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ムスコの文章を想い出アルバムにしてみる。こんな記録ができる喜び。

我々人類を含めた動物は、植物から進化する過程で動くことを選んだ進化の結果だという話を聞いたことがある。
植物は動かないのに対し動物は動く。そのために睡眠という名の休息が必要であり、植物と同じような隙が生じる。いわば植物に戻っているとも捉えられるのだ。
一方で、頭を使うだけで疲れるのは人類を筆頭とする知的生命体の性であるが、「身体を一切動かしていないのに身体もぐったりするのは何故か」と考えた時に『疲れ』というものは脳由来なのではと考えさせられる。多くの生物は筋肉の塊である心臓を死ぬまで絶えず動かしているのにも関わらず心臓は全く疲れを感じない。仮に"心臓を動かしても疲れないプログラム"のようなものが脳に組まれているのであれば、それと同じように"足をいくら動かしても疲れないプログラム"を持つ生物はいるのだろうか。心臓が鼓動するのと同じような感覚で移動し、それに疲れを伴わない生物がいたとしたら面白いとふと思いついた。
その疑問を突き詰めた結果、1つの例としてクラゲが挙げられるのではと考えた。少し趣旨からは外れるが、クラゲには脳も血管も心臓もない。反射的に動き移動しているため、当然『疲れ』など感じることが無い。
2つ目の例を挙げるとマグロだろうか。マグロはラムジュート換水法という特殊な呼吸法を行っているため、動きを止めると窒息死してしまう。そのため、生まれたその日から文字通り死ぬまで泳ぎ続けるのだ。マグロの圧倒的な筋力や計算された流線型を持ってしても生を受けてから全うするまで泳ぎ続けられる不思議に思う。そこでまた疑問に戻ってくるが、これらの例を元に考えてもやはり『疲れ』は脳に依存したものなのではと思える。
もし仮に、人間の中でも脳が疲れを感じるリミッターがない個体がいるとするなら、それは世界のどこかで役に立つことなのかもしれない。

高校2年春・ムスコのつぶやき


自分の人生の記録みたいな記事を書きます。

一昨日、ムスコと雑談をしていました。その内容を息子なりに文章化したのが、こちらのレポートなんだそうです。


小学校6年生の卒業文集を書いたとき、担任教師にまるごと書き直しを命じられたムスコ。文章というより内容を変更しなさいってことだったそうなんです。が、拒否したら担任が書いた文章が印刷されたという経験があり、それからというもの、彼はなかなか文章を書こうとしなくなっていました。
だからすごく心配してたの。

ワタシはライティング・ライフ・プロジェクトに出会って、心から信じていることがあって、それは

「自分の言葉を正面切って書くって素晴らしい💙」


なんです。

彼の担任がしたことは、本当にひどいこと。大人として、教育者としてあるまじきこと。だけど、そこに屈して書かないっていう選択をしちゃうのも違うよなぁって思っていた。とはいえ何を伝えたら彼が「書く」を再開するんだろう……って解らなくて、放置していた。
その彼が、書いてみたっていうから、わぉ。どうして? と聞いてみた。そしたら、

疑問

が彼の原動力なんだって。この疑問が浮かんだ理由は、Youtubeを見たからで、そこからTwitterとかで同じようなこと考えている人の文章を読んで、また自分なりに考え、それを言語化したくなったんだって。

否定より、疑問。

文章が巧いかとか、内容の成否や検証は、彼が一生かけて味わい尽くすこと。ワタシは、ただ、書いて表現して欲しかったから、とても嬉しく思ったのでした。

この文章は、彼がiPhoneに書いたものを、ワタシに転送してくれたもの。
「昨日の会話を文章化したよ。noteに載せたいの? ネタとして? うんいいよ。オレのただのつぶやきだけどね?」

高校2年の若いキミが、2024年のこの瞬間に、こんなことを考えている高校生をやっているんだっていう、言葉のアルバムなんだよ。

今日撮った写真や動画を見るように、ワタシはこの文章を、君自身だって思ってるんだ。

キミが、文章を書きたいって思ってることが嬉しいし、
書いたものをワタシに見せてくれたことが嬉しいし、
こうして想い出アルバムとしようって思えた自分が嬉しい。

そんなことをしみじみと抱きしめて過ごす、憲法記念日。

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