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#86やあ、また君の季節かい。

「いた」(テル坊)
「何が?」(わたし)
「…たぶん、蚊」(テル坊)
「あちゃあ」(わたし)
寝苦しい夜に、なかなか寝付けなくて、となりでゴロゴロ布団の上で転がっていたテル坊があいつを見つけたようです。あいつとは?もちろん蚊のことです。

「明日ベープの替えを買ってこないとね」
翌日ホームセンターで、詰め替え用のベープを三つ購入しました。家族が気ままに過ごす、それぞれの居場所に置いておくためです。わたしが子どもの頃は蚊取り線香を使っていました。田舎に泊まりにいった時には、ばあちゃんが大きな青いネットの蚊帳を和室いっぱいに広げてくれて、中に入るとはしゃいでしまい、布団の上で大暴れしていた記憶があります。

それから暫くして流行り始めた電気式のベープは、人工的な匂いが強く、つけているだけで気分が悪くなるように感じていたものですが、最近のものは匂いがほとんどしません。これで本当に効いているの?と疑いたくなりますが、たしかに蚊は寄ってこないのです。技術の進歩のおかげでしょうか。ほんとは蚊という生き物を殺すための薬剤なのだから、人間の体にも良くないのでしょうが、そういう認識が薄れてしまうことには、ちょっと気をつけなくてはいけないなと思ったりもします。

夕食後の片付けが終わり、いつもの珈琲タイムを楽しんでいると、小さな黒い固まりが、ふわふわと空中を飛んでいきます。
「いた、あっちよ」

蚊です。わたしが一番きらいなヤツ。それが蚊です。血行が悪いらしいわたしは、夏も滅多に蚊に刺されることはないのですが(代わりにテル坊やミドリーが餌食になっているようです)、それでも寝ている時に耳元でブーンという羽音が聞こえると、ゾワゾワっとして、ガバッと起き上がってしまいます。

老眼のため、ふわりふわりと飛んでいく蚊を見つけても、わたしはすぐに見失ってしまいます。そんな時に、重宝するのが若いミドリーです。彼女が見つけると、90%くらいの確率で蚊はパチンと両手で叩かれてしまうのです。
「今日で三日連続、倒してるよ」(ミドリー)
「ありがとうね」(わたし)
蚊を倒した後は、またゆったり珈琲タイムに戻ります。

「それにしても、どうして一度に一匹ずつしか蚊って出てこないんだろうね」(ミ)
「今日はオレが行くぜって、一匹ずつ台所に突入してきてるのかもしれないよ」(わ)
「じゃあ、そうやって一匹ずつ戦いを挑んできては、わたしに倒されているってこと?」(ミ)
「そうなるよねえ。かわいそうだよねえ」(わ)

そんな馬鹿げた話をしていると、数週間前にテル坊と山に登った時のことを思い出しました。新緑の木々の美しいハイキングコースを歩いたのですが、沢山の虫がブンブン耳元に飛んできて、歩くことに集中できないほどの苦痛を味わったのです。

「ちょうど今頃が一番、虫が多い季節なんだろうね。夏になると、暑さでやられて虫もここまで活発に動かなくなるから」(テル坊)
なるほど。虫たちも春が来て、暖かくなって嬉しくて、ブンブン飛んでいるのに、それを邪魔者扱いしてるわたしの方が、身勝手ってことなんだなあ。でも気持ち悪いものは気持ち悪いんだもの、ブツブツ、ブツブツ(文句)。

去年の今頃も、たしかこのくらいの時期に蚊が出始めて、夏の間中、蚊の出現に悩まされるんじゃないかとビクビクしたのですが、夏があまりに暑すぎたせいなのか、七月以降はほとんど蚊に不快な思いをさせられることはありませんでした。蚊が近寄ってさえこなければ、そんなに目の敵にする必要性はないのですが…。そんなことを言ったって、君はまたブーンと飛んでやってくるんだよね、きっと。去年のような猛暑もできれば避けたいものの、夜中に彼らに襲撃されるのも、なかなか辛い。ああ、君が別の星の生き物だったら良かったのに。




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