下北沢で飲んだ。定期的に会ってお酒を飲む相手がいることは、どう考えたって幸せだ。一軒めで食べたカルボナーラうどんと、チーズ＆フルーツの盛り合わせが声が出るほど美味しく、近くのTSUTAYAでザッと本を眺めてから二軒めに行った。カフェオレ酎とロイズチョコレートを出してくれる気さくな店で、下北沢は遠いけどまた来よう、通おうと思った。

帰りの電車に乗るためホームで待っていると、私の後ろに複数人の若者が立った。たぶん4〜5人で、全員男の子。男の子、としか言えない大学生くらいの集団だった。あとの会話から、おそらく大学を卒業したての新入社員なのだろう、と勝手に想像した。

そのうちの一人の男の子が号泣していた。見事な号泣っぷりだった。こちらとしては、映画やドラマを観る以外のリアルな要因で感情を揺さぶられたことが、ここ最近とんとないので、こんな公の場所で声を出して泣いている二十歳そこそこの男の子の存在に、文字どおり目をまんまるにしてしまった。

金曜の夜の、電車を待つホームで、声を出して泣くって、そんな、ドラマみたいな夜があってたまるか。

聞き耳を立ててしまう私を許して。どうしたって気になっちゃうじゃん。なんで泣いているのか気になる。彼らは私の真後ろにいるし、その子は大声で泣いているし、わざわざ耳をそばだてなくても聞こえてきた。

「お前たちに会えてよかったよ、離れるのはさみしいよ、ぜんぜん泣くつもりなんてなかったんだけどさ、ていうか泣かないって思ってたんだけど、顔見たら泣けてきちゃったよ、俺たちもう会えないんだな、そう思うとさみしいよ、だから飲み会はキライなんだよ」

まさに、嗚咽。声をしゃくりあげている。ヒック、ヒックと喉が鳴いている。鼻を啜る音までする。彼らを直接見ているわけではないけれど、背中越しにもじゅうぶんに伝わってくる。まさに今生の別れ、この世の終わりを前にしたみたいに泣いている。

周りを取りまく仲間たちといえば、彼の頭に手をやったり、肩を組んだりしながら（たぶんそう、振り返っていないから確認はできてないけど）、そんなに泣くなよ〜みたいなことを言っている。

彼一人が存分に泣いて、出会えたことを喜びながら、別れを惜しんで泣いてくれているから、周りの仲間たちも悲しさとさみしさをやり過ごせている、そんな気がした。

ある一人がケタケタと笑いながら「もう俺たち、なかなか会えなくなっちゃうんだなあ」とからかい混じりに言うと、号泣の彼が「やめてよ！ そんなこと言わないでよ！」と食い気味に返す。そのやり取りで、また盛り上がる仲間たち。きっとこの流れ、今夜の飲み会でさんざん繰り返した流れなんだろうな。

風の音がする。ホームに電車がやってくることを知らせるアナウンスの声が聞こえる。人の足音と声が混ざり合う雑踏。ガタンガタンガタン。電車がやってくる。振動が伝わる。声がする。「電車に乗りたくないよ」。私には聞こえたけれど、彼の仲間には聞こえたか？ 私に聞こえたって意味ないんだよ、ちゃんと、しっかり、彼らに、伝えないと。

私は30代半ばなので、学生時代なんてけっこう遠い過去になってしまったし、学生時代の友人とも会おうと思えば会えることを知っている。会えないなら会えないで、なんとかなることまで知ってしまっている。

「もうお前たちに会えないんだな」と声を上げて泣く彼のことを、うらやましいとも思うし、がんばれ、とも思うし、仲間を大事にしろよ、とも思う。そして、これからの人生、新しい出会いが続いてそこそこ楽しくて、つかれるぞ、とも思う。

周囲の音を丸ごとかっさらっていくような轟音がして、ホームに電車がやってくる。見事にピッタリと停止位置で電車が止まり、一瞬の間を空けて、扉が開く。ぷしゅううううううううううう。乗り込むと、号泣の彼と、仲間たちも一緒に同じ電車に足を踏み入れた。

おそらくさんざん号泣の彼をからかっていた一人が、「お前のために席を確保してやる」と分け入って、宣言どおり彼のための席をゲットした。身も世もなく両目を泣き腫らした彼は、素直にその席に座る。「もう会えないんだなあ」と言っている。

彼らはどの駅で降りて、どの駅で乗り換えて、どこへ帰っていくんだろう。明日からの彼らは、もう交わらないそれぞれの人生を送っていくんだろうか。毎年この時期になったら、別れを惜しんだ下北沢の夜を思い出すんだろうか。

できる限り彼らを見守っていたい気持ちでいたけれど、私には私の人生がある。乗り換えの駅に着いてしまったので素直に降りると、間際、号泣の彼が白目まで真っ赤にして「明日お前ん家に行くからあああ」と言っていて、そんな、ドラマみたいな夜があってたまるかよ、と思った。