俗語半解

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オードゥリ・ヘップバーンと氷菓屋台

「私たちの愛はここにずっとある」Our Love is Here to Stay  1950年8月1日、47歳のヴィンセントゥ・ミネーリ(Vincente Minnelli、1903年2月28日~1986年7月25日)監督、身長170㎝の38歳のジーン・ケリー(Gene Kelly、1912年8月23日~1996年2月2日)主演、MGM社の総天然色の音楽喜劇映画劇『パリのあるアメリカン人』An American in Paris(113分)の撮影が始まった。撮影は10月4日ま

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    • 西欧的法人格概念の理解、木庭顕『ポスト戦後日本の知的状況』

      2014年3月12日、「講談社選書メチエ」、木庭顕(こば・あきら、1951年~)著『ポスト戦後日本の知的状況』(講談社、本体2,200円)が刊行された。 同書は読みにくい上やや独断的だが、上野千鶴子(うえの・ちづこ、1948年7月12日~)、小池百合子(こいけ・ゆりこ、1952年7月15日~)、村木厚子(むらき・あつこ、1955年12月28日~)らの仲間たちが日本の公共民社会の基盤に及ぼした影響を反省する上で役に立つ。 第Ⅱ章「戦前期(1895-1945年)」、5「一九一

      • 近藤譲『線の音楽』

        1974年6月4日、小島幸雄が、有限会社コジマ録音を設立し、自社のレーベル名をALM RECORDSとし、音楽のレコード盤の制作を開始した。 1974年10月、コジマ録音が、26歳の近藤譲(こんどう・じょう、1947年10月28日~)のアルバム『線の音楽』のLP盤 (ALM AL-1、2,300円)の通信販売を始めた。送料は300円だった。 カバー・デザインは近藤昌子だ。 SIDE:A CLICK CRACK (1973) 8'04" 高橋悠治(1938年9月21日~)(

        • 『奇跡を起こす人』、1964年の映画劇『マタイオスによる福音書』

          アン・サリヴァンとヘレン・ケラー1887年(明治20年)4月5日の朝、アメリカ連合国のタスカンビア(Tuscumbia)の自宅で、20歳の家庭教師アン・サリヴァン(Anne Sullivan、1866年4月14日~1936年10月20日)の前で、井戸の水に触れた、視覚と聴覚に障害をもつ盲ろう者の6歳のヘレン・ケラー(Helen Keller、1880年6月27日~1968年6月1日)は、先生が手のひらに書いた単語のつづり「水(water)」が、「水」を意味する単語だと知り、

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        オードゥリ・ヘップバーンと氷菓屋台

          1950年の映画劇『忘れられた人々』と新日本文学会

          冷戦前期にあたる高度成長期の日本国の少数の進歩的知識人は、ラティーヌム文字を文語の公用文字とする西欧の多文化都市民の自治習慣を模範とし、日本国を変えようとした。 他方で、日本国内では、多地域出身者が集まる大都市圏の日刊全国高級新聞や月刊全国総合誌の愛読者の大卒者の男性を中心に、標準的な日本語の発音、読解が急速に普及し、単純労働者、農村住民、女性へと波及した。 冷戦前期にあたる高度成長期の日本国では、共産主義に抵抗するアメリカ連合国の支配下で、自由主義が普及した。 しか

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          1950年の映画劇『忘れられた人々』と新日本文学会

          野坂昭如、素九鬼子、秋吉久美子、映画劇『バージン ブルース』

          メルリン・モンロウと野坂昭如 1953年11月、福岡市東中洲の那珂川の河畔に、30歳の江頭匡一(えがしら・きょういち、1923年3月25日~2005年4月13日)が、高級フランス料理店「ロイヤル中洲本店」を開業、有限会社ロイヤルを設立した。  1954年2月、新婚旅行で来日中の27歳のメルリン・モンロウ(Marilyn Monroe、1926年6月1日~1962年8月4日)と39歳のジョウ・ドゥマジオウ(Joe DiMaggio、1914年11月25日~1999年3月8日

          野坂昭如、素九鬼子、秋吉久美子、映画劇『バージン ブルース』

          チェットゥ・ベイカー、アストゥルージ・ジウベルトと日本

          『チェットゥ・ベイカーが歌う』1954年4月~5月ごろ、アメリカ連合国のPacific Jazz Recordsが、24歳のチェットゥ・ベイカー(1929年12月23日~1988年5月13日)のアルバム『チェットゥ・ベイカーが歌う』Chet Baker Singsの8曲入りの10 インチ LP盤(LP11)を発売した。 録音は1954年2月15日だ。 「だけど私とは無関係」But Not For Me(3分00秒)、「何度も何度も」Time After Time(2分44

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          チェットゥ・ベイカー、アストゥルージ・ジウベルトと日本

          1978年の手塚治虫『ブラック・ジャック』第229話「人生という名のSL」

          テレビ時代の日本語の少年向け漫画文化適度に安全で自由な環境におかれた思春期から老年期にかけての人間は空想的な差別感情、競争欲を発達させやすい。 文芸教養における競争や差別は文芸教養権威を発達させた。 漢字教養が知識層に普及した中華では漢語の論語や仏典などが権威をもった。 20世紀以後の日本国で有力な西方救世主教ではラティン語の訳の福音書などが権威をもった。 文芸教養権威は、権威ある古典の知識を表現することで、その教養の乏しい者を差別する。それは政治権威のひとつの根拠と

