご笑覧ください。 ◤短編小説集が発売中◢

          昔、付き合いそうだったけれど付き合わなかった子との夢という感じで書いたら

          双子の姉【二〇〇〇文字の短編小説 #11】

          わたしの姉は仲のいい双子だった。過去形で話さなければいけない現実が、本当に悲しい。 六つ年上の姉たちは、キリンとコアラと呼ばれていた。先に生まれた杏がキリンで、10分ほどあとに生まれた絵梨花がコアラだ。生まれてすぐ、母親が間違えないようにとキリンとコアラのワッペンが入ったベビー服を二人に着せて、それぞれを見分けたのが理由らしい。キリンとコアラはそれから友人たちにも使われる二人の呼び名となった。本当の名前の由来はわからない。 キリンとコアラは、妹の私でさえ見分けがつかないほ

          双子の姉【二〇〇〇文字の短編小説 #11】

          わたしはいちご泥棒【一二〇〇文字の短編小説 #11】

          わたしは姉のワンピースをこっそり着てロンドンの街に出かけている。ウィリアム・モリスの「いちご泥棒」と呼ばれるテクスチャーのドレスだ。何匹かの小鳥がいちごをついばんでいる。 三歳年上のソニアはずっとわたしの憧れだ。学校の成績は群を抜いて良く、大学を首席で卒業して、大手出版社に就職した。身長が高く、キーラ・ナイトレーのようにクールな美しさも持ち合わせている。ほとんど何もかもが完璧な姉に比べて、わたしは何ごとも平凡でどうにもならない。見た目も頭も内面も十点満点中五点。あらゆる面で

          わたしはいちご泥棒【一二〇〇文字の短編小説 #11】

          恋に絡む夢はいつだって【夢の話、または短編小説の種 #6】

          さっき夜明け前のまどろみで見たのは、昔、付き合いそうだったけれど付き合わなかった子との夢だ。ぼくの友人の結婚式で出会い、英国発のポップスの話で意気投合した。 どちらにも恋人がいた。それでいて、ぼくたちはときどきどちらからともなく誘い、街をぶらつき、夜を一緒に過ごした。夢のなかの二人はほの暗いカフェで恋人同士みたいに向かい合っていて、アイスコーヒーをほとんど飲み終えていた。彼女の着ている黄緑色のワンピースは半袖で、つまりは夏ということなのだろう。 彼女は左ひじでほおづえをつ

          恋に絡む夢はいつだって【夢の話、または短編小説の種 #6】

          夫を思い出す【八〇〇文字の短編小説 #11】

          夏の夕刻、ロンドンのユーストン駅で列車に乗ったパティは窓ガラスに映る自分を見て「また白髪が増えたわ」とひとりごちた。 ミルトン・キーンズへの小旅行。一カ月ほど前、ロンドンまで電車で三十分ほどの街に、息子のエドが家を買った。昨日の夜、エドは「新居での生活を祝うためにパーティーをやるんだ」と電話してきた。パティは相変わらず思いつきで行動するエドらしさに苦笑し、でも息子と結婚してくれたベスと、五歳になったばかりのマイルズにも久々に会えるのがうれしかった。 電車はまだ北へ向かう乗

          夫を思い出す【八〇〇文字の短編小説 #11】

          本が売れたうれしさ 「PASSAGE by ALL REVIEWS」にて

          少し前に書店の棚主になりました。神保町にある共同書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」です。 こちらの書店の書棚には実在するフランスの通り名がついていて、拙著『すべて失われる者たち』は1階のテオフィル・ゴーティエ通りの1番地に並べられています。 「誰か著名な人が買って評価してくれないかなあ」などと夢想しつつ、とりあえず一年間置いてみようと考えています。 そして昨日一通のメールが届きました。 全身全霊をかけて仕上げた本が売れたうれしさは何ものにもかえがたい

