掌編_003

【掌編小説】いたって平和クエスト【#003】

(この小説は約2分で読むことができます。)

「起きなさい。起きなさい、私のかわいい○○や…」

今日は旅立ちの日だ。魔王が今にも世界を滅ぼそうとしているらしい。

右手に剣。左手に盾。

俺の後ろには、屈強な剣士。賢そうな魔法使い。清らかな僧侶。

「お前は、伝説の勇者の血を受け継ぐ末裔だ。必ずや魔王を倒してくれると期待しておるぞ。」

大きな赤い椅子に座った王様が宝箱を差し出し、俺を送り出した。

ここから俺の冒険が始まる。

ただ

俺が住んでいる町は、いたって平和そのものだ。

たまにうっかりと町へ入ってくる魔物も、母さんがフライパンで倒せるほど弱い。

わざわざ冒険に行き、自分が死ぬかもしれない魔境へ入っていき、その奥にいるという噂の魔王を倒しにいく必要があるのだろうか。

立派な装備もこしらえた。すてきな仲間もいる。お金もたくさんもらった。

でも

自分の命を懸けるほどの緊迫感を、まるで感じることができない。

確かに世界の一部は危険なことになっているかもしれないが、ここは安全なのだ。

自分に伝説の勇者の血が流れているのかもしれないが、ここは平和なのだ。

行きたくない

仲間に「ごめん、忘れ物」と一声かけ、家に帰る。

家に着くと「出発は明日になった」と、母に嘘をつき、ベッドに入った。

おやすみなさい。おやすみなさい。やはり自分のことが一番かわいいのだ。

こうして、今日もまた旅立つことはなかった。

さあ、明日も旅立ちの日だ。世界は回る。

ぐるぐると世界は周り、ここは世界の裏側。

今日も目を覚ますといつも通り、むらさきの炎が灯る燭台が目に入った。

大きな体を起こし、いつもの椅子に腰掛ける。

しかし

いつもの毎日と違うのは、今日はついに世界征服の計画を実行する日なのだ。

長かった。前の勇者に封印されたのが2000年前。

魔境を復活させるのに、1000年かかった。

私の力を完全復活させるのに、さらに500年。

そして、万全な計画の準備に500年。

伝説の剣も盾も鎧も、吾輩の城に集め、この星の精霊を封じ込めた指輪も地下に封印した。

あとは、吾輩の恐るべき魔力を世界へと拡散させる水晶に手をかざすだけである。

長かった。いよいよ今日が世界最後の日だ。

ただ

どれだけ万全に万全を重ねたとしても、伝説の勇者の末裔はまだ息をしている。

油断は禁物だ。この計画に失敗すると、また気が遠くなるほどの時間がかかる。

魔王にだって寿命はある。もっと慎重にいくべきではないか。

たとえば

勇者の末裔を倒してからでも、遅くはないのではないか。

そうだ、そうしよう。

今日もそんなことを、いつもの椅子に腰掛けながら考え、いつも通りの1日を終えた。

重い腰を上げ、のしのしと歩き、必要以上に大きいベッドに体を任せた。

やはり、柔らかいベッドに包まれるのは気持ちがいいものだ。

こうして、今日もまた世界が滅ぶことはなかった。

さあ、明日も世界最後の日だ。世界は回る。

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