          1978年の手塚治虫『ブラック・ジャック』第229話「人生という名のSL」

          角川文庫と1983年の原田知世主演の映画劇『時をかける少女』

          1938年の映画劇『手に負えない』1937年(昭和12年)7月7日、中華民国の北平(ベイピン)(現:北京(ベイジン))西南の盧溝橋(ろこうきょう、ルーコウチアオ)で大日本帝国陸軍支那駐屯歩兵第一連隊第三大隊と中国国民革命軍第二十九軍が衝突し、日中戦争の発端となった。 1938年(昭和13年)9月16日、53歳のジャック・コンウェイ(Jack Conway、1885年7月17日~1952年10月11日)監督、37歳のクラーク・ゲイブル(Clark Gable、1901年2月

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          角川文庫と1983年の原田知世主演の映画劇『時をかける少女…

          半藤一利『山県有朋』

          山縣有朋(やまがた・ありとも、 󠄁1838年6月14日~1922年2月1日)は、大日本帝国の軍国主義的な少数権力者支配を強化し、大衆の自由を抑圧した悪人として知られる。 しかし21世紀以後、大日本帝国の日本人民界の公共化への山縣の貢献を再評価する研究者が増えた。 1958年(昭和33年)5月17日、「岩波新書」、55歳の岡義武(おか・よしたけ、1902年10月21日~1990年10月5日)著『山県有朋:明治日本の象徴』(岩波書店、100円)が刊行された。 1990年(平

          半藤一利『山県有朋』

          『橋のない川』、1975年の小説『将軍』と1980年の日本語の自主検閲

          1939年の探偵小説『十人の小さな黒んぼ』1868年、アメリカン連合国の黒面お笑い芸(blackface minstrel show)で、イングリッシュ語の童謡「ガチョウおばさん(Mother Goose)」に基づく、セプティマス・ウィナー(Septimus Winner、1827年5月11日~1905年11月22日)作詞・作曲の数え唄「十人の小さなインジャン(Ten Little Injuns)」(「インジャン(injun)」が、中産階級の救世主教徒の白人に差別を受けてい

          『橋のない川』、1975年の小説『将軍』と1980年の日本語の自主検閲

          ガシャポン、アンスリー宇治店、テレビアニメ『響け!ユーフォニアム』

          バンダイの「カプセルステーション」 1997年(平成9年)4月21日(月)、阪神電気鉄道、南海電気鉄道、京阪電気鉄道が、共同の駅コンビニエンストア「アンスリー」の第1号店として、京阪電気鉄道の樟葉(くずは)駅に「アンスリーくずは店」を開店した。 1998年(平成10年)7月24日(金)、宝島社が「宝島社文庫」を創刊した。  2000年(平成12年)4月3日(月)、京阪電気鉄道の子会社で、大阪府を中心にスーパーマーケット、コンビニエンスストア、駅売店、駅構内店舗などを運営

          ガシャポン、アンスリー宇治店、テレビアニメ『響け!ユーフォニアム』

          1969年のハーバートゥ・マークーゼと感性的習性

          1955年11月、ボストゥンで、57歳のハーバートゥ・マークーゼ(Herbert Marcuse、1898年7月19日~1979年7月29日)著『自己保存本能と文明:フロイトゥについての哲学的探究』Eros and Civilization: A Philosophical Inquiry into Freud (Beacon Press)が刊行された。 1958年10月30日、H・マルクーゼ著、44歳の南博(みなみ・ひろし、1914年7月23日 ~2001年12月17日)

          1969年のハーバートゥ・マークーゼと感性的習性

          1956年の映画劇『天上のどなたかに気に入られた』

          1929年(昭和4年)12月24日発売の文芸誌『新潮』(新潮社)1930年(昭和5年)新年号(70銭)に、藤澤桓夫(ふじさわ・たけお、1904年7月12日~1989年6月12日)著『傷だらけの歌』が掲載された。 1930年(昭和5年)7月3日、「新鋭文學叢書」第5編、26歳の藤澤桓夫著『傷だらけの歌』(改造社、30銭)が刊行された。 装幀は35歳の古賀春江(1895年6月18日~1933年9月10日)だ。 1939年(昭和14年)5月25日、ランドゥンで、32歳のジェイム

          1956年の映画劇『天上のどなたかに気に入られた』

          エリック・フロム『人間の心』、マーサ・スタウトゥと冷酷な心理操作者

          1941年8月28日、ニュー・ヨークで、41歳のエリック・フロム(Erich Fromm、1900年3月23日 ~1980年3月18日)著『自由からの逃走』Escape from Freedom(Farrar & Rinehart)が刊行された。 1951年12月30日、「現代社会科学叢書」1、エーリッヒ・フロム著、34歳の日高六郎(1917年1月11日~2018年6月7日)訳『自由からの逃走』(創元社、280円)が刊行された。 1955年6月、ニュー・ヨークで、55歳の

          エリック・フロム『人間の心』、マーサ・スタウトゥと冷酷な心理操作者

          アレックス・バーン『性別自認の難題』、ジューディス・バトゥラー『性別自認なんか怖くない』

          1987年2月、ニュー・ヨークで、56歳のアラン・ブルーム(Allan Bloom、1930年9月14日~1992年10月7日)著『アメリカン人知性の結末:どのように高等教育が民主制に失敗し、今日の学生の魂を貧しくしたか』The Closing of the American Mind: How Higher Education Has Failed Democracy and Impoverished the Souls of Today's Students(Simon

          アレックス・バーン『性別自認の難題』、ジューディス・バトゥラー『性別自認なんか怖くない』