『自己責任論』の原因を自分のトラウマから考えた

*** 注意:虐待についての話です ***

こんにちは。

いつもはTwitterで過去のことなどを垂れ流していたのですが、そういうのを読みたくて私をフォローしている人ばかりでもないと思うので、こちらに切り離そうと思い新規にnoteアカウントを作りました。吐き出しを兼ねるので、とりとめない文章になるかもしれない事を最初にお詫びします。

今日は『自己責任論』から自分の過去の出来事を思い出していました。
自分が責められた経験から、被害者を責める人は『被害に遭うという可能性から自分を遠いところに置きたい』からそういう思考になるのではないか、という考えを持つに至ったという話です。
いつもTwitterで書いているような親の話がでてくるので、そういうのが苦手な人はスルーでお願いします。

日本人の『自己責任論』は世界でも特異なんだそうです。

私は自己責任論については、『被害に遭う人は自分とは違う種類の人間、愚かだから自分と違って被害に遭った、自分は大丈夫』と思いたい気持ちから来ているのではないかと分析しています。

上記のようにつぶやいている通り、私にはそうだなと感じたきっかけの出来事がありました。

Twitterでも何度かつぶやいているので公開情報なんですけど、昔勤めていた小さい会社の経営者によって深刻な性犯罪被害に遭わされそうになった事があるんですよね。
ぼやかさず言うと徹夜残業中にレイプされそうになりました。未遂ですが。

当時は20代前半で、社会経験もあまりなく、当時も親とはあまりうまくいっていなかったんですけど、さすがにこんな状況だったら親だったら何か助けてくれるのでは、せめて気持ちだけでも味方になってくれるというか…一緒に怒ってくれるんじゃないか、という期待がありました。ほら、漫画とかでもよくあるじゃないですか、「うちの娘に何をするんだ」みたいなね。

母親の反応はこんな感じ。

・お前が誘ったんだろう
・私はそんな目にあった事ないからお前が悪い。お前がおかしい
・(職場に経営者の奥さんがいたので、その人にその事態について相談をしようかと思っている、と話したところ)何考えてんだこのバカが、他人様の家庭を壊す気か

他に何を言われたか覚えてないんですが(人間の忘却能力は素晴らしい)、私が被害を相談した事で母は私に激怒をしていました。聞き続けるのが辛すぎて母が怒鳴っている途中で電話を切った覚えがある。

その事自体は今回の話の主旨じゃないので割愛しますが、その時に『辛い時こそ身内に背中から切りつけられるものなのだ』と思い知った事は、私の人生を追い詰めかなり生きにくくしてくれました。

ええと、話を戻すと、

母の反応の2番めに書いた、『私はそんな目に遭った事ないからお前が悪い』。私はこれが自己責任論や犯罪被害者を責める人たちの根っこにあるんじゃないかと、この出来事によって考えるようになって。

聞くのも恐ろしいような犯罪とか、嫌なこととか、人間巻き込まれたくないじゃないですか。そういうのとは無縁のところにいたい。だから被害者を責める事によって『あの人が被害に遭ったのは落ち度があったから』『自分にはないから自分は大丈夫』と思える。そう思いたいから、被害者を責めているんじゃないかなって。母の反応からまざまざとそれを感じました。

人を責める事によって自分が優位に立てるというマウンティングの側面もあると思います。

そういう心の動きの対象が実の娘に向かうというのは、当事者としては辛いものがありますけど…

なので、自己責任論を聞くと私の中で『ああ、この人は被害者と自分は違うと線を引きたい人なんだな』と考えます。

もちろん私もそういうところが全くないとは言えず…
例えばマニラでは昏酔強盗がよくあって、私も実際に酩酊状態の日本人の男の子を見かけたことがあります。観光地で2人組のフィリピーナに逆ナンされて気がついたらタクシーに乗っていたらしく、「そういう人達には気をつけなきゃダメだよ、危ないよ」と言ったら「いや、だいじょーっぶっす、今コンドーム持ってないんでやらないっす」と話が噛み合わない。
それについては私も同情よりもその男の子を悪く思う気持ちの方が正直先に来ました。
私の自己責任論に照らし合わせて考えると、私は『下心があって女性に騙されるような日本人男性とは違う』と思っていることになります。うーん確かにそのとおりかも。

被害者を責めるのはセカンドレイプで、人として恥ずかしい振る舞いだと私は思っているので、例え感情がそう動いたとしてもいい大人として「いや、今は被害者のケアだ」と理性が働くような人間になれたらいいなあ。

