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双子の姉【二〇〇〇文字の短編小説 #11】

わたしの姉は仲のいい双子だった。過去形で話さなければいけない現実が、本当に悲しい。

六つ年上の姉たちは、キリンとコアラと呼ばれていた。先に生まれた杏がキリンで、10分ほどあとに生まれた絵梨花がコアラだ。生まれてすぐ、母親が間違えないようにとキリンとコアラのワッペンが入ったベビー服を二人に着せて、それぞれを見分けたのが理由らしい。キリンとコアラはそれから友人たちにも使われる二人の呼び名となった。本当の名前の由来はわからない。

キリンとコアラは、妹の私でさえ見分けがつかないほどそっくりだった。物心がつくかつかないかのころ、初めて不思議に感じたときのことを今でも覚えている。ベビーベッドで泣きじゃくる私を覗き込む二つの顔。全く同じ顔が完璧に同じタイミングで笑顔を浮かべ、同じ拍子で歌を歌い出した。二人の間から見える電球が微妙に点滅しているのもものめずらしく、私は泣き止んだ。人生で初めての記憶といってもいいくらい、頭の根っこに埋まっている。

二人は正真正銘の一卵性の双子だった。意思の強そうな眉毛と長いまつ毛ときりっと釣り上がった大きな両目。柔らかそうで小さな鼻と三日月のような形をした耳。ハートみたいな形をしたくちびると優しく描いたVの文字のようなあご。何から何までおそろいのキリンとコアラは、うれしいときは肩まで伸びた髪の先を人差し指と親指で繰り返しねじり、かなしいときはゆっくりと瞬きをした。強がるときは大きく息を吸ってから話し出し、不安なときは繰り返し左の耳たぶを触った。好きな食べ物も嫌いな音楽も一緒だったし、間違いが永遠に見つからない間違い探しみたいに、二人はそっくりだった。

キリンとコアラは四歳のころにピアノを習い始めていた。夕食のあと、よく順番に二階のリビングにある鍵盤を弾き合っていたのをよく覚えている。ずっと記憶に刻まれているのは、私がはしかで学校を休んだときのことだ。私が小学四年生の春の話で、二人は同じ私立高校に入学したばかりだった。熱にうなされ三階の子ども部屋のベッドに横になって電球をぼんやりと眺めていると、二階からピアノの音が聞こえてきた。優しく包むようなメロディーで、時折り音がふわりと飛び跳ねる。ペースを落としたかと思うと、少しつんのめるように駆け出した。しなやかな音楽が心地よくて、熱が下がらないままの私は深く寝入ってしまった。

はしかが治って、二人に「あの曲を弾いて」とお願いした。曲名を聞くと、二人は「テンシーシーのアイム・ノット・イン・ラブっていうのよ」と声を揃え、連弾を始めてくれた。音楽はもとより、肩を寄せ合って鍵盤を滑らかになでる二人の指先がただただ美しかった。曲が終わると、二人は私のほうを振り返り、人差し指と親指を髪の先でくねらせながら、控えめにほほ笑んだ。私はこの曲がすぐに大好きになった。

それから三年後、ある日を境にあんなに仲の良かったキリンとコアラは一言も言葉をかわさなくなった。五月十八日のことだ。日付まではっきりと覚えているのは、その日、私に初めての生理が来たからだ。中学一年生になりたての私は朝からお腹が痛かった。昼休みにトイレに行くと、パンツが血で汚れている。初潮が来たのだと理解しながらも、自分の体の変化に心がざわついた。保健室に行って生理用品を借りて少し落ち着いた気がしたけれど、赤茶色の染みが枯れた薔薇のように見えたことを思い出して、不意に怖くなった。

その日、私は生理が来たことを母親に告げられなかった。キリンとコアラの間に異様な緊張感が漂っていたからだ。目を合わせず、口もきかない。あまりにも非現実的な光景に私はうろたえてしまった。

別々の大学に入学した二人はやがて就職し、それぞれが一人暮らしを始めた。お互いがどこに住んでいるかにも興味は示さず、家を出てから二人が会うことは今のところ一度もない。きっと、この先もないと思う。

最初、私はわけがわからず、その現実がとにかく悲しかった。高校の卒業式の翌日、母親から事の次第を聞かされて理由を理解し、ますます心が苦しくなった。あのころ、キリンはコアラの彼氏の子どもを身ごもり、まだ十九歳のキリンは少しだけ迷って中絶の道を選んだのだという。コアラが知っているのは浮気の事実までだ。それでも、ずっと仲のよかったキリンに裏切られ、怒りと失望と悲しみで心が乱されたのは容易に想像できる。そしてキリンもまた二つの罪悪感に苦しんでいるはずだ。

私は昨日、二人が絶縁したときと同じ十九歳になった。時々、スマートフォンで10ccの「アイム・ノット・イン・ラブ」を聴いている。胸がかき乱されるけれど、それでも聴きたくなってしまう。毎月、生理が来るたびにキリンとコアラとまた一緒に笑い合いたくなる。でも、たぶん叶いそうもない。私はあのときからずっと、薔薇の花が大嫌いだ。

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