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場の空気感。

マインドフルネスの1つに思い出すというのがある。 一緒に学ぶ仲間の中にいて じわーっと込み上げてくるものがあった。 何ともいえない、愛の世界。 愛というと形がないものだから 表現するのに困るのだけど あぁ、生きてるっていいな、人間っていいな そんな風に思って込み上げてくるものがある。 ここ数日で1年半かけて学んできたものが いったん終了する。 この長いようで短い旅、一緒の船に乗った仲間。 淋しさとともに、この人生でこれらを体験できて 本当に良かったと心から思うのだ

    • 人生をやりきる、味わいきる。

      人生ってもんは面白いな。 本でもテレビでも必要な時に、 必要な言葉は入ってくる。 人との出会いもそうなのかもしれない。 朝から休息をとりながら、朝ドラを観てた。 そこでのフレーズがとっても心に響いたの。 とらちゃんが僕にできることは 謝ることじゃないよ とらちゃんができるのことはとらちゃんの好きに生きることです また、弁護士をしてもいい、また別の仕事をしてもいい ゆみのいいお母さんでいてもいい 僕の大好きな、何かに無我夢中になっているときのとらちゃんの顔をして 何かを頑張っ

      • 休息をとる。

        2,3日前から少しだけ なんだがフワフワザワザワしていた。 身体がバラバラの様な、落ち着きのない感覚。 つい、巻き込まれてしまいそうな だけど、地に足もついているような そんな感覚。 グサって刺さる言葉たちも目にしたからなのかもしれない。 事故しそうになって、体がびっくりしたのかもしれない。 身体がきつそうで、そんな方をみる家族と触れたからかもしれない。 なんとなく心を閉ざしている人と会ったからかもしれない。 満月付近だったからかもしれない。 人と熱く語り、やりたいことが見

        • 不安の種と共にいる。

          フッと朝起きて、不安の種が自分の中にあることに気がつく。 いていいよと そっと声かけながら、 それをどっかにやろうとか、どうにかしてやろうとか、はたまた無くそうとか、責めようとか  そーゆーことはせずに、 あぁ、あるなとそれとともにいる。 「世界はバランスでできている」 そんな言葉がフッと頭の中に浮かんできた。 たぶん、数年前ある方が教えてくれた本の題名だったと思う。不確かだが。 バランスだなと思ったのだ。 100%元気いっぱいない毎日はもちろん素敵だけど、 たぶん、2

        場の空気感。

          繋がり。

          人はどんなときに、人と繋がりを 感じるのだろうか。 わたしは、フッとしたときに 淋しさが溢れてくることがある。 だいぶ減ってきたものの、 フッとした瞬間に湧き起こるのだ。  でも、逆に分かり合えているという状態は どんな状態なのだろうか。 わたしのこの人生〝つながり〟は大きなテーマであると 最近感じる。 つながりは目に見えない。 言葉で〝つながっているよ〟といったところで 身体と身体が触れることで〝つながっているよ〟と感じたところで 認識できない気がする。 だから

          繋がり。

          一瞬一瞬を逃さずに生きたい。

          日々、小さいことにときめきを感じ それに楽しさと幸せを感じる。 満足もしている。 だけど、本当に満足かと言われると… わからない自分がいることに気がついた。 昔の自分からしたら、 今の状態はとても落ち着いていて、安定している。 自分に優しくできるようになり、 自分のペースも保てるようになってきた。 だけど、少しの靄がかかるのはどうしてなのだろう。 もっとできるはず、もっとしたい自分が 心の片隅にいるからなのだろう。 もっとできるはずともっとしたい自分 それを追いかけす

          一瞬一瞬を逃さずに生きたい。

          日々の出来事日記 0522

          身体が思うように動かない。 身体に引っ張られて、どうしようもない。 こんなことは時々あって、 わたしはよくOFFの日にある。 一人だからやりたいことも やらなきゃいけないこともたくさんあるのに… だけど、そんな日は 自分に優しくすることから始める。 ダラダラすることから始める。 ダラダラするって良くない様に思うんだけど、 わたしはするの。 あえてするの。 ダラダラしているとき、 でてくる子がいて、責めている自分。 「ダラダラして…あの人は頑張ってるのに」 「もっと楽

          日々の出来事日記 0522

          日々の出来事 0521

          久々に仕事から帰ってきて、ぐったり。 何もしたくなく ソファーでゴロンとなる。 少しでもこの状態から良くなろうとする そんな時、私はドラマを見る。 何も考えないで良い、恋愛ものの胸キュンドラマ。 多分、癒されたいとか、そういうのではなく 胸キュンして交感神経を少しでも高めたいのだと思う。       だけど、やっぱりぐったりは続く。 生理前と言うのもあるのだろう。 そして、立ち悪く、子供にイライラをぶつけている私もいる。 普段なら、そこまで怒らないだろうことを これでもか

