橘しのぶ

第四詩集『水栽培の猫』思潮社。第三詩集『道草』第19回日本詩歌句随筆大賞奨励賞受賞。2…

橘しのぶ

第四詩集『水栽培の猫』思潮社。第三詩集『道草』第19回日本詩歌句随筆大賞奨励賞受賞。2024年『詩と思想』現代詩の新鋭。書評委員。第3回サンリオ「いちごえほん」童話部門グランプリ受賞、2004年度「詩学」新人。第8回、9回、15回アンデルセンメルヘン大賞入賞。

マガジン

  • 詩集について

    拝受した詩集について、書いています。

  • 自作の背景

    私の詩の心理的背景について書きました

  • 俳句

    自作の俳句

  • 詩誌について

    拝受した詩誌について書いています。

  • ひとりごと

    エッセイみたいなものです

最近の記事

潮騒

 昨年、高校の同級生のKさんから連絡があり、夕食を共にした。彼女にに会うのは40年ぶり。彼女は現在、関東地方在住だが、小学生の頃は私が今住んでいる広島市の井口地区にいたと言う。私が初詣に訪れる神社の境内は「庭」のようなものだったらしい。Kさんが、その神社の本坪鈴(お賽銭箱の上の鈴)の話を始めたとき、私は、本坪鈴をまともに見たことすらなかったことに気づかされた。鈴緒の感触しかない。学年女子で1番高身長だった彼女は、私よりも20cm以上背が高い。同じ立ち位置であっても、見えている

    • 柏原康弘詩集『詩の故郷吉備スケッチ帳』

       先日、岡山の後楽園で行われた市の朗読会でお知り合いになった柏原康弘さんから第三詩集『詩の故郷吉備スケッチ帳』をご恵贈頂いた。「牛窓」「備中高梁」「中洲の里」と題した3部構成で、30篇を収める。それぞれの地に住んでおられた頃、出会った風景を、言葉でスケッチして作品化。ご自分の詩について、いただいたお手紙に「昔の叙景詩というもので、本当に単純な作品ばかり。」とあるが、日常的な言葉で紡がれた詩句は、読んでほっとする。易しい表現が用いられているからといって、決して使い古された言葉に

      • 依田義丸詩集『連禱』 

         依田義丸さんの奥様、依田真奈美さんから詩集『連禱』をご恵贈頂いた。闘病中でいらした依田さんは、詩集を纏め了えたものの、完成前の3月14日に帰らぬ人となられた。どんなにか口惜しかったろうと、お察し申し上げる。依田さんとは面識はないが、1948年生まれ、京都大学出身とのこと。私の夫と年齢も大学同じでいらっしゃる。どこか他人と思われない心持ちで、詩集を拝読した。  収録された19篇の散文詩は、いずれも死への恐怖と覚悟がテーマになっている。中でも、私が最も好きだったのは『胃中の蝶』

        • こいこい

           一昨日の夜、飼い猫に小指を噛まれた。大した事ではないと思い、消毒してそのまま寝たのだが、朝目を覚ましたら、手全体がパンパンに腫れていて驚いた。朝と夕、病院で点滴をして、薬も飲んでいるが、良くならない。1番痛いのは小指で、いっそのことちょんぎってしまいたくなる。  そういえば、指切りは、遊女の心中立から始まったとか。愛の証として、吉原の遊女が小指を切って、男に贈ったらしい。それが変化して、約束をするときに小指と小指を絡ませて「指切りげんまん‥」とするようになった。もしくは反社

        マガジン

        • 詩集について
          14本
        • 自作の背景
          8本
        • 俳句
          2本
        • 詩誌について
          7本
        • ひとりごと
          10本
        • しなやかな暗殺者
          26本

        記事

          風通しの佳い抒情

           木村恭子さんから、個人詩誌「くり屋」103号をいただいた。ゲスト詩人に山口美沙子さんをお招きして、4作品を掲載。 山口美沙子 大いなるもの 木村恭子  窓(20) 葉書        窓(21)  後書きも、ご自身は意識しておられないかもしれないけれども散文詩さながらであるから、5作品掲載ともいえる。「窓」は、毎号2篇ずつ連載され、タイトルは同じだが、それぞれ独立した作品。窓から目にした日常の1コマを、穏やかな声でゆっくり語

          風通しの佳い抒情

          一人歩き

           先日、詩人のNさんからお電話をいただいた。 「詩集、出版おめでとうございます。これから、貴女の手を離れて、貴女の詩集は一人歩きするのよ」とおっしゃった。私はNさんのお人柄と作品を尊敬して師事しているのだけれど、Nさんは常に目線の高さを同じにして、控えめに励ましたり支えたりしてくださる。Nさんも今年、六冊目の詩集を出版なさった。「詩集は一人歩きする」は、私に対して、そしてご自身に対しての言葉だと感じた。  今、お世話になった方に詩集をお送りする作業を進めている。メッセージカー

          一人歩き

          夕顔異聞 

          半蔀を覗き込みたり時鳥 花氷名も知らぬひとに恋をして 夕顔の花の吐息にうつむけり やごとなきひとと知らるる薫衣香 昼花火恋のレンタルありますか 夏襲かくせし指の繊きかな ひとを待つ丈なす髪を洗ひけり 一夜妻要はづれし夏扇 蚊帳の中物語ることすべて夢 駆け落ちの果ての果てまで流れ星 枢錠息止め落とす天の川 もののけが髪梳る木下闇 枕頭に顕つあやかしや居待月 生霊ひと取り殺す野分かな いつはりはなしといふ嘘十三夜 1993年、私が第二回『春燈新人賞』を受賞した時の句です。源氏物