ちなみに上記のマニラの話の時は、私の友達のフィリピン人たちがすごく親身になってその初めて会った男の子を介抱してあげて、ご飯を食べさせ、水を買ってあげて(フィリピン人の友人たちはお金をもらっていませんでした。私が同じ日本人だから…と払おうとしたけど断られた)、ホテルまで送り届けてあげてました。
その男の子だけでなく困っている外国人のことを積極的に助けてあげているようで、「自分たちの国が犯罪があるのは知っているけれど、フィリピンやマニラを嫌いになってほしくないから、いい思い出を少しでも持って帰って欲しいから」と話していて、『あー日本人の若い男の子は仕方ないなー…。』としか考えられない自分が、彼らと比べてちょっと恥ずかしくなりました。


自己責任論の話はこれで終わりなんですけど、家庭の話をちょっとだけ

今考えると、母の性格をよく知っていれば母の反応は読めたはずなんですよね。
うちの母は昔から「自分が頭がいいと褒められたい」という願望が強い人で、私達子供にもよく父や他の人より頭の良い高校に行っていたとか、他の生活の些細な事で自分が他の人よりかしこいというのを主張している人でした。

それに加えて、他人に負けたくないという気持ちが強く、子供のスペックを他の家庭と競っているような人でした。本質からかなり離れた、単にスペックが負けたくないというだけの無意味な勝負ですけど…(例えば私が大学に進学してもう数年経っているのに、東大に進学した子の親と仲良くなりだしてから急に「北大は低い、お前に恥をかかされた」と言って怒り出すとか…。合格した時はそんなに高いスペックの子供の親とは親しくしていなくて、周りからはすごいねと言われていい気持ちになっていたようなんですけど…)

なので、その2点をかけあわせたら「自分の子供がとんでもない目にあっていて恥ずかしい、こいつが全て悪い、私は悪くない」という結論にたどり着くのはある意味自然なんですよね…。

今は他の出来事なんかも掛けあわせて考えてようやく論理的にこういう答えにたどり着けるけど、当時はまだ若かったし、何より被害者は私自身で私が一番気が動転していて怖くて辛くて将来の不安もあるし(仕事も収入も失うしね)心細くてどうしていいか分からなくて苦しんでいたので、そんなふうにとても分析できず、ただあまりにも酷い言われように、なんだか笑っちゃうことしかできませんでした。

こう分析したらしたで自分の家庭環境に絶望しか生まれないんですが、まあそれは仕方ないよね。

ちなみにこうやって分析する事で、私はようやく「お母さんにあんなふうに言われたのは、私が悪いからじゃなかった」と自分を責める事から少し離れられますし(恐ろしいことに、私のような育ち方をしていると「こんな目に遭うのは私が悪いんだ、人を怒らせるダメな人間なんだ」と思って自分を責める思考に行きがちになります。そしてそれは「次からそういう目に遭わないように気をつけよう」ではなく、劣等感と低い自尊心から自分の事をより守れなくなり、望まない性被害でも『自分が受け入れれば波風が立たないのではないか、誰も怒らせないのではないか』と思ってうまく抵抗できず我慢してしまったりするようになったりします。もちろん後でとても苦しみます。)、
それを持って母親を受け入れられるようになれたりは絶対にしないですが(受け入れるという事はそういう事が再発するということで、肉親と仲良くする代償としてあんなしんどい目に遭わなければいけないのは私は二度とごめんです)責を本人に返せるのですこし気持ちが楽になります。
なので無駄な作業ではないかなと思います。
傷はまだ痛みますけども。


本当は時間を置いてからちゃんと本人と「あの時はああ言われて、私は辛かったんだよ」等と自分がどう感じていたかを話して分かってもらって、あの時はごめんねとか少しでも謝ってもらえたとしたら、自分の心のためには一番いいと思うんですけど…、

大人になってから、対話をしようと思い切って「お母さんが私の笑顔が醜いと言うの、辛かったんだよ」と話したところ(私「お前が笑うと醜くて人を不愉快にさせるから笑うな」と言って育てられたので…)、「本当のことだねっか。いい気になって他人に笑われないよう、本当のことを言ってあげられるのは親しかいないんだて」と真顔で言われてさらに傷ついたり、

さっきのレイプ未遂の件も、30過ぎてから父親に「お母さんにこう言われて辛かったよ。誰にも助けてもらえないという心境になったよ」と(こちらとしては歩み寄るために心を少し開こうと思って)打ち明けたところ、「人が自分の思い通りに動くと思うな」「他人を当てにしているうちはまだ子供」と説教され、他のことでも「お母さんを怒らせるな」としか言わず母を怒らせないことが父の人生の最優先事項で私が襲われようと傷つけられようとそれはどうでもよいようだったので、ああこりゃそういうの望めないなーと諦めました。

まあある意味父の言うとおり他人には期待するのは間違いで、自分が幸せに生きる場所は自分で作らないといけないですね。

おわり。

※ 文章に続きはないですが、投げ銭用に有料ノートとして設定しました。なにか感じることがもしあったら投げ銭して頂けると非常に喜びます。_(_ _)_

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