          日々の出来事 0521

          思い立ってキャンプ

          うちは、 急に思い立ってどっかに行くということが多い。 計画性はほぼない。 天気がいい!行こう! 今回も予定なし!天気がいいから、キャンプ🏕️に行こう!とキャンプに行ってきた。 実は、うちのキャンプは キャンプというより、野宿に近い。笑 キャンプ道具というキャンプ道具は 1つも買ったことがなく、全部がお譲り+家にあるもの。まぁ、半分壊れかけのものもあり… テントだけは30年ものですが、しっかりしている。 だから、周りのかっこいいキャンパーをみると 羨望の目になると同時に

          思い立ってキャンプ

          オシャレへの戸惑い。

          昨日、ちょっと時間があったので、 ウィンドーショッピングをしてみた。 服を見ては、かわいいなと思う自分。 だけど、試着するという行為がなかなか出来なくて この服を着ているという自分が想像できなくて なんだか、ビックリした。 独身時代、服を買う、服を着るは わたしにとてもパワーを与えてくれていた。 それは、自己表現の1つで それ自体が楽しく、そして心躍る豊かな時間だった。 だけど、子どもを産み、育てる中で そのオシャレするということから 遠のいていたのだという自覚はあった

          オシャレへの戸惑い。

          整理したいのに、なかなかできない。

          今日はなんだか眠い。 よく寝たのに。 職場の勉強会のために、 資料を作っているのだけど、 作っていて思ったのは… わたし、たぶん小さな疑問が多くて それがスッキリしなくて 進まない! 何冊も本を引っ張り出して 深く仕組みを知りたくなる。 これ、学生の時の勉強もこうだった。 1つのことが気になって (たぶん、たいしたことない。それがわかったところで、だから何?ということが多分多い) なかなか進まなかった。 看護師になってから、尚更 包括的に、全体からみないといけなくて

          整理したいのに、なかなかできない。

          グラデーション。

          本気とはなんなのだろうか。 以前にも書いたんだけど、 わたしは、本気に生きるとか そーゆーのがなんだかパッとしない。 在り方だよ! って言われたときの感覚と似てるかもしれない。 だから、 たぶん、〝本気〟になれていないのだろう。 逃げてるのだろうか。 わたしは、今 淡々と粛々とするといことに 価値を置いているのだと思う。 わたしは、たぶん、 一瞬の感覚を味わうこと、   自分の感覚を優先することに 〝本気〟なのかもしれない。 だから、本気というのにも グラデーショ

          グラデーション。

          歌う。

          昨日、チャリティーコンサートに出演した。 音楽は大好きなのに 歌を歌うのは心底苦手。 自分の音痴ぶりに、いつも悲しくなるから。 耳から入ってくる音を同じ様に 歌ったとしても 他者からは…音程違うぜなんて 言われるもんだから 閉口してしまう。 だけどね、やっぱり歌うって  歌を聴くって 最高だなと思った。 歌ってさ… 人間の身体が、楽器になるじゃない 人間ってすごいなぁーって 思うのよね。 やっぱり。 表現したいという欲求も出てくるのよね。

          ビックファミリー

          週末、家族はそれぞれの場所で。 長女、三女はそれぞれお友だちのお家にお泊まり。次女とわたしたちは、近場の温泉旅館へ。 それぞれが楽しそうに、幸せそうに過ごした様で それがなんだか嬉しかった。 保育園から一緒、小学校も一緒の 仲良し家族は ホントにパパも含めいつも集まるのだけど、 親戚の様。 今回もいろんな家族の組み合わせバラバラなのだけど… 男の子夫婦の家に、女子2人お泊まり (男子はいない。) とか 別の家に男子みんな集合とか うちはうちで、 みんな泊まりに行ったか

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          言語化が苦手な理由

          言語化することを避けてきた理由の一つ。 断定したくない、決めつけたくないという 信念。 それと同時に、責任逃れをしてたのかもしれない。 その根底に、自分の感覚を心の底から信じるということが、できず、これでいいのかな? というのと 人のことでいうとわかったつもりになりたくない。 そんな感覚が働いていた。 そして、謎のループ。笑 言語化しないから、自分の中で整理できないし、それと同時に認識できない。 そして、忘れてゆくという恐怖。 だから、言語化していないわけではな

          言語化が苦手な理由

          習いごと

          習いごとに行きたくない(雰囲気)な子どもたち。 もともと、わたし発信で始めた習いごと。 本人たちも楽しんで行っていたはずだけど、 最近は〝遊び〟の方が楽しいみたい。 夕方に習いごとをすることについて わたしはあんまり積極的でないのだけど… 子どもに良かれと思って… だけど、それでイライラしたり、楽しめないのなら本末転倒な気がする。 自発的に何かをしたいを支援できる親でありたい。 そう思いながら、いるがしかし。 夕方行きたくなさそうな子どもたちを見て イライラするのは

          習いごと