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【書評】小林製薬紅麹死亡事件があったからこそ読んでおきたい『教養としての発酵』

 今日いまほど小林製薬の紅麹関連のサプリで、紅麹菌の中のシトリニンと見られるカビ毒も含む何らかのコンタミが発生して思い腎臓疾患から2件目の死亡事故が発生する騒ぎがありました。

 2010年、小林製薬が全ゲノム解析の報告として紅麹菌(Monascus pilosus)においてこのシトリニンを産出させない株を持っているような話をしておりました。世界的に市場規模が大きい高脂血症の治療効果が見込めるスタチン系薬ロバスタチン(モナコリンKなど)を生成するこの紅麹菌で小林製薬がこれらの抗コルステロール用途のサプリを展開したこと自体は、不思議なことではありません。

 他方で、これらサプリメントが私たちの暮らしの中で生活改善を目的として日常的に売られ、使われる背景においても、本書『教養としての発酵』(村井裕一郎・著 あさ出版・刊)で取り扱われるこれら技術がどれだけ浸透しているかが分かろうというものです。一般的な食材である味噌汁から発酵の歴史、世界的な発酵技術の利用まで、微生物の働きと馴染んで生きてきた人類の営みさえも感じさせる好著に仕上がっております。

 日本人の食生活のメインステージに鎮座まします味噌も清酒も醤油も焼酎もみりんも、そのすべてにおいて身近な小さな生物の働きに依存して成立している分野であると同時に、その長い付き合いの中から食べ物の安全と味わいの多様性、さらに地域ごとに花開くちょっとした利用の差がもたらす文化と価値といったものが、本書の中にぎっちりと詰まっているのです。

 前述のように小林製薬が健康食品としてサプリメントを出した背景も、これらの麹菌の広い意味で見たバイオテクノロジー的利用が生活での安心感をもたらすサプリメントという市場を構築してきた面もありますから、この問題を知るうえで本書を読んでおくと「ははあ、そういうことか」という類推が効くようになるのは大事なことだと思います。

 発酵で思い返されるのは、日本人独特の「うま味」に対する感知能力の高さで、ひょっとすると、あまり食にこだわらないドイツ人や一部のアングロサクソンの人たちと比べた味を感知し分ける能力(味蕾の多さ)もまた、発酵と共に歩んできた日本人の特性を引き出したんじゃないかというロマンさえも感じさせます。外人を日本でアテンドしていて、ドイツ人やロシア人は食材調理で使う普通の醤油と寿司で使うむらさきの差、あるいは同じ寿司でも上方の寿司で使う醤油とえどむらさきの差、果てはうどんで使う出汁が東西名古屋で違うことなんかを理解させるのは苦労します。

 それどころか、食材を下ごしらえすることや出汁を取って前工程があることとか、あいつらは食に対する美学ってのが民族的に存在しないから全部食材を一緒にして煮たり焼いたりすることしかできないんだよ。ドイツ人と一緒にいて歓待されてもだいたいビールとソーセージと一部チーズぐらいしか旨いものなんかねえんだ。お前らの舌はどうなってるのか。ロシアに至っては何で何でも煮るんだよ。つか牛乳で雑穀とか牛肉とか一緒に煮るんじゃねえよ。出てくる野菜がキャベツかトマトの二択しかないってどういうことなんだ。旅行いって現地料理が旨いと思えるのは初日と二日目だけで残りは全部消化試合だって言ってんだよ。だいたいなんだあの貧相で雑で美味しくない郷土料理の数々は。最初は物珍しくとも二日で飽きるんだ。あいつらが美味しいってのはしょっぱいか酸っぱいかでしかねえんだ。どうしてあれで文化的に生きていけるんだ。信じられない。タラとかニシンとかいきなり漬け込んでんじゃねえよ。酢しかねえのかお前らには。それか塩。良くて胡椒。その胡椒も鉛筆削ったときに香る匂いな感じがして旨くねえ。調理した結果一層マズくなるってどういう食生活してるんだお前らは。あと勝手に寿司にすんな。日常的に酢使ってるのに酢飯にする能力もないのかお前らは。普段厨房にあまり入らない俺のほうが寿司作るの上手いぞ。金返せ。逸失した時間に対する手当と期待を持たせられて残念な思いをさせられた慰謝料込みでだ。食事はとりあえずカロリーを取るために有機物を胃の中に流し込めればそれでいいと思ってんだろ。違うんだ。違うんだよ、いろんな味をちょっとずつ一緒に楽しめて日々の変化と共に生活の彩を感じながら暮らしていくのが幸せってものじゃないのかよ。くたばれ馬鹿どもが。

 すみません、愚痴が長くなりましたが、私は日本人の食文化の多様性を支えた立役者こそが発酵だったんじゃなかろうかと思っておりますし、それは幸せに暮らすための技術だとも思います。安全にいろんな味を楽しめる伝統的な手法に対して適切な知識量で理解を促せる本書から得られる知見は大きいのは間違いありません。

 これは、生物と共に生きてきた文化的バックボーンと共に、バイオテクノロジーとビジネスの関係や、使用法(アプリケーション)が開く市場の醍醐味を感じさせるものでもあります。比喩でもなんでもなく、私たちはひとりで生きているんじゃないのだと思うわけですね。

 いわゆる教養本、リベラルアーツ的な観点からも、単に知っておいて得というよりは「嗜みとして、理解しておくと人生で得られる体験がより良くなる」タイプの本だろうと思います。だって、小林製薬で割とマズい事件が起きても「あっ、紅麹か」っていうプロセスが容易に想像できるんですもの。もちろん、本書ではそういう発酵がもたらす大きなリスクについては説明こそないものの、基本知識があるだけで随分違うと思います、ガチで。

 画像はAIが考えた『生きる知恵を得た人がより快適に暮らそうとしたら、何をしようとしてもうんちくが先に出てしまい頭の中が混乱しているけどしかし幸せに生きていける一部始終』です。

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