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不確定性と多様性のポートフォリオ

三年前、MTGプロプレイヤーとして世界選手権に出場、世界トップ16人の戦いに出て敗れ、次こそはといつか優勝することを胸に燃え…たりは別にせず、まあそんなもんかと頂が見えたからいいやと登り切らずに結構満足して山を下りてきた。

とはいえ、やり残したことがないかというとそうではない。いやあるいは仮に優勝しても疑問に思い続けていたであろうことがある。それは見積もり不可能な量の扱いについてである。

一生晴れないかもしれないと思っていた疑問のそれらしい答えに最近出会ったので書いてみよう。

見積もれない量を見積もる?

こんなシチュエーションを考えてほしい。勝ちたくて仕方がないイベントのデッキリスト提出まで残り一週間。新セットリリースから一週間だとしよう。それなりに色々試したが、既存のTier1にカードが数枚入りアップデートされた程度にとどまっている。

手元にはそこそこ練習したTier1のデッキ。腕にはある程度自信があるとしよう。世界トップのプロにはなれてもその中では再開ぐらいの腕だ。(というかこれは筆者のことである。)一週間も練習すればかなりの域に到達できる。とはいえだ、カードはやはり運もあるし、自分より強い奴もいるんだからもっと強いデッキがあるかもしれない。新しい未知の最強デッキを探すことに時間を使ったほうがいいのではないだろうか。一週間、長くはないが、何か見つけて調整する程度の時間としては足りる可能性がある。

さて、今あるTier1を練習するべきか?未知の最強デッキを探すべきか?

言っておくと答えはない。私はこれまでこのようなシチュエーションでは未知の最強デッキを探すことを選択してきた。それはうまくいったりいかなかったりした。もちろん、Tier1の練習をする人もいるだろうし、それもまたうまくいったりいかなかったりするだろう。

全知全能の神の視点で見ればこの問題には、状況次第ではあるが、答えがあるだろう。つまりは、Tier1の練習をしたほうが勝率期待値が高い場合も、未知の最強デッキ探しをしたほうが勝率期待値が高い場合もある。

この問題が難しい理由は、未知の最強デッキの強さとその発見確率(そもそも存在していなくて0%である可能性もある)の見積もりができないことに起因している。前提として、以前の記事でも述べているように、デッキというのはそのパターンの多さから全てを検討することが不可能であると考えている。ではその検討不可能な対象から、自分の能力で何時間探せばどの程度の強いデッキが見つかるだろう、という見積もりを立てることもまた不可能である。

いや、もしかすると、競技人口が十分に多く、最新セットリリースからある程度の月日が経っていれば十分に新しいデッキが見つかる確率は低いと推定できるかもしれない。しかし、リリース一週間ではどうか?最強デッキが見つかっていないだけだから探索を続けるべきか、もうTier1を練習したほうが分がいいと判断すべきか、どうしたものか。カードプールから生み出される無数の組み合わせを評価などできないのだ。

市場から期待値と中央値を考える

不確実なものから得をする、といえば実に身近な例としてお金がある。通貨という競技人口世界一位のカードゲームだ。

バブル経済では土地や株の値段が上がり続けていた。これが崩壊したことを現代を生きる私たちは知っているが、仮に、そのバブル時代の一日を考えるとしよう。次の日の資産の期待値を最大化するには資産をすべて株や土地にするのがよい。次の日も上がる確率が高い。しかし、私たちはバブルの崩壊を知っているから、オールインを続けるのが文句なしの正解でないことがわかるだろう。

話を単純化するため、コイントスのゲームを考えてみる。あなたは10の資産を持っている。これをコイントスに好きなだけベットすることができる。勝つとベットした金額は4倍になって還ってきて、負けるとゼロになる。この試行を100回繰り返すとする。何割ベットするのがよいか。

まず、期待値の最大化という観点で考える。答えは毎回オールインだ。50%で4倍、50%で0倍は平均して2倍になる。なのでオールインを繰り返した場合の10回の試行の後資産の期待値は1024倍である。素晴らしい。これが答えだ、とはならないだろう。これは試行の度に全資産がゼロになるリスクを負っている。10回の試行の後の時点で99.9%の確率で全資産を失っていることになる。すごく運が良かった場合に更に幸せになれる代わりに、少しでも運が悪いとすべてが無になるという選択だ。

では次に、「運が良くも悪くもなかった場合」の資産の最大化を考えてみる。中央値の最大化である。一万人いる人が同じ試行をしたとき、五千番目の人が儲かった金額を最大化するにはどうしたらよいか考えてみよう、ということだ。全資産のうち試行に投じる割合を一定のまま1,000回の試行をする。この割合を0%から100%に動かしたとき、最終的な資産の中央値(運が良くも悪くもない人の資産)を調べると次のようになる。

33%を試行に投じるとき、運がよくも悪くもない人は最終的に最大の資産17,600,000を得る。(計算が面倒なので1,000回コインを投げたから微妙に違ったらゴメンネ、誰も気にしないと思うけど。)

ひとまず、運が良くも悪くないことを考えたが、じゃあ33%が正解!というわけでもない。ちょっと運が悪い場合やすごく運が悪い場合などどのような場合を想定するべきかに正解はない。

時間投資とチームビルドのポートフォリオ

結局ここから言いたかったのは何か。ある試行が確かに期待値は最も高いかもしれない。しかし、期待値が本当に高い二元論的などちらにするかではなく、どこにどれだけ投資するかのグラデーション、言葉を換えればポートフォリオの問題なのである。

最初からオリジナルデッキで決め打ち、あるいは既にあるTier1で決め打ち、ではなく、少しだけ違うほうにもリソースを分配してみればいいだろう。Tier1を調整するべきだと思っても、時間を1割だけオリジナル探しに充ててみる。そうすれば堅実性が出るというものである。いや、なんなら一人でなくてもいいだろう。チームの全体として投資対象の割合を実現すればいい。Tier1を回す4人にオリジナルデッキを探す2人という具合に。

一人ではvolalityの大きい(不安定な)メンバーも、集団ではrobustness(頑健性)を作ることができる。

それでも、オールインしたっていい

夢を見るより頑健性を持てと随分説教臭くつまらない主張になってしまっただろうか?

いやしかし、ゲームといのはある仮定のもとでの限定的な状況を楽しめるものだ。全財産を失ったら泣いてしまうが、カードゲームなら平均勝率よりも上振れたときの勝率のために未知の最強デッキにオールインしたっていいだろう。トップ8までにしか賞品のない大会は9位も最下位も一緒だ。現実で不安定な個別株に有り金を全部突っ込むなんてことはできないが、それと同じような時間投資が割に合うことがあるのがTCGだ。一人で希望にオールインしたっていい。デッキを作れ。

Good Luck!



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