見出し画像

昆布だらけの家。

信じてもらえないかもしれないんだけど、今朝起きたら部屋の壁一面に昆布が張りついていた。

異常なことだからもう1回書くけど、朝起きたら、昆布が私の部屋の壁に張りついていた。この世のものとは思えない量の昆布が。

壁一面ぜんぶ濃いめの緑で昆布。こんな光景は初めて見た。たとえば襟裳岬えりもみさきの昆布漁師に「室内でこの量の昆布見たことあります?」って聞いても「いやいや、この量の昆布なんて見たことないべ〜」と苦笑いすると思う。


「昆布......? だよな?」


ベッドから起きあがり、寝室の壁をまじまじと見つめてみる。やっぱり我が目を疑うんだけど完全に昆布なのである。しかもなぜか、床や天井には昆布が張りついていない。なのに壁にだけ、壁だけが全部昆布になっている。

「これ、昆布だよなぁ」

壁にべたりと張りついている濃緑の物体たちを見つめる。どれだけ見つめてもやっぱりこれは昆布だから不思議で、親指と人差し指を自分のあごにあて「う〜ん」とうなりながら観察してみる。


あごにあてている指をおそるおそる壁に伸ばす。本当に昆布か確かめたい。人差し指と中指の指先で壁の昆布を触ってみる。するといくつか発見があった。


びちょびちょに濡れている昆布と、カピカピに乾いている昆布がある。

繰り返すが、昆布は私の家の室内の壁、一面に張りついている。信じられないと思うんだけど、壁一面に昆布が張りついているのである。自分でも何を書いているんだろうと思っている。でも私は物事をあるがままに書いてきたし、これからもそうでありたいと思っているから、これはやっぱり昆布だったということになるのだ。


昆布がいったいどういう原理で壁にくっついているのかわからない。

「これは絶対におかしいことだよなぁ」

だんだん怖くなってくる。だって昨日の夜眠る前には壁の色は白だった。

「よし、今夜も壁に昆布はないな、寝よう」

確認するわけもない。ってことは私が眠っている間にだれかが昆布をくっつけたことになる。でも犯行時刻の推測ができない。

なぜならびちょびちょの昆布とカピカピの昆布があるからだ。時間の移り変わりがわからないように絶妙に撹乱かくらんされている。いったい何時に誰が、どんな目的で昆布を部屋にくっつけたんだろう。


寝室を出てダイニングとリビングに移動したときも我が目を疑った。寝室だけではなかったのだ。ダイニングとリビングの壁にも昆布が張りついていたのである。これはなにかが絶対におかしい。

ちょっと笑っちゃったのはリビングの壁に貼られた昆布が途中で途切れていたことで、ナゾの犯人は途中で時間がなくなってしまったのだろうか。それとも昆布が足りなくなったのだろうか。計画性があるようでないじゃないか。


そもそも目的がわからない。


壁一面に昆布を張りつけてなんだというのだろう。「私はいつでもあなたの家に侵入して、昆布を一枚一枚張りつけられますよ?」みたいなサイコメッセージだとしたら、それはもう私は今日から家のセキュリティをきちんとしなきゃなと思う。セキュリティは大事だ。




いつまでも壁に昆布を張りつけているのもヘンなので、とりあえず剥がしていくことにした。

ちなみに妻はまだ寝室で眠りこけている。これは今朝の6時38分ごろの出来事である。

妻にはいつものように朝を迎えてほしい。何もなかったことにしたい。昆布なんてなかったことにしたい。家に向かって飛んでくるミサイルを家族には知らせずひとり静かに叩き落とすヒーローのような存在でありたい。だからここは私が責任をもって壁の昆布を剥がす必要がある。


「俺はやるぞ。全部剥がす」


台所から銀色のボウルを持ってきて、まずはリビングの昆布から剥がしていく。剥がした昆布はボウルに入れていく。

びちょびちょの昆布とカピカピの昆布。丁寧に剥がしていく。よく見てみると、カピカピの昆布の上からびちょびちょの昆布を張りつけているようだ。

どう考えても目的がわからない。はて、これはどういうことだろう。何回考えてもわからない。


リビング、ダイニングと昆布を静かに剥がしていく。左手に抱えているボウルは3回昆布でいっぱいになった。

リビングとダイニングの昆布を剥がして、最後は寝室に向かう。

よく考えるまでもなく、犯人は寝室に侵入していることになる。私たち夫婦が寝ている間に、気づかれることもなく昆布を壁に張りつけたわけだ。この難易度はめちゃくちゃに高いぞ。

犯人がすぐそこまで侵入していたという怖さももちろん感じる。ただ、犯人が一生懸命昆布を張りつけている光景を想像すると、これは滑稽にも思える。才能の無駄遣い。


妻に気づかれないように寝室の壁の昆布を剥がす。だれにも賞賛されないヒーロー。縁の下の力持ち。

びちょびちょの昆布、カピカピの昆布を剥がす。何枚目か忘れたが、カピカピの昆布を剥がしたときだった。


剥がした昆布の下の壁に日本語が書いてあった。黒のマジックで達筆な文字で、


「高級なやつです」


......

...

......利尻りしり昆布か羅臼らうす昆布のどちらかだろうなぁ。


<あとがき>
カフカの『変身』って小説あるじゃないですか。主人公のザムザが朝起きると大きな虫に変身してしまっている、という小説です。あの小説の中で主人公がなぜ虫になってしまったのかは言及されてないんですよね。そういう無常感や不条理感みたいなものを書いてみたくて書きました。今日も最後までありがとうございました。

【関連】鳥肌が立つような文章書きたいよね

この記事が参加している募集

私のストレス解消法

美容ルーティーン

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?