          夕顔異聞 

          本歌取り

           私の筆名は、『和泉式部日記』から戴いた。亡き恋人為尊親王の弟、敦道親王より橘の花を贈られた和泉式部は、「昔の人の」と思わずつぶやき、 薫る香によそふるよりはほととぎす       聞かばやおなじ声やしたると という歌を親王に返す。この歌の本歌が、古今集、読み人知らずの 五月待つ花橘の香をかげば         昔の人の袖の香ぞする である。「橘の花の香から昔の恋人をしのぶ」から「橘しのぶ」は誕生した。           ⁂ 本歌取(ほんかどり)とは、歌学における和

          本歌取り

          ひとりでさびし

          ひとりでさびし ふたりでまいりましょう  みわたすかぎり  よめなにたんぽ いもとのすきな むらさきすみれ なのはなさいた やさしいちょうちょ  ここのつこめや   とうまでまねく  これは宮城県仙台田尻地方の童歌である。私は、この歌を、安房直子さんの童話『さんしょっ子』での引用で、初めて知った。すずなの家の畑に立つ山椒の精さんしょっ子が,すずなのお手玉をくすね、声も真似て、「ひとりでさびし」と歌い‥物語は数年を経て、切ないラストを迎える。『さんしょっ子』が名作である

          ひとりでさびし

          朗読会

          今日は朗読会です。 岡山後楽園。 私は、詩集『水栽培の猫』から、「水栽培の猫」「口笛」「鈴」を読みます。

          あとがき

           詩集を、先ずは、あとがきから読む人もいる。あとがきを読み終えたとき、この詩集は読む価値がないと判断されることもあり得る。拙詩集『水栽培の猫』のあとがきを、最初に書いたときは、猫の死と私との距離が近すぎた。詩人のNさんにお見せしたところ、「これでは猫のレクイエムの詩集だと勘違いされてしまう。貴女が書きたいのは、それだけではないはずよ」と、アドバイスを下さった。  ご指摘の通りである。喪いたくないのに私から消えてゆくもの、光のような香りのような湿りのような決して繋ぎ留めておくこ

          あとがき

          詩の朗読

           土曜日に、自作詩を朗読することになった。持ち時間は5分。原稿用紙1枚が1分と教えていただいたので、試してみたら、本当にその通りだった。新しい詩集の巻頭詩『水栽培の猫』、終わりから2番目の『口笛』、巻末詩『鈴』を読むことにしている。  人前で朗読するのは20年以上前、1回切りで、まるで自信がない。普段から朗読なさっている詩友のAさんに、お訊きしたところ、以下のようなアドバイスをいただいた。  リアルで聞いていただく場合は、会場を見回して自分の話に頷いて聞いてくださっている方

          詩の朗読

          非連続性の連続性

           今日は『源氏物語』の講義を受けた。先生が、大学院生の頃、「源氏物語は非連続の連続性を持っている」と、先輩から教えられたそうだ。点描画は近距離だと点の集合体にしか見えないけれども、離れて見たら絵画作品として鑑賞することができる。源氏物語五十四帖も、各々独立していながら、全体を通して因果応報をテーマとした一つの物語になり得ていることだと、私は理解した。  詩集も同様である。一つ一つが独立した詩篇でありながら、一冊読み了えた時、訴えかけてくるテーマが在ってほしい。ただ、あまりにも

          非連続性の連続性

          蝶  ルナール『博物誌』より

          蝶    Le Papillon 二つ折りの恋文が、花の番地を捜している ルナール『博物誌』より 岸田国士訳  風に舞う蝶は確かに恋文のようだ。翅と翅の隙間から、愛の言葉が鱗粉になってこぼれ落ちる。息を呑むほど美しい一行詩である。  去年の夏、庭のパセリに、2匹、キアゲハの幼虫がいるのを見つけた。保護して(以前そのままにしておいたら、天敵に食べられたようだった)プラスチックケースで飼育した。黒白の芋虫は脱皮して、緑の芋虫になり、やがてさな

          蝶  ルナール『博物誌』より

          いつもそばに

           私の新しい詩集、『水栽培の猫』の帯の背のところに、編集の方が「いつもそばに」と添えてくださった。どうしてか私は、ここを目にするたびに泣いてしまう。目には見えないけれど、いつもそばにいてくれると、信じようと思う。  それは、死んだ猫であるかもしれない。亡くなった父や母であるかもしれない。もしかしたら遠い日の少女の私自身であるかもしれない。目には見えない形で、いつもそばに寄り添って私を支えてくれるものたちが存在することを信じようと思う。 橘しのぶ詩集『水栽培の猫』思潮社   

          いつもそばに

          減点法

           アマプラで『ドラゴン桜』を観ている。昨日は東大の英作文の模試についてだった。東大では、合格判定に減点法を用いる。自信満々の帰国子女が、英語の基礎をようやく身に付けた東大専科の生徒たちに負けてしまう設定だった。  私は現在、某詩誌の書評委員を担当しているが、心がけている事一つだけ。私の書評を読んだ人が、その本を読みたいと思ってくださるように書いているつもりである。詩の合評会でも、感動した素晴らしい箇所について発言する。詩作品は、作者にとって可愛い我が子だと思う。他人様の子供を