スマホを鶏白湯スープで茹でた日

 スマホ修理の店に行ったらラーメン屋だった。
 意味がわからないと思うだろうが、わたしもわからない。
 順を追って説明すると、わたしは今朝、スマホをこっぴどく破壊した。具体的には、まず落として画面が割れてしまった。いちおうそれでもスマホは機能したので、その時点では画面にひびが入ったという状態だった。
 その後、充電中に踏んづけてしまって、あの充電のコードを差し込むところが壊れた。この時点で私は残りの電池を使い、スマホの修理をしてくれる業者を探し、その所在地と周辺の地図を急いで紙にメモした。紙にメモするなんてけっこう久しぶりだった。
 それから、とりあえず事情が事情なので、職場に少し遅れていく旨を連絡した。上司は舌打ちしていたが、仕事でスマホを使うんだから仕方ない。そもそも会社の仕事に私用のスマホを使わせているからこうなるのだ、と思いながらわたしは電話を切った。
 首から血が噴き出した。
 どうも、電話中にスマホの割れた画面がわたしの頬に突き刺さって、そのせいでわたしの頬がばっくり割れてしまったのだ。慌てていたせいかあまりに鋭い切断だったせいか、痛みは気づくまでなかった。結果、わたしのスマホは血まみれになった。わたしはスマホを置いて止血をした。
 止血を終えたわたしが戻ってくると、置いたはずの場所にスマホがなかった。慌てて探すと、私のスマホはコップの中で液体に漬かっていた。それもブクブクと泡までまとっていた。
 どうも、最近ボケているおじいちゃんの仕業だった。おじいちゃんは何を思ったか、わたしのスマホと入れ歯を勘違いしたらしく、いつも入れ歯を入れる容器に私のスマホを入れ、入れ歯洗浄剤を投入していた。
 わたしはあわててスマホを回収した。電源はこの時点でつかなかった。
「はやくスマホ修理業者に運ばないと……」
 わたしは病気の子猫を抱える子供のように、スマホを抱きかかえて家の外に飛び出した。すると街路樹のポプラが私のほうに倒れてきて、スマホごと私を叩きのめした。
 どうやら、邪魔になった街路樹を伐採していたところだったらしい、業者は雑な手順で樹木を伐採し、それが道路に倒れたところにわたしが飛び出してきたらしい。
 両腕を骨折したわたしは、それでもスマホを修理すべく、さらに壊れたスマホを口でくわえて修理業者に向かって急いだ。
 するとそこにイノシシが現れた。
 最近は地方の過疎化が進んだ結果、これまで手入れされていた地域が放置されて自然が戻り、野生動物の移動範囲が広がって住宅街に迷い込むようなことが起こっているらしい。わたしの前に現れていたイノシシもそういう個体だった。そのイノシシはパニックを起していたのか、スマホを加えたわたしに突進してきた。わたしは両足首を脱臼した。
 その後、わたしはトラックにはねられ、スケートボードが頭に突き刺さり、通り魔に刺され、駅伝選手と衝突し、単に転び、満員電車にもみくちゃにされ、エレベーターの扉にはさまり、ものすごいことになった。
 そうしてわたしはどうにか、自分とおなじぐらいボロボロになったスマホをくわえて、スマホ修理業者があるはずの駅前ビルの四階にたどり着いたのだ。スマホの修理業者はよくこういうビルの一室で商売している。
「らっしぇい」
 ドアを開けると、ほかほかとした鶏白湯スープの香りが漂ってきた。
 木のテーブル、券売機、気難しそうな大将……そう、そこは、どう見てもラーメン屋だった。
 少なくともスマホ修理業者ではないことは確かである。ビルを間違えたのだろうか? それとも、単につぶれてテナントが入れ替わったのだろうか? 最近はスマホ修理業者も過当競争だと言うからな。そんなことを思った。
 しかしわたしは、ラーメン屋の店内に進み出た。
 そのとき、自分が何を考えていたのか、はっきりと思い出せない。
 たぶん満身創痍で、立て続けの不運に見舞われて、もうどうでもよくなっていたのだろうと思う。わたしはラーメン屋のテーブルの上に、くわえてきたボロボロのスマホをぺっと吐き捨てた。そのころにはわたしのスマホは、もう一見して何かの機械だったことしか分からないぐらいに壊れていた。
「ふまっほを、しゅーいしてください」
 スマホを修理してください。そうわたしは言った。
 口の中はズタズタで血の味がした。割れた歯の感触がじゃりじゃりした。
「あいよ」
 ラーメン屋の店主は、わたしのスマホだった残骸をひょいと拾いあげ、てぼと言われるあの麺を茹でる取っ手付きの網に放り込んだ。そしてそれを、煮えたぎる鶏白湯スープの中に入れたのだ。
 スマホは直った。
 わたしは新品同様になったスマホを受けとった。そして中のデータが無事であることを確かめた。その後わたしは職場に行って、上司を殴った。そして会社を辞めた。帰るとおじいちゃんが死んでいたので、警察に電話してしかるべき対応をした。妻に電話して、離婚しようと言った。
 それからわたしは財産のすべてを売り払い、小さなラーメン屋を開いた。 
 今ではチェーン店三店の店長である。

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