【掌編小説】人が死ぬ話【#013】

「浮気したら殺すから。」
彼女と付き合う時に言われたセリフだ。

「ただいま。」
家に帰ってくるといつも言うセリフだ。彼女の腹から赤い液体が止め処なく流れ出ている。

「またか。」
夜遅くに帰ってくると、いつもこれだ。テーブルの上には、持ち手が赤黒く変色している包丁が、無造作に置かれている。
「こんなに汚しちゃって…」
そういって、彼女の腕をひっばる。その腕に力感はなく、プランプランと揺れている。そして、その腕がテーブルの上に置かれていたトマトジュースの瓶にあたり、床をさらに赤に染めた。
「あーあーあー。タオル持ってこないと。」
そう呟いて、流しからタオルを一枚持ってくる。その時に、彼女の腕から手を放した。彼女はゆっくりとトマトジュースの上に、横たわった。
「トマトジュース、冷たくないの?」
彼女に話しかけながら、床にこぼれた液体を拭く。糖度の高いトマトジュースだったらしく、拭いたところの床がべたべたになった。

「ねぇ、いつまでそうやってるのさ。」
タオルにこびりついた赤を落とすために、流し台に向かいがてら、また彼女に声をかけた。グスン、と鼻をすする音が聞こえた。
「悪かったって。連絡もしないで。」
そのまま話を続ける。
「次からはこんなことにならないように気を付けるから。悪かったと思ってるよ?浮気してさ。でも、心の中ではいつもお前のことを一番に思ってる。浮気は本気じゃない。本気はいつも、お前だけだよ。」

クローゼットの中から、うつろな目をした彼女が出てきた。
「本当?」
赤が落ちないタオルをいったん置いて、彼女を抱きしめる。
「うん、本当だよ。」
「うそだ。これでもう何回目か、わかんないよ。」
「今度こそ、最後さ。信じてほしい。」
「私、もう嫌だよ。」
「ごめん、本当にごめん。」

後ろの殺気にまだ二人は気づいていない。

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