          本が売れたうれしさ 「PASSAGE by ALL REVIEWS」にて

          小さな雲が二つ【二〇〇〇文字の短編小説 #10】

          春の雨がスラックスの裾を濡らし、両の足首が冷たくなったから、余計に気分が重くなった。東京の桜はもう、だいぶ散ってしまっている。牛革のビジネスバッグに隠れていた折りたたみ傘を取り出し、仕方なしに開く。茶色い革にいくらか染みた雨がエクスクラメーションマークのように見えた。 得意先の出版社で七月に出す別冊の見積もりに関して打ち合わせをしたあと、日比谷線の築地駅に向かう道すがらで春雨に遭った。湿った足首が鬱陶しく、細い路地を入ったところの、カウンターだけの小さな喫茶店にもぐり込んだ

          小さな雲が二つ【二〇〇〇文字の短編小説 #10】

          毎朝の散歩【一二〇〇文字の短編小説 #10】

          五月のマンチェスターの朝はひんやりとした空気が爽やかに肌をなでてくる。メリーはほとんどずっと毎朝の散歩を欠かしたことがない。なじみの公園のベンチでひと休みする習慣も、あのころから変わらない。 変わったのは、隣にトニーがいないことだ。三年前、トニーは脳卒中でこの世を去った。まだ五十六歳だった。夜中に突然倒れ、そのまま帰らぬ人となった。メリーは悔やんでも悔やみきれない。あの日の夕方、手が痺れる、頭が痛いと訴えるトニーを強引にでも病院に連れていくべきだった。それなのに、「疲れてる

          毎朝の散歩【一二〇〇文字の短編小説 #10】

          小学生の恋愛を描いたら

          四月三十日に投稿した「さようならのメロディ【二〇〇〇文字の短編小説 #8】」が、「#恋愛小説が好き」で「先週特にスキを集めました!」だそうです。 お時間がある際にぜひご笑覧ください ◤完全版は以下の短編小説集で読めます◢

          小学生の恋愛を描いたら

          ポール・オースターが死んだ日について書いたこと

          五月三日に書いた「ポール・オースターが死んだ日【夢の話、または短編小説の種 #5】」──オースターは四月三十日に逝去しました──が、「#海外文学のススメ」で「先週特にスキを集めました!」だそうです。 お時間がある際にぜひご笑覧ください。 ◤短編小説集が発売中◢

          ポール・オースターが死んだ日について書いたこと

          ロンドンでの船出【八〇〇文字の短編小説 #10】

          その夏の夕方、スチュアートはユーストン駅で列車を降りた。ロンドンの空気に包まれ、少し高揚した気分になる。バーミンガム・ニューストリート駅から二時間ほどの小旅行は、新たな挑戦の序章だった。 大学を卒業する前にバーミンガムの小さな広告代理店で雑用から始め、四年かけてなんとかコピーライターを名乗れるようになった。もう一つ上のステージで自分を試してみたいと、ロンドンの広告代理店でさらにキャリアを積む道を探った。口利きをしてもらったのは大学時代の友人のトムだ。ロンドンの映画配給会社で

          ロンドンでの船出【八〇〇文字の短編小説 #10】

          キラキラのそのあとで【二〇〇〇文字の短編小説 #9】

          もっと何かできたのではないかと思うと、胸が張り裂けそうになる。救いの声を聞き流した自分の愚かさを突きつけられると、心底、幻滅してしまう。 幼なじみの幸子が自ら命を絶った。まだ三十四歳だった。子どもを二人残して、急に人生を終わらせた。 幸子と僕が最後に会ったのは一年前だった。僕が田舎に帰省したとき、高校時代に同級生の何人かとよく通っていた喫茶店で二時間ほど近況を伝え合った。幸子はあの頃と同じく紅茶を飲みながら、「うつ病なの」と打ち明けてきた。二人目の子どもを産んでから二週間

          キラキラのそのあとで【二〇〇〇文字の短編小説